◆12 緑色の兄貴と、黒色の弟
ワタシ、白鳥雛は本来、〈救世の聖女様〉として異世界に派遣されたはずだった。
ところが、聖女召喚の儀で、ワタシの他に金髪の白い肌をした可愛らしい少女までがほとんど同時に召喚されてしまった。
そのおかげで、居並ぶ国のお偉方からワタシは〈聖女様〉とは認められず、王城から追い出されてしまった。
ほんとに酷い話である。
でも、城外へのエスコートをして、今も王都の街中を案内してくれる、緑色の肌をした騎士ハリエットは、ワタシに優しくしてくれるし、なによりイケメンさんであった。
だから、ワタシは怒り狂うこともなく、異世界の街を堪能しつつ、こちらの世界の常識や現状を知ろうとしていた。
コッチの世界のありかたを知ることは、これから無事に生きていくために必要なことだった。
なにしろ、今回の派遣はアクシデント続きだ。
なぜかわからないけど、ナノマシンが働かなくて、ワタシの肌は黄色いままだった。
ステータス表までも、文字化けして良く読めない。
時間が経つと、段々、状況が改善されてきたけど、これから何が起こるか、予断を許さない。
お城の偉いさんから〈聖女〉として認定されなかったにもかかわらず、いまだ依頼契約が切れていない。
依頼主がどこの誰だか、よくわかんないけど、今のように、なにかと異常事態に陥った状態であろうと、〈救世のお仕事(?)〉を果たさなければ、ワタシは日本東京に帰れそうもない。
(だから、早く気持ちを切り替えて、頑張らなければ!)
ワタシは拳を握り締めて、改めて気合を入れる。
で、とりあえず、緑騎士ハリエットさんの話から、こちらの世界では、緑人が支配する大陸が王国や帝国となって、世界の覇権を争っている、ということがわかった。
そして、このパールン王国では、黒人の大半は〈働く人〉ーー農民や商人となって、平民階級を担っているらしい。
ワタシは腕を組み、何度もうなずいた。
「ーーふうん。
でも、肌の色でオシゴトが決まっちゃうなんて、おかしくね?
ガールズバーで働く時、ワタシたちだって髪をいろんなので染めるじゃん?
それと同じ。
肌の色も、好みの色味って思えば良くね?
ーーでも、こっちのヒトが色の違いにこんなにうるさいんじゃ、珍しい黄色肌を持つワタシが、コワコワって思われんのも当たり前?
マジで、ここは異世界だもんね……。
ーーああ、そうそう。
したらさぁ、ナノマシンがコッチの世界に合わせてくんなかったって激オコしてたけど、逆にヘンにチョーシこいちゃって、ワタシに尻尾や翼を生やしてたら、まじヤバかったわ。
おかげで、なんとか人間扱いだもんね」
ハリエットは苦笑しながらも、相槌を打つ。
「ええ。なのましんというモノが、なんだかわかりませんが、ヒナ様に尻尾や翼があったら、間違いなく魔族と思われていましたよ。
そうでしたら、こんなふうに街歩きなんか、楽しんでいられません」
「マジ!?
したら、この街からも追放されちゃう系?」
「いえいえ。
追放ではなく、駆除ーー抹殺処分です。
我々、騎士の剣や、宮廷魔法使いの魔法によって、攻撃され、殺されていたでしょう。
我々人間にとって、魔族は天敵なのです」
「こわ……。
ガチでヤバいじゃん!?」
そんなふうに怖い会話を軽く交わしながら、ワタシは騎士さんと街を歩いていた。
すると、宝飾店が多いことに気づく。
あちらこちらに加工した色石を表示した看板が目についたのだ。
そのことを、ハリエットに尋ねると、この国は金や銅、銀が沢山採れるので、宝飾店が多いとのことだった。
ワタシは思わずパチンと手を打った。
(ヤッベェ、超ハッピーじゃん!?
女の子に生まれて良かった!
ジブンにご褒美の宝石、買っちゃお!)
ワタシは目に付いた宝飾店に、さっそく駆け込もうとした。
けれども、気になることがあって、後ろ控えている緑騎士に問いかけた。
「ちなみに、ワタシにお給金っておりるわけ?」
「残念ながら……」
申し訳なさそうに首を振るハリエットを見て、ワタシは大きく肩を落とす。
露骨に溜息をつくワタシを見て、騎士さんは慌ててフォローする。
「でも、もう一人の聖女様も、給金などはもらっておりません。
そのはずです」
「とはいっても、王子様が可愛がってるんでしょ」
「たしかに……」
声のトーンが落ちるハリエットに対して、ワタシは胸を張った。
「どーせワタシ、〈聖女様〉って扱ってはくれないんでしょ?
したら、ワタシにもオシゴトーー商売ぐらいさせてくれても良くね?
ワタシだって、食べてかなきゃなんねーし」
生活するために必要なのは、お金だ。
それは地球でも異世界でも、変わらない。
だから、手っ取り早く稼ぎたかった。
ところが、当然とも言えるワタシの思い付きに、騎士ハリエットは目を剥いた。
「商売……?
〈異世界の聖女様〉が、街中で商いをするんですか!?」
「そーですけど、悪い?」
「いえ……意外でしたので」
「へえ、そうなの?」
にわかには、信じがたかった。
実際、見たところ、通りには出店がたくさんあったからだ。
「こっちの世界でも、経済、回ってんでしょ?
したら、まずお金を稼ぎっしょ!
これも〈スローライフもの〉の定番ってヤツ!?」
「すろー??
……わかりました。
私の弟が様々な商品を扱う店をやってますので、面倒を見させましょう」
それから、王都中央の大通りを歩くこと、三十分ーー。
緑騎士さんの先導で、ワタシは当座の働き口となる店舗に到着した。
ハリエットの弟さんが経営するお店は、大通りに面して建っていた。
店構えも立派で、大勢の従業員が忙しそうに身体を動かしている。
店の看板には、大きな文字で『パーカー商会』と書かれてあった。
「パーカー、元気か?」
ハリエットは店頭に立つやいなや、大声で呼びかけた。
従業員が大勢働いていたが、お構いなし。
お客様らしき人々も目を丸くしていたが、ハリエットの白い鎧姿を目にすると、安堵して陳列棚に視線を戻す。
店の奥で帳簿を見ていたパーカーが、声のする店頭へと顔を出す。
「やあ、兄さん。どうしたんだよ、こんな時間に」
弟のパーカーさんを一目見ただけで、ワタシは驚きの声をあげた。
「え? このおじさんが、マジで弟さん!?
まるで似てなくね?
肌の色も、ぜんぜん違ぇし!」
パーカーさんは、緑騎士のハリエットとは違い、黒い肌をしていた。
しかも、まるで似ていないブサメンの顔立ちで、背が低いうえに小太り。
さらに、片方の足をやや引きずっている。
瞳の色も違って、緑に光っていた。
それでも、長年、接客業をこなしてきた鑑識眼は、ワタシにだってある。
このオッサン、いかにも商人らしく、眼光は鋭く、抜け目なさそう。
子供の頃から「計算高い」と言われていそうな面構えしてる。
「マジで兄弟?
それとも養子か何か?」
改めて問いかけると、隣でハリエットさんが快活に笑う。
「もちろん、同じ両親を持つ、実の兄弟ですよ。
我々の世界では、兄弟姉妹が似ていないことは普通です。
どの祖先の特質が反映されるか、わかりませんからね。
肌の色も体格も、すべて神様の思し召し、と言われています」
上機嫌な兄に、弟が近寄り、ワタシに向けて指をさす。
「おいおい、兄貴。その隣にいる女の子は誰だ?
変わった子だ。黒髪に黒い瞳ーーそして黄色い肌……。
まさか、兄さんの恋人か?」
ワタシは、顔を赤くする。
いきなり、なに言ってくれてるわけ?
ヤバくね?
公衆の面前で、恥ズイじゃん。
「え〜。ガチで違うっス。
いきなし恋人呼ばわりかよ。
やだなぁ、もぉ〜」
ワタシは身体をクネクネして恥じらった。
が、緑騎士は相手にしない。
彼はお客様や従業員の邪魔にならない程度の小声で、淡々と今までの経緯を、弟に話して聞かせた。
「ーーそれじゃあ、ヒナさんは〈聖女様〉かどうかはともかく、異世界から来なすったおヒトなのは、確かってわけですね。
ってぇことは、聖魔法が使えるかも?」
パーカーは顔を寄せ、興味深そうに、ジロジロとワタシを見詰める。
グリーンの瞳は、計算するかのように、クルクルと動いていた。
しばらくしてから、腹を突き出し、大きく息を吐く。
「まあ、兄さんの頼みだから、断れないよなぁ。
それに、王家に関わりのある〈異世界人〉だから、丁重にもてなすしかないでしょ?
俺のような平民には」
ちょっとトゲのある嫌味を含んだ物言いだったけど、弟の返答に、騎士ハリエットは本気で胸を撫で下ろすような表情をしていた。
それから、ゴホンと咳払いし、兄は弟に厳命した。
「頼むぞ。私には王宮で、これからやらねばならんことがある。
私にとっては、王宮のカレン・ホワイト様ーー〈白い聖女様〉ではなく、こちらのヒナ様の方が、聖女様にふさわしいと思っているんだ。
くれぐれも、粗相がないように」
「店で働かせてくれって言いながら、粗相がないように扱えってーー相変わらず、兄貴は無理難題をふっかける」
パーカーは憎まれ口を叩きながらも、兄のハリエットと〈聖女様候補(?)ヒナ〉の顔を交互に見て、笑顔をみせた。
まったく似ていないながらも、兄弟特有の馴れ馴れしさのあるやり取りを目にして、ワタシもホッと一息つく思いだった。
この異世界にやって来て、ようやく人の優しさに触れた気がした。




