◆7 だ・か・ら、ワタシ、〈魅了〉は使わないって言ってるでしょ!
ワタシ、白鳥雛は、〈聖女様〉として異世界に派遣されたはずだった。
それなのに、王城のお偉いさんたちから聖女と認められず、〈謁見の間〉から追い出されてしまった。
ワタシとバッティングして召喚された金髪の白い美少女が〈聖女様〉ってことになって、ワタシは無視されてしまったのだ。
まったくもって不測の事態なんだけど、あの白い金髪美少女はいったい何処から派遣されてきたのか?
やっぱり地球からなのか?
訊けば、日本以外の外国にも、異世界派遣会社があるらしい。
すると、東堂正宗のヤツが、横合いから口を挟んできた。
美女と見ると、ただでさえ喰いつきが良いヤツだ。
白い美少女の素性を詮索したいんだろう。
「気になったんだけど。
ソッチの異世界、キリスト教が入り込んでない?」
ワタシの頭の中でも聴こえてんだけど、ワタシの意向は無視して、星野新一はマサムネの問いかけに答え始めた。
「たぶん、一部だろうけど、流入してるんじゃないかな。
キリスト教文化圏の派遣業者が、過去に派遣されてたみたいだから。
それでも、ソッチの世界の人に、キリスト教信者はいないと思う。
異世界での布教活動は禁じられてるし、特定の派遣依頼に応じる以外は、御法度なんだよ、ウチの業界は。
何か交流や産業を行う場合でも、許可・登録制になってるから。
とりあえず、ソッチの世界での主要な宗教はダレイモス教って言うんだ。
ひざまずいて両手を合わして神様に祈るところは、地球の宗教と一緒なんだけど、聖なる印として空中に三角形を描くことはあっても、十字を切る習慣はない」
マサムネは、指をパチンと鳴らす。
「だったら、やっぱ同業者同士で依頼が重複したんだろうな。
あの白い美少女ちゃん、十字を切ってただろ?
だったら、キリスト教徒ーーつまりは地球人ってことだ」
マサムネの断定に、ひかりちゃんも新一さんも同調した。
「そうね。人種からみても、欧州か英米といったキリスト教圏から派遣されたみたいね」
「そうかも。
外国にもいくつか異世界派遣をやってる会社や組織はあるし、他の異世界にある派遣同業者もあるから、バッティングする可能性のある会社や組織は、それこそ星の数ほどある」
とはいえ、新一さんによると、異世界派遣業者同士、お互いに深くは干渉しないことにしているらしい。
接触すると、ややこしい事態になることが、容易に想像付くからだ。
同じ地球上に派遣されるならともかく、異世界派遣となると、いろいろと問題が起こる。
同業者同士、いくら膝を突き合わせて綿密な派遣計画を立てたとしても、派遣先自体が地球上と異なる「異世界」なのだ。
日付すら別計算だし、互いの言葉(日本語と英語とか)の調整についても交渉を一からするしかなくて、面倒臭いことこの上ない。
そっちの世界に入り込めば、派遣者同士で話ぐらいはできるかもしれないけど、付与された能力次第では、役割分担しようにも、最初から揉めてしまうことが多いらしい。
ーーそういった諸々の事情を、愚痴混じり(?)の説明をした後、新一さんが要約した。
「たまにあるんだよ。バッティング。
特定の異世界と時空がつながるタイミングが、地球上の場合、どの国でも一緒だからね」
以降、新一さんと、マサムネのラリーが続いた。
「SFなんかじゃ、複数の転移者が同一空間に重なってしまうことは『確率的にまずない』っていう一言で片付けられるけど……実際には、あったりするんだな」
「いや、今回のも厳密に言えば、〈依頼のバッティング〉に過ぎないよ。
『確率的にまずない』っていうのは、分解された人体組成情報が、完全に被って混同しちゃうことでしょ?
そんなことは、まずないし、当然、今回もなってはいない。
〈ほぼ同時〉に召喚されただけ。
だから、普通に召喚自体は出来てる」
「そっか。そうだよな。
ヒナがあの美少女ちゃんと、混合したわけじゃないからな」
マサムネのセリフを聞いて、ワタシはゾッとした。
(げっ。スゲー気持ち悪い……)
たしかに、転送時、別人とまったく同期しちゃったら、どうなるんだろう?
頭が二つ、手足が四本ずつの、お化け人間になっちゃう!?
ここで、ひかりちゃんが、今現在の異変について言及する。
「それよりも、不思議なのは、ヒナさんの容姿がそっちの世界に合っていないことよ。
肌の色がそのままでしょ。
緑色の肌をした人間の世界に派遣されたっていうのに。
いつもなら、ナノマシンが体内で働いて、身体を〈変容〉させるはずでしょ?」
「でも、通信もできるようになったし、映像も観られるようになったから、良いんじゃね?」
混ぜっ返すようなマサムネの発言に、星野兄妹が考察を重ねる。
「今ではね。
でも、転移当初は連絡できなかったし、こっちから映像を観ることもできなかった」
「バッティングしちゃったのが原因かな。
転送し切る前に、外部から強く干渉された結果かも……」
あれこれ話し合った後、星野兄妹とマサムネの三人は、今後の展開が読めずに、互いの顔を見詰め合い、沈黙する。
しばらくして、マサムネが今までの考察をご破産にするような見解を口にした。
「まあ、じつは何が起ころうと、問題はないんだがな。
おまえにはチート能力の〈魅了〉がある。
コイツを使えば、王様だろうと王子様だろうと、一発で思いのまま。
それに、ナノマシンにすら魅了効果を発揮できることが、以前の派遣で証明済みだ。
今回のナノマシンの不調も、改めて命令すれば良いんじゃないか?」
マサムネの意見を耳にして、上司二人は、おおっ!? と声をあげた。
たしかに、見事な解決策だ、と思ったらしい。
実際、星野兄妹は内心、胸を撫で下ろす気分だった。
が、そう簡単に話を進ませるつもりはない。
なぜなら、肝心のワタシがゴネるからに決まってる。
マサムネのヤツの思い通りになってたまるかよ!
「だ・か・ら、ワタシ、〈魅了〉は使わないって言ってるでしょ!」
ワタシが大声で言うと、さすがにヤバイと思ったのか、マサムネは小さな声を出す。
「おいおい、意地張るなよ……」
その子供をあやすような口調が、余計にワタシの癇に障った。
「なによ、いまさら。
ウゼェんですけど!?
『〈魅了〉がなきゃ、ヒナは何も出来ない』
ってバカにしたの、アンタでしょうが!」
「……」
ふん、言い返せないでやんの。
「役に立たないようだから、もう切るね。
目の前のことに集中してーし!」
とだけ伝えて、ワタシは通信回路を切断した。
つないだままだと、いつマサムネのヤツが偉そうにセッキョーかましてくるか、わかったもんじゃなかったし。
(よし、ガンバだ、ワタシ!)
緑色の肌をした騎士さんの誘導に従って王城を歩きながら、ワタシは拳をギュッと握り締めた。




