◆8 俺様は帰るべきだと思うが、アイツ自身は『舞台が整うまで、好きにさせてもらうわ』とでも思ってるだろうよ。
現在、異世界に派遣されている白鳥雛からの通信が、プチッと途切れた。
と同時に、星野兄妹は冷たい視線を、東堂正宗に叩きつける。
正宗は素知らぬ態度を決め込み、わざとらしく口笛を吹くしかない。
気まずい雰囲気になって、ヒナが連絡を絶ってから数分後ーー。
ようやく星野新一が、今後の心配を口にし始めた。
「〈魅了〉を使わないとなると、ヒナちゃん、これから、どうするんだろうね」
ひかりもうつむきながら、重く息を吐く。
「もっとも、〈魅了〉を使えるとしても、ヒナさん、どうやって使うか想像できないから。
うまく事を運んでくれるとは限らないのよね……」
東堂正宗が、まるで星野兄妹と対等な監視官であるかのように、腕を組む。
「そもそも、今回、ヒナは〈滅びの予言〉を回避するために〈聖女〉として派遣された。
〈魔の霧〉が王都を襲う、と予言されたからーーだったよな?
で、〈魔の霧〉っていったい何なの?
〈魔〉の霧ーーってことは、魔王絡みか?
そもそも、聖女サマは、何をすることが期待されてんだ?」
根本的とも言える正宗の疑問に、依頼を受けた当の上司が、情けない返答をする。
「さあ? 〈魔の霧〉を祓うため、聖魔法が使える〈聖女〉募集ってだけで……」
ここぞとばかりに、正宗は疑問を畳みかける。
「でもさ、仮にバッティングしてたとして、欧米の派遣業者が異世界(向こう側)の意向を汲んで、ちゃんとした〈聖女様〉っぽい人材を送り込んでいるかもよ?
とすると、日本の異世界派遣業者としてどうなのよ?
ヒナじゃ役不足じゃないの?」
ここで、星野ひかりが横槍を入れる。
「〈聖女様〉っぽいって、どういった……?」
正宗は即座に応じた。
「わかんないけど、例えばエクソシストとか霊能者とか。
十字を切ってたし、あの王子様にエスコートされた金髪の美少女ちゃん、見た目に反して、エクソシスト張りのすっげえ悪霊祓い専門家かもしれんだろ?」
正宗の指摘に、星野兄妹は両目を見開く。
考えてもみなかったようだ。
「だったら、ヒナさんに勝ち目ないでしょ。
単なるホス狂よ」
「そりゃあね」
ヒナが耳にしたら、噴飯ものの議論だ。
でも、いつも通り、派遣を決定した星野上司組は、肯定的な発言で「問題無し」と結論づけようとする。
「でも、わかんないよ。
エクソシストだろうと、お祓い師だろうと、そういった専門家が持ってる、地球の宗教様式が、かえってアッチじゃ災いするかもしれないし」
「信仰や文化の違いあってこその異世界ですからね。
なんの予備知識もないヒナさんの方が、かえって任務を果たしやすいのかも……」
そして、「問題あり」として、正宗がネガキャンを張るのも、いつも通りだ。
「とりあえず、ヒナはサッサと東京に撤退すべきだな。
だって、そうだろ?
〈聖女様〉として、アッチの世界で、存在自体を認められなかった。
契約不成立で、トンボ帰りだ」
王子様が手を取ったのは、白いお人形さんのような美少女のみ。
ヒナは〈聖女様〉認定されなかったばかりか、〈謁見の間〉から追い出された。
ここで、怖いことをつぶやいたのは、ひかりだった。
「ーーでも、すんなりと戻れるの?」
たしかに、今回の派遣は異常続きだ。
派遣がバッティングするし、ナノマシンが正常に働いていないようだった。
その結果、〈世界言語〉が十全と機能していなかったし、派遣先に合わせた〈変容〉もしてくれてなかった。
でも、そういった技術を主とした〈異常〉にはまったく対処できない。
それが、今の東京異世界派遣会社スタッフの現状である。
すべての技術的なことは先代に行なったことで、当代の後継者たちは、残された機械を運用しているだけで、修理能力ひとつない。
だから、今、自分たちにできることを考えて、ヒナの帰還に際し、障害となるものを洗い出すぐらいしか、出来ることがない。
星野新一は契約の際に使用する機械モニターを眺めつつ、頭を掻いた。
「う~~ん、でも、依頼主から、まだ戻る許可はないんだよね。
依頼続行中なんだ」
それでは契約上、帰還することができない。
「でも、どうしてだ?
〈謁見の間〉から追い出されたんだろ。だったらーー」
正宗が首をひねると同時に、ひかりは兄に尋ねる。
「誰なのよ。依頼主は?」
「王家だけど……」
「え!? とすると、依頼主は、あの生意気そうな王子サマなの?」
「〈王家〉としての依頼だから、〈王子〉が依頼主とは限らない。
交渉時、相手の声は年配者ーー老人男性の声だった。
少なくとも契約は、国王と予言省の連名でなされていたーー映像は乱れて、良く観えなかったけど……」
依頼が途切れていないということは、王家なのか王様なのかよくわからないが、その正式な依頼主が、いまだに決しかねているのかも。
ヒナか、あの金髪美少女か、どちらがホンモノの〈聖女様〉なのかを。
もっとも、王子様は確信しちゃってるようだけどーー。
正宗は笑いながら、話をまとめる。
「ま、ヒナは現地で居残って平気だろうさ。
俺様は帰るべきだと思うが、アイツ自身は『舞台が整うまで、好きにさせてもらうわ』とでも思ってるだろうよ。
機を見計らって『真打ち登場!』とばかりに、〈聖女様〉として活躍するつもりに違いない。
幸い、王宮から追い出されたとはいえ、今は緑色の肌をしたイケメン騎士がいる。
おそらくは王家が付けた監視役なんだろうけど、ヒナのヤツは雌伏の時期を共に過ごせる案内人ができて、ラッキーと思ってるはずだ」
正宗の少々不謹慎ともいえる、今後のヒナの活動予測に対し、星野兄妹も同意の意を示すしかなかった。




