◆20 異世界に行くためにーー死んで貰います!?
私、星野ひかりは、相当、意気込んでいた。
じつは、東京異世界派遣で働く上では、ここからが大事というか、面接以上に重要な手続きであった。
従業員を採用する前に、キチンと異世界転移ができる理由を説明し、さらに、転移前に必要な知識を与えること。
ーーこれが、先代社長である、亡父からの厳命であった。
遺言は守らなきゃ、というのが私たち兄妹の理念である。
これから、彼らに様々な仕組みを納得してもらい、異世界転移に必要不可欠な手続きに同意してもらう。
そして、契約にまで漕ぎ着けねばならないーー。
私は、改めて背筋を伸ばし、正宗くんと雛さんを見つめた。
「まず、異世界へ行くには、さっき見てもらった転送装置を使うしかありません。
でも、物質をそのまま異世界に送ることは、実際は不可能。
ですからコード化して電気的に転送し、向こうの世界で身体を再構成することになります」
つまり、派遣する人の身体を原子レベルまで分解して、その情報を派遣先の世界で機械的に再構成する。
それが異世界への転移方法であった。
白鳥雛さんは「わけがわからない」という顔をすると同時に、興味なさげに、自分の手の爪を眺め始める。
対して、東堂正宗くんは、すっかりわかったかのように念を押す。
「つまり、人体を走査して情報に変換し、別空間に飛ばして、人体を再構成するってことだよな……要は、人体をそのまま送るわけじゃないーーそういうことだよな」
すると、兄の新一はコーヒーを啜ったあと、カップをソーサーの上に置いて答える。
「うん。人体に限らず、こっちの世界の物体を、そのままじかに異世界に運ぶなんていうことは、不可能なんだ。
だからさ、キツイ言葉で言うと、こっちの世界の身体を殺して、向こうの世界で新たに生まれるようにするしかないんだ。
寸部違わない、身体と記憶だけどね」
そうした説明に対し、正宗くんは腕を組む。
「ーーということは、〈存在〉としては、いったんこっちにある身体を壊して、向こうで新たに構成している、ということになるな……」
正宗くんの態度を見て、私は正直、かなり驚いた。
私が理屈を呑み込むまでそれなりに時間がかかったのに、この男性バイト候補くんは、転送における「最も怖いところ」を理解している。
転送装置によって、ほんの僅かな短い時間のうちに、人体の状態を完全に記録し、「分解」する。
この「分解」によって、その人体は「死ぬ」ことになる。
そして、派遣先の世界で、その人体が原子の一つ一つまで寸部違わぬ形で「再構成」されることによって、新たに「生まれる」ことになる……。
つまり、完全に同じ記憶を持った人格が「再構成」されているわけだけど、その人自身が、そのまま実際に移動しているわけではない。
こっちの世界でいったん「死んで」、派遣先の世界で新たに「生まれて」いるわけだ。
それは向こうの異世界から、こっちの地球世界に戻ってくるときも、同様である。
ちょっと聞くだけでも、怖い話だ。
だからこそ、兄の新一は、返ってことさら明るい表情で付け足した。
「でもね、人間を情報化して、分解・再構成するってのには、巨大な利点があるんだ」
派遣員を異世界へと転送する際、いったん存在を丸ごと分解する。
転送時は、電気的な情報だけになっていて、超高速移動をする。
その移動の際、「時空の歪み」と称する、次元を異にする〈通路〉を使う。
この世界と異世界ーー異なった時空をつなぐ〈通路〉については、いまだ不明なところばかりだ。
しかし、その〈通路〉使用時に、様々な操作ができることはわかっている。
「だからーー」と、兄は胸を張った。
「転送時、人間情報を分解して〈通路〉を通っている間に、任意の情報をわざと混入させることができるんだよ。
たとえば、分解された転送者に、『空を飛べる能力』という情報を放り込んでやれば、異世界で再構成される際に、『空を飛べる能力者』に変身する。
おかげで、我々、地球の人間も、向こうの世界で魔法などの能力を使えるようになるんだ。いわゆる〈付与〉ってやつだね。
能力を〈付与〉さえすれば、平凡な地球人でも、異世界に到着した暁には、立派な〈魔法使い〉に仕立てることができるっていう寸法さ!」
要するに、情報化された状態の時に、様々な能力データをぶち込んで、そのあと、転送先の異世界で、現地の〈魔素〉などを使って〈新しい存在〉に再構成する。
その結果、普通の日本人が、チートな魔法能力者になれる、ということらしい。
熱心な聞き手であった東堂正宗は、膝を打って、歓声をあげた。
「ほほう! だったら、〈いったん死ぬ〉ってのも、悪くないぞ!
異世界転移のたびに、『チートな俺様、誕生!』ってわけだ。
向こうで生まれ変わったときには、魔法が使えるようになってるんだ。最高じゃん!」
嬉しそうな正宗くんの様子を見て、私同様、兄も意外な顔をした。
「まさか面白がってもらえるとは……。
大半の人は、怖くなって逃げちゃうのに」
〈いったん死ぬ〉という事実に、みな、慄いてしまうのだ。
が、少なくとも、今回の求職者たちには要らぬ心配であったらしい。
東堂正宗くんは、自信たっぷりに断言した。
「俺は構わない。いや、むしろありがたい。
できれば肉体を、強靭なパーツで組み替えてくれても構わんぞ」
雛さんも、付けまつ毛の具合をコンパクトで確認しながら、言う。
「ワタシ、難しいことは、マジで、わかんない。
でも、死んでも、絶対に生まれ変わるんでしょ?
向こう行って、戻って来れるんでしょ。
だったら、どうでも良くね?」
求職者二人が、予想以上に積極的な反応をした。
だから、ここぞとばかりに、兄は話を先に進めた。
「でね、転送についてだけじゃなくて、これも嫌だと思うんだよね」
と、私の方を向いて「アレ、持ってきて」と言った。
そう。
次に説明すべき題材は、用意されているのだ。
私は立ち上がり、部屋奥にある冷蔵庫から、グラスを持ち出した。
「悪いけど、今から、これを飲んでもらいたいのよ」
オレンジ色の液体が入ったグラスを、ソファテーブルに置き、求職者二人の前に差し出した。
これこそ、異世界へ派遣される者にとって必須アイテム。
ナノマシン入りのジュースであった。
〈異世界派遣〉の仕組みの解説、第二弾でした。
次回で、説明回のラスト、序章の終了です。
お付き合いくだされば幸いです。




