◆20 ヒナ様ーー貴女様はホンモノの聖女様だったのですね!
ワタシ、白鳥雛は〈救世の聖女様〉として異世界に派遣されたというのに、王宮から追い出され、街中の商店で売り娘をする羽目に陥っていた。
それだけではない。
商店の店主から、聖魔法で灰を薬に変えろと無茶振りされた。
まるで〈聖女様〉として遇されない状況が続いている。
だが、思わぬ収穫があった。
ワタシが作った薬を飲む役目を押し付けられた奴隷の男の子が、とんでもなく可愛かったのだ。
悶絶するワタシをよそに、少年はパーカーさんの方に身体を向けて、深々とお辞儀をした。
「ありがとうございます、旦那様!
ちょうど疲れていたところだったんです。
これから御用聞きに一走り行ってきますね!」
「お、おお」
元気良く駆け去るマオ少年に、パーカーさんは手を振る。
そして、少年がいなくなった途端、真面目な顔つきになる。
ワタシに大きな黒い顔を向けて、問いかけてきた。
「ヒナちゃん……アンタ、ほんとに聖魔法なんかが使えるのか?」
「だからさ、飲んでみてよ?」
「ああ。マオは正直な小僧だからな。
嘘はつかないはずーー」
パーカーは自分自身で青白い粉をひとつまみ入れ、杯いっぱいの水に溶かす。
そして、一気に飲み干した。
ゴクリと、喉が鳴る。
やがてパーカーさんの身体も、緑色にキラキラと輝き始めた。
「おお!?」
オッサンが歓喜に満たされた顔をする。
ワタシがその顔を覗き込むようにして、ダメ押しした。
「どう? 効いた?
疲れ、取れたっしょ?」
「ああ……」
パーカーさんは放心状態になって、しばらく、ぼんやりとしていた。
だが、それは表面的なありようで、内心では唸り声をあげていた。
そして、慌てて計算を始めていた。
(コイツは、凄ぇ……!
原材料は、安物の灰と水だけーー。
利益率で考えたら、儲けは塩の比じゃねぇ……。
ーーよし、決めた!
何が何でも、この薬を売ってやるぞ。
疲労回復の効用がある薬ーー精力剤として!)
ちなみに、この異世界には〈ポーション〉という概念はなかった。
だから、〈聖魔法入りの灰液〉は、〈薬品〉として販売することになるそうだ。
実際、効き目があるわけだから、〈薬〉として世に広めることに、なんら抵抗はない。
が、ワタシは、若干の後ろめたさを感じていた。
ちょっと、モジモジしたかんじで訊いた。
「簡単にできちゃうんだけどぉ……。
そんなモノ、売っちゃって、マジ平気?」
魔力量がカンスト状態だから、ワタシにとっては、ちょっと念を込めただけで〈薬〉ができてしまう。
あたかも、「美味しくなぁれ」と願って作ったら、どんな料理も美味しくなってしまう料理人になったような気分だ。
「なに言ってるんだ?
良いに決まってるだろ!?
聖魔法を使えるヤツなんて、そうそういないんだから」
パーカーさんは呆れ顔になってから、笑みを浮かべる。
が、しばらくして、突然、思案顔になって、ワタシの前に立つ。
「そうだ。お願い、聞いてくれるか?
ほんとに聖魔法が使えるヒナちゃんだから頼むんだ」
と言って、パーカーさんは両手を合わて、ワタシにお辞儀をする。
「なに?」
「俺を助けてくれ。じつは……」
パーカーさんは自らズボンの裾を捲る。
足首から下は、木製の義足になっていた。
(道理で、歩きにくそうにしてたのね……)
初見のときから、片足をやや引き摺っているのには気づいていた。
が、義足とは気づかなかった。
せいぜい捻挫の治りが悪いくらいだと思っていた。
「馬車の車輪に踏みつけられて、もう十年ほどになる。
兄貴のツテで治癒魔法をかけてもらったんだが、金がかかるばかりでな。
いまだに、痛みが取れねぇ」
「わかった。
でも、これは〈治癒〉と〈回復〉ーー魔法の出番じゃね!?
やってみるね!」
パーカーさんの義足の接続部分に手を当て、強く念じた。
治癒魔法、ついで回復魔法を、力一杯叩き込んだ。
すると、ワタシの手が白く輝き始めた。
そして、義足ごと、足全体を白い膜が覆っていく。
「ああ……痛みが取れた」
パーカーさんは、今まで味わってきた脚の痛みを、しみじみと噛み締めるように、声を漏らす。
そして、大怪我で失われた脚を動かしてみる。
結果、義足が本物の足のように、滑らかに動かせるようになったことがわかった。
この段になって、ようやくパーカーさんは、自分の足が〈治癒〉され、〈回復〉したのだと実感したようだった。
「あ、足がーー失われた左足が、戻ってきたかのようだ……」
パーカーさんは椅子から立ち上がり、太り気味の身体を揺らせて、周囲を動き回る。
いかにも嬉しそうだ。
その一方で、オジサンが盛大に喜ぶのをよそに、ワタシは内心、ちょっと不満だった。
(さすがに、欠けた足が新たに生えてくるってのは、ナシかぁ……。
それこそ、そいつは〈聖魔法〉の領分ってやつかも。
まあ、ホイホイ魔法をかけ直すってのもヘンだから、今回は〈治癒〉と〈回復〉の魔力を確認したってことで。うん。
でも、素晴らしいことじゃね!?
義足がホンモノの足みたいに動くようになったんだし)
などと考え込んでいたら、気付いたら、パーカーさんがワタシの前で跪いていた。
そして、ワタシに向けて顔を上げると、指で宙空に三角形を描く。
(な、なに、これ?)
動揺するワタシに構わず、パーカーさんは喉を震わせた。
「ヒナ様ーー貴女様はホンモノの聖女様だったのですね!
今までの無礼な振る舞い、是非ご寛恕のほどをーー」
「やめてよ、仰々(ぎょうぎょう)しい!」
ワタシは、気恥ずかしさのあまり、大きく手を振りまわす。
それでも、パーカーさんは、お構いなしだった。
ワタシの足に縋り付かんばかりに近づいて、口角泡を飛ばす。
「兄貴の話じゃ、王宮では、ヒナ様を差し置いて、別の女を『聖女認定』したとか。
それ、間違ってますよ。
すぐにも王宮に報告を。
ヒナ様という〈聖女様〉が行った奇蹟を!」
パーカーさんは急に立ち上がり、踵を返す。
すぐに人を遣って、兄の騎士ハリエットに、自分の足が治ったことを報せようとする。
「待った!」
ワタシは慌てて制止した。
「やめてよ、マジで!
ワタシ、王宮暮らしなんか、したくねーし。
のびのびしたい」
「しかし……」
パーカーさんは納得いかない顔をする。
でも、ここは譲れない。
押し切るしかない。
「だから、いっしょに気ままに商売しましょうよ」
ワタシは、オッサンの大きな手を両手で握って訴えた。
なんだかんだいって、パーカーさんのようなタイプは、若い女性のスキンシップに弱い。
その程度のことは、歌舞伎町での仕事で熟知している。
それは異世界でも、変わらないはずだ。
パーカーさんは当惑した様子で、ワタシの顔を覗き込む。
「はあ……。
でも、聖女様が商店で売り娘をするだなんて、童話でも伝説でも聞いたことがございませんが……」
ワタシはパーカーさんを上目遣いで見詰める。
ガールズバーで培った、男を落とす必勝の悩殺ポーズだ。
「仕方ありませんね。わかりました……」
オジサンは不承不承ながら、ワタシの提案に従うようであった。
「ありがとう!
マジ、助かる!」
ワタシは、パーカーさんの手を再び強く握り締めて、念押しした。
だが、このとき、ワタシの目論見とは違って、パーカーさんはすでに鼻の下を伸ばしてはいなかった。
目を白黒させながらも、彼は思い直していたのだ。
(たしかに聖女様とはいえ、彼女は異世界人ーー。
それも、変な色の肌をした女性だ。
俺たちの常識が通じないのかも……)
と。
そして、改めて、パーカーは頭を掻きながら嘆息した。
(こりゃあ、兄貴も前途多難だな……。
ただでさえ、バカ王子と反りが合わねえってのに、こんな非常識なおヒトを〈聖女様〉として召喚しちまって。
でも、このヒナって娘は、間違いなく、ホンモノの〈聖女様〉だ。
俺たち兄弟で、なんとしても、このお方を守らなければ……)
パーカーは腹を括ったのであった。




