表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
210/290

◆22 現実はままならない

 ワタシ、白鳥雛しらとりひなは、異世界に〈救世の聖女様〉として派遣された。

 なのに、地球日本でいる時とほとんど変わらない格好で、召喚されてしまった。

 本来、ナノマシンが仕込まれてるから、派遣先に合わせて身体を〈変容〉させてくれたり、会話をスムーズにこなせるように働いてくれるはずなのに、なぜか不調だったからだ。

 おかげで、金髪美少女に〈聖女様〉役を取られたり、街中で人々から気持ち悪がられたりして、とっても、めんどーだった。


 でも、派遣されてから時間が経つにつれ、ナノマシンの調子も良くなってきたみたい。

 前回の派遣以来、ワタシの体内に仕込まれてるナノマシンたちは、ワタシの魅了(チャーム)魔法にかかっていて、ワタシの意志で動いてくれたり、ワタシの意向を勝手に忖度(そんたく)して動いてくれたりと、同僚の東堂正宗(マサムネ)から羨ましがられるほど、使い勝手が良くなっていたはずだった。

 ようやく、本領発揮し始めたようだ。

 特に意識してなかったのに、ワタシの脳裏に、いきなり王宮内の様子が映し出されてきた。

 

(あら、気が()くわね。調べてくれたんだ……)


 どうやら、ワタシは無意識のうちに、〈もう一人の聖女様〉がどうしているのか、気になっていたようだ。

 そうしたワタシの、意識にも(のぼ)っていないような意向をも汲んで、ナノマシンたちが働いてくれたみたい。

 なんだか、嬉しい。


(ふふん、マサムネのヤツ、ワタシがナノマシンたちに仕えてもらってるのを知れば、マジで悔しがるだろうな。ザマァ!

 ーーん!?)


 映し出された映像は、寝室だった。

 天蓋付きの大型ベッドが、真ん中にあった。

 縁取りには豪華な装飾が(ほどこ)されていた。

 さぞ高貴なお方がおやすみになるベッドなのだろうーーと思っていたら、枕の上にある顔は、あの王子サマ(たしかドビエスって名前だ)であった。


(ちっ、歌舞伎町で慣らした(ヒメ)である、このワタシを無視したクズのくせに。

 ガチでお眠りしやがって。

 マジ、ウゼェ。

 でも、こうして改めて寝顔をみたら、やっぱ良い顔してるわ……。

 ーーぬぬ?)


 モゾモゾと、布団が盛り上がって動く。

 布団の中に、何かいる。

 犬とか猫といったペットか?

 そう思っていたら、違った。

 布団から顔を出してきたのは〈もう一人の聖女様〉ーーあの金髪の美少女であった。


 なんと、自分に代わって〈聖女様〉役に収まった、あの白いお人形さんのような女の子が、はやくも王子様とベッドを共にしていたのである!


 しかも、美少女は半身を起こし、スヤスヤ眠る王子サマの髪を撫で付け、勝ち誇った笑みを浮かべていた。

 ぺったんこのくせに、さすがに腹立つ。


「あどけない顔しといて、ガチのビッチかよ!?

〈聖女様〉の風上にも置けねーわ!」


 思わず声に出して、ワタシは怒鳴(どな)っていた。

 そして、一度、激昂(げっこう)した後、冷静になって思い直す。


 ナノマシンたちがこんな映像を寄越(よこ)したのは、主人であるワタシに、もっと頑張れって応援するために違いない。

 うん。そうに決まってる!


 ワタシは日常服に着替えた後、すぐに腕捲(うでまく)りをした。


「見てなさい。

 ワタシが本物の〈聖女様〉ってのを教えてやる!」


 自室で着替えて、朝食を終えたあとーー。


 昼前だというのに、ワタシは一階の店舗奥に陣取った。

 さっそく、仕事に取り掛かるためだ。


 灰や小麦粉を摘み上げては聖魔法を込め、薬を作りまくる。

 瞬く間に、小瓶五十個分の薬を作りあげた。

 そして、出来上がった薬の小瓶を抱えて、店頭へと運ぶ。

 あらかじめパーカーさんが指示してくれた場所に、小瓶をズラッと並べた。


 いずれは塩以上の主力商品にーーと、意気込んではみたものの、パーカー商会は食品雑貨商だから、薬を奥で(ひそ)かに売ろうにも、買い手がつくとは思われない。

 まずは世間に広く知らしめよう、とパーカーさんは判断したようだ。


 ここまでで、ワタシの役割は終了。

 あとは、店の奥へ引っ込むだけだ。


 それから、待つこと半日ーー。


 昼過ぎには、すっかり退屈してしまった。


 店の奥ではさしたる変化はなく、今日はお得意様の来店が少ないみたいで、たまにお客が来ても、砂金と交換に少量の塩を買うばかり。


 ワタシは手持ち無沙汰になって、店頭に出てみた。


「薬の売り上げ、どーなってんの?」


 ワタシの問いかけに、従業員はみな、答えにくそうな顔をする。

 それもそのはず。

 ちょっと棚を見ればわかる。

 ちっとも、小瓶が減ってない。

 薬がまったく売れていなかった。


「もう、じれってーな!」


 従業員たちが総出で制止するのも聞かず、ワタシはヴェールを付けたまま、店頭に飛び出した。


 周りにいるのは、いつも通り、乾物や雑貨を買うお客さんばかり。

 みなが目を遣るのはザルの中身ばかりで、棚の上に陳列してある小瓶に目を向ける人がいない。


 ワタシは小瓶を片手に、大声を張り上げた。


「みなさん、こっちを見て!

 ホラ、薬ですよ。

 なんにでも効く万能薬!

 この薬を飲んだら、疲れも病気も一発で吹っ飛ぶんだから!

 ガチで。

 マジで生命力が高まって、あなたの身体が元気になる、聖女様の聖魔法入りッ!」


 ワタシの声が通りにまで響くと、お客様の注目が一気に集まった。

 が、注視されたのは、ほんの一瞬だけ。

 彼女たち、買い物に来たおばさん連中は、ワタシの姿を上から下までザッと見てから、目を(そむ)ける。

 そして、いつも通りにザルを指差し、買い物を再開した。

 ワタシが手にする小瓶の中身に興味を示す人が、誰もいなかった。


「ちょっと、いいから、(だま)されたと思って、買ってみてよ。

 マジで、ヤベエほど効く薬なんだ。

 聖女様が作った聖魔法入り!」


 ワタシが、胡椒(コショウ)を買おうとしていたおばさんの袖を引っ張って訴えても、まるで野良犬にじゃれつかれたように、迷惑そうな顔をする。


「嘘つくんじゃないよ。

 聖女様は、お城のお偉方しか相手にしないさ」


「ザケんな!

 そんなの、聖女じゃねーーわ!」


 ワタシが両手を振り上げて叫んだが、お客様たちは半笑い。

 誰も、薬を買おうとする様子がない。


「マジで、なんで買わねーの?

 これ、なんにでも効くお薬じゃん!?

 手に取るぐれーしろよ。

 副作用、副反応もねーんだから!」


 今度は、女性陣の中に珍しく混じっていた黒人オジサンの袖を引っ張る。

 オジサンの顔色は悪く、唇が紫色に()れていた。

 それでも、相手にしようとしない。


「フクサヨウ?? ーーああ、()らないよ。

 ここは乾物や食品を売ってる商会だ。

 薬店は別にある。

 もっとも、俺たちには手が出ないがね」


 すげない反応をするオジサンに、ワタシは喰い下がった。


「おじさん、体調悪そうじゃね!?

 顔色悪いよ。

 なのに、なんで?

 マジで体力が回復して、疲れが吹き飛ぶんだから!」


「バカにしてんのかい?

 薬なんて、高いから、俺のような小金持ち程度には手が出ないに決まってるだろ。

 ちょっと身体壊したからって、薬を買ってたんじゃ、干上がっちまう。

 俺たち黒人には、薬なんて過ぎたものなのさ」


「だったら、お隣の白人さんにーー」


 オジサンは、痩せこけた若い白人男性をお供に引き連れていたから、ワタシはそちらに目を向けて声をかける。

 すると、オジサンは思いがけない反応をした。


「ふざけるな!」


 バシッとオジサンが、白人男性をぶっ叩く。

 痩せた白人は(おび)えた顔をして身を(かが)め、慌てて後ろへと引っ込む。

 一方で、黒人のオジサンはワタシの前に立って、ふんぞり返った。


「コイツは俺の従者だ。

 なんで主人の俺が薬を買えないのに、コイツら白い連中が薬を手にできるんだよ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ