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◆2 宇宙レベルのバイト君、たちまち勇者に!

 令和の日本、東京ーー。

 私、星野ひかりは、東京駅にほど近い派遣会社で、ある特殊な業務に()いていた。

 派遣バイトの活動を、モニターで監視するお仕事である。

 しかも、バイト君の派遣先は〈異世界〉だ。

 魔法が使えたり、魔物が跋扈(ばっこ)する、ファンタジーが現実となった世界である。


 今回、バイト君が派遣された先は、中世ヨーロッパ風の世界だ。

 そこで、生活物資を運ぶ幌馬車隊を、護衛することが任務であった。

 問題となっているのは、〈魔の森〉と称される危険地帯を、幌馬車隊が通り抜けなければならないことであった。


〈魔の森〉には、(おびただ)しい数の〈魔物〉ーー魔力を体内に宿した化け物ーーが巣食っており、人間を襲うのだ。

 現に、すでにいくつもの商隊の荷馬車が襲われ、わずか二、三年のうちに、五、六十名もの人間が、生命を奪われている。

 命懸けの護衛任務と言って良い。


 当然、幌馬車隊の護衛役は、わが社の派遣バイド・東堂正宗くんだけではない。

 彼以外の護衛役はみな、現地の人ーー異世界の冒険者たちだ。

 かなり大型の幌馬車なので、一台につき、それぞれ十二人の冒険者たちが配されている。

 幌馬車は全部で六台もあったから、正宗くんには七十二人もの〈仲間〉がいる勘定だ。


 たが、彼ら異世界の冒険者たちにとって、わが社の派遣くんは、もはや〈仲間〉ではない。自分たちとは隔絶した〈英雄〉だった。

 彼ら、現地の冒険者たちは、魔物の死骸を(あさ)って、現金収入を得ている。

 だから、派遣くんの大活躍によって、苦労しないで、魔物の死骸がたくさん手に入れられるのが嬉しいのだ。

 みなで派遣くんを手放しで褒めちぎり、称賛の声を口にしていた。


「おお、ありがとうございます、勇者様!」


「私らだけじゃあ、魔物に()われてました」


「それに見てください、この骨!」


「ほんとに、いただいちゃって、良いんですかい!?」


「こんな立派な魔物の牙は、手にしたことがありません!」


「これでわが隊は、安心です」


「これだけ魔物退治をしていただいたら、もう森を突っ切る街道が出来たも同然ですよ!」


 何十人もの仲間から賞讃されたり、英雄視されたりして、派遣くんもまんざらでもないようだ。

 彼は「お、おう!」とうわずった声をあげ、陽気に剣を天に(かか)げた。


「俺様ーーこの〈勇者マサムネ〉に任せろ。

 誓って、商隊は守りきって、開墾地に届けてみせる。

 それから王都に凱旋だ!」


 わああああ……!


 人々から歓声があがる。

 称賛の声を背に受けながら、派遣くんは真っ赤なマントをひるがえし、隊列の先頭を進む。


 彼は、頭に蒼い宝石をあしらえた金属製バンダナを巻き、青い戦闘服の上に、革の鎧と膝当てを付けている。

 そんな格好をして、周りの仲間たちより何倍も機敏に動き、剛腕を発揮した。

 人間を一瞬で噛み殺すことが出来る魔物狼を、一太刀で一刀両断に斬って捨てることができるのだ。


 つまり、我が社の派遣バイトーー東堂正宗くんは、この異世界で、まるっきりチート能力者ーーゲーム世界の勇者となっていたのだ。


◇◇◇


 東堂正宗(俺)は、鼻歌混じりに剣を振り回しながら、上機嫌になっていた。


(いやあ、こんな気持ち良くなれる仕事があったなんて、ツイてるな、俺!

 雑魚(ザコ)魔物を颯爽(さっそう)と切り裂いて、人々から喝采(かっさい)を浴びてーーほんと、ゲームの勇者様だ)


 中世モドキの異世界に来てから、今まで、身に危険を感じることがまるでなかった。

 現地の人々が怖れる〈魔物〉に何度も遭遇したが、難なく撃退できた。


 身体の動きが、異様に俊敏になっていた。

 意識が向かうと同時に、身体が反応するというか、とにもかくにも身が軽いのだ。

 そのくせ、脚力も腕力も、格段に強くなっていることがわかる。

 かなり重量があるはずの鋼鉄製の大剣を小枝のように振り回せるし、物凄いスピードで襲いかかってくる狼型魔物からも、サラリと身を(かわ)すことができる。

 ちょっとジャンプするだけで、あたかも宙に舞っているかのごとき浮遊感があった。

 オリンピックやサッカーのワールドカップに出場するアスリートをも凌ぐ身体能力を、自分がもっていることがわかる。


 そう、今の俺様は、人間ではない。

 ヒトを超えた存在ーー〈勇者マサムネ〉となっているのだ!


 ーーとはいっても、中身は勇者でもなんでもない。

 一般人ーーそれも、社会的には立場の弱い、若い日本人の派遣バイトだ。

 いくら精神強化されていても、基本の感性は、ごく一般的な日本人のものである。

 だが、そのギャップが、気持ち良さを生んでいるようだった。


 時折、血濡れた剣を振りかざしては、俺は天を振り仰ぎ、身を震わせた。


(この万能感ーーたまんねぇ!)


 俺はこれまで、気持ちよく魔物を斬り倒していた。

 風がサアーっと森を吹き抜けるのを感じながら。


 熱くなっている額に、風が心地良い。

 息を深く吸い込み、樹々の香りを味わった。

 が、その瞬間、ふと、嫌な匂いを感じた。


(なんだ、この匂い?)


 俺の頭のどこかで、警鐘が鳴った。

 胸が騒いでる。


 息を詰めて、辺りを見渡したがーーなにも変わったことはない。

 それでも、様子がおかしい。

 実際、耳を澄ますと、地響きが聞こえてきた。


(え? どうゆうこと……)


 何かがこちらに、迫ってきている。

 地を踏み鳴らす音が、大きくなって聞こえる。


 間違いない。

 敵襲だ。


(ヤバッ!)


 俺は再度、注意深く周囲をぐるりと見渡す。

 悪い予感は的中した。


 地響きとともに、大勢の魔物が、森の茂みから続々と姿を現してきた。

 その数は、総勢、五十頭を超える大所帯であった。

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