◆13 二人の〈聖女様〉の立ち位置
一方、日本の東京異世界派遣会社ではーー。
交信できないがゆえに、かえってみながモニターにかぶりついていた。
星野新一はさもありなんとばかりに、大きくうなずいていた。
「やっぱりアチラの世界では、聖女様のような〈高貴なお方〉は、商売をやらないもの、とされているらしい」
中世においては、地球でも、ヨーロッパだけではなく、日本をはじめとしたアジアですら、商業を卑しむ観念があった。
そうした歴史知識を、残念ながら、派遣されている当人の白鳥雛は知らないようだったが。
一方、星野ひかりは当然わきまえているから、その前提で話を進める。
「緑色の騎士さんも、ヒナさんに接するにつれて、
『やはり、この女性は〈聖女様〉ではないのではないか?』
と、内心では思い始めてるんじゃないかな。
とはいえ、〈別世界から召喚された客人〉であることに変わりないから、無礼な態度を取りたくないーーと、そんなところが、本音かも」
上司兄妹の語らいを無視して、東堂正宗は、今までヒナの行動を見てきたうえでの感想を、率直に口にした。
「おいおい、本来の〈聖女様〉のお仕事は、どこ行った?
〈滅びの予言〉で『王都を襲う』といわれる〈魔の霧〉とやらを、祓うんじゃなかったのか?」
正宗にしてみれば、ヒナが聖女としての任務を放棄して、商店に潜り込んで、スローライフを決め込もうとしているのが、信じられない。
ところが星野兄妹は、ヒナの置かれた境遇に同情的であった。
「でも、王城から追い出された身だからね、ヒナちゃんは」
「そうね。
〈滅びの予言〉の成就までは、まだ間があるのでしょうし。
とりあえずは、あの〈聖女様〉になりおおせた金髪の美少女がどう動くかに、今後のヒナさんの運命がかかってるんじゃない?
彼女がすんなりと〈魔の霧〉を祓っちゃって、〈聖女様〉のお役目を立派に勤め上げちゃったら、ヒナさんの出番はなし。
『聖女ヒナ様の誕生』はないまま、契約不履行となって、地球に帰還ということになるでしょうね」
それでも正宗は、「ヒナが怠慢だ、もっと任務に精励すべし」と思って口をへの字に曲げた。
「それにしたって、打つ手ぐらいあるだろ?
ヒナのヤツは、ホントならナノマシンを自在に動かせるんだ。
だったら、せめてナノマシンどもに命じて、〈聖女様〉役を奪った、あの白い金髪美少女の動向を探ってくれればーー」
星野兄妹は揃って苦笑いを浮かべ、正宗をじっとりと見詰める。
「そんなの、そもそも〈魅了〉を使わないって言うんだから、ムダだよ。
ヒナちゃんが、聞く耳を持ってない」
「正宗(誰かさん)が煽ってくれたおかげで、すっかりひねくれちゃって」
本当は、もうすでに、ヒナも東京本社と連絡が取り合える状態にあるのではないか、と星野兄妹は思っていた。
実際、転送当初には、アクシデントはあった。
が、今では、すっかり通信回路がつながっていると考えられた。
東京本部の通信機器には、まったく異常が見られないためだ。
なのに、正宗が『〈魅了〉を使わなければ、ヒナはなにもできない』と揶揄したことが後を引き、ヒナが通信遮断しがちになっている(と、星野兄妹は思い込んでいた)。
正直、正宗も、「面倒なことになった」と反省すると同時に、「あんな軽口程度で、何をむくれてんだ」とヒナを疎ましく思っていた。
結果、正宗も不機嫌になって、投げやりな調子で、モニターを眺めていた。
ところが、おかげで、急な変化に、正宗がいち早く気が付いた。
「ーーあれ? 急に、どうした?」
モニター映像が、勝手に切り替わる。
王宮内の景色が、突如として、映し出されたのだ。
「おわっ!?」
正宗は声をあげて、のけぞる。
いきなり、若い男女が接吻する場面が、大映しになっていた。
抱き合ってキスしてるのは、王子とあの白い金髪の〈聖女様〉であった。
正宗は憤慨して立ち上がり、モニターを指差して叫んだ。
「なんだよ、あの白いの!
あんな、お人形さんみたいなロリな容姿で、さっそく濡れ場かよ!?
てっきりお堅いクリスチャンかと思いきや、エロスで男を籠絡する手合いか?
淫乱め!」
「キス程度で、〈淫乱〉とまで言うのは……」
ひかりは、そう言いながらも、顔に手を当てて、顔を赤らめている。
さすがに〈白い聖女様〉は十代になりたての容姿なのに、舌を絡めた、えらくディープなキスをしていた。
正宗はその映像を指さして反論する。
「でも、あの手つき、あの舌の使いようを見ろよ!
あんなウブな少女のフリして、百戦錬磨の手練れに違いないぞ、アレは!
とても神にお仕えする聖職者ーーましては〈聖女様〉とは思えねーだろ!?」
憤慨する正宗をよそに、続いてモニターには、怪しげな映像が映し出された。
キスが終わるやいなや、王子の方が白い女の子に対して片膝立ちになり、頭を垂れたのである。
あたかも、女主人に仕える従者のようにーー。




