◆22 現実はままならない
ワタシ、白鳥雛は、異世界に〈救世の聖女様〉として派遣された。
なのに、地球日本でいる時とほとんど変わらない格好で、召喚されてしまった。
本来、ナノマシンが仕込まれてるから、派遣先に合わせて身体を〈変容〉させてくれたり、会話をスムーズにこなせるように働いてくれるはずなのに、なぜか不調だったからだ。
おかげで、金髪美少女に〈聖女様〉役を取られたり、街中で人々から気持ち悪がられたりして、とっても、めんどーだった。
でも、派遣されてから時間が経つにつれ、ナノマシンの調子も良くなってきたみたい。
前回の派遣以来、ワタシの体内に仕込まれてるナノマシンたちは、ワタシの魅了魔法にかかっていて、ワタシの意志で動いてくれたり、ワタシの意向を勝手に忖度して動いてくれたりと、同僚の東堂正宗から羨ましがられるほど、使い勝手が良くなっていたはずだった。
ようやく、本領発揮し始めたようだ。
特に意識してなかったのに、ワタシの脳裏に、いきなり王宮内の様子が映し出されてきた。
(あら、気が利くわね。調べてくれたんだ……)
どうやら、ワタシは無意識のうちに、〈もう一人の聖女様〉がどうしているのか、気になっていたようだ。
そうしたワタシの、意識にも昇っていないような意向をも汲んで、ナノマシンたちが働いてくれたみたい。
なんだか、嬉しい。
(ふふん、マサムネのヤツ、ワタシがナノマシンたちに仕えてもらってるのを知れば、マジで悔しがるだろうな。ザマァ!
ーーん!?)
映し出された映像は、寝室だった。
天蓋付きの大型ベッドが、真ん中にあった。
縁取りには豪華な装飾が施されていた。
さぞ高貴なお方がおやすみになるベッドなのだろうーーと思っていたら、枕の上にある顔は、あの王子サマ(たしかドビエスって名前だ)であった。
(ちっ、歌舞伎町で慣らした姫である、このワタシを無視したクズのくせに。
ガチでお眠りしやがって。
マジ、ウゼェ。
でも、こうして改めて寝顔をみたら、やっぱ良い顔してるわ……。
ーーぬぬ?)
モゾモゾと、布団が盛り上がって動く。
布団の中に、何かいる。
犬とか猫といったペットか?
そう思っていたら、違った。
布団から顔を出してきたのは〈もう一人の聖女様〉ーーあの金髪の美少女であった。
なんと、自分に代わって〈聖女様〉役に収まった、あの白いお人形さんのような女の子が、はやくも王子様とベッドを共にしていたのである!
しかも、美少女は半身を起こし、スヤスヤ眠る王子サマの髪を撫で付け、勝ち誇った笑みを浮かべていた。
ぺったんこのくせに、さすがに腹立つ。
「あどけない顔しといて、ガチのビッチかよ!?
〈聖女様〉の風上にも置けねーわ!」
思わず声に出して、ワタシは怒鳴っていた。
そして、一度、激昂した後、冷静になって思い直す。
ナノマシンたちがこんな映像を寄越したのは、主人であるワタシに、もっと頑張れって応援するために違いない。
うん。そうに決まってる!
ワタシは日常服に着替えた後、すぐに腕捲りをした。
「見てなさい。
ワタシが本物の〈聖女様〉ってのを教えてやる!」
自室で着替えて、朝食を終えたあとーー。
昼前だというのに、ワタシは一階の店舗奥に陣取った。
さっそく、仕事に取り掛かるためだ。
灰や小麦粉を摘み上げては聖魔法を込め、薬を作りまくる。
瞬く間に、小瓶五十個分の薬を作りあげた。
そして、出来上がった薬の小瓶を抱えて、店頭へと運ぶ。
あらかじめパーカーさんが指示してくれた場所に、小瓶をズラッと並べた。
いずれは塩以上の主力商品にーーと、意気込んではみたものの、パーカー商会は食品雑貨商だから、薬を奥で密かに売ろうにも、買い手がつくとは思われない。
まずは世間に広く知らしめよう、とパーカーさんは判断したようだ。
ここまでで、ワタシの役割は終了。
あとは、店の奥へ引っ込むだけだ。
それから、待つこと半日ーー。
昼過ぎには、すっかり退屈してしまった。
店の奥ではさしたる変化はなく、今日はお得意様の来店が少ないみたいで、たまにお客が来ても、砂金と交換に少量の塩を買うばかり。
ワタシは手持ち無沙汰になって、店頭に出てみた。
「薬の売り上げ、どーなってんの?」
ワタシの問いかけに、従業員はみな、答えにくそうな顔をする。
それもそのはず。
ちょっと棚を見ればわかる。
ちっとも、小瓶が減ってない。
薬がまったく売れていなかった。
「もう、じれってーな!」
従業員たちが総出で制止するのも聞かず、ワタシはヴェールを付けたまま、店頭に飛び出した。
周りにいるのは、いつも通り、乾物や雑貨を買うお客さんばかり。
みなが目を遣るのはザルの中身ばかりで、棚の上に陳列してある小瓶に目を向ける人がいない。
ワタシは小瓶を片手に、大声を張り上げた。
「みなさん、こっちを見て!
ホラ、薬ですよ。
なんにでも効く万能薬!
この薬を飲んだら、疲れも病気も一発で吹っ飛ぶんだから!
ガチで。
マジで生命力が高まって、あなたの身体が元気になる、聖女様の聖魔法入りッ!」
ワタシの声が通りにまで響くと、お客様の注目が一気に集まった。
が、注視されたのは、ほんの一瞬だけ。
彼女たち、買い物に来たおばさん連中は、ワタシの姿を上から下までザッと見てから、目を背ける。
そして、いつも通りにザルを指差し、買い物を再開した。
ワタシが手にする小瓶の中身に興味を示す人が、誰もいなかった。
「ちょっと、いいから、騙されたと思って、買ってみてよ。
マジで、ヤベエほど効く薬なんだ。
聖女様が作った聖魔法入り!」
ワタシが、胡椒を買おうとしていたおばさんの袖を引っ張って訴えても、まるで野良犬にじゃれつかれたように、迷惑そうな顔をする。
「嘘つくんじゃないよ。
聖女様は、お城のお偉方しか相手にしないさ」
「ザケんな!
そんなの、聖女じゃねーーわ!」
ワタシが両手を振り上げて叫んだが、お客様たちは半笑い。
誰も、薬を買おうとする様子がない。
「マジで、なんで買わねーの?
これ、なんにでも効くお薬じゃん!?
手に取るぐれーしろよ。
副作用、副反応もねーんだから!」
今度は、女性陣の中に珍しく混じっていた黒人オジサンの袖を引っ張る。
オジサンの顔色は悪く、唇が紫色に腫れていた。
それでも、相手にしようとしない。
「フクサヨウ?? ーーああ、要らないよ。
ここは乾物や食品を売ってる商会だ。
薬店は別にある。
もっとも、俺たちには手が出ないがね」
すげない反応をするオジサンに、ワタシは喰い下がった。
「おじさん、体調悪そうじゃね!?
顔色悪いよ。
なのに、なんで?
マジで体力が回復して、疲れが吹き飛ぶんだから!」
「バカにしてんのかい?
薬なんて、高いから、俺のような小金持ち程度には手が出ないに決まってるだろ。
ちょっと身体壊したからって、薬を買ってたんじゃ、干上がっちまう。
俺たち黒人には、薬なんて過ぎたものなのさ」
「だったら、お隣の白人さんにーー」
オジサンは、痩せこけた若い白人男性をお供に引き連れていたから、ワタシはそちらに目を向けて声をかける。
すると、オジサンは思いがけない反応をした。
「ふざけるな!」
バシッとオジサンが、白人男性をぶっ叩く。
痩せた白人は怯えた顔をして身を屈め、慌てて後ろへと引っ込む。
一方で、黒人のオジサンはワタシの前に立って、ふんぞり返った。
「コイツは俺の従者だ。
なんで主人の俺が薬を買えないのに、コイツら白い連中が薬を手にできるんだよ!」




