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◆1 そうですね。それこそ、冗談じゃないですよね

 東堂正宗とうどうまさむねが二回目の異世界派遣を終えた、一週間後ーー。


 白鳥雛しらとりひなは、プライベート空間を仕切っているカーテンをサラッと開けた。


 カーテンの向こう側ーー窓側のスペースは、正宗の生活空間になっている。

 どちらも異世界に派遣されていないときは、正宗と雛は同室で起居することになっていた。


 ここのところ、夜分遅くに、寝床に潜り込んだ正宗が何やらぶつぶつ言っているのが、カーテン越しながら、うるさくて仕方がなかった。

 じつは、正宗が布団の中で笑みをこぼしながら、異世界から勝手に持ち帰った黄金杖の使用方法をあれやこれやと思案しては、こちらの世界で魔法を使うことを考えて(えつ)()っていただけだった。

 だがしかし、そんな事情を知らない雛からすれば、独りでいかがわしいことでもしてるのかと思い、不快に思っていたのだ。


 一言文句を言ってやろうと思ってカーテンを開けたら、(まぶ)しい陽光が差し込んできた。


 正宗のスペースでは、すでに窓が全開され、荷物が整理されていた。


 いつの間にか、布に包まれた、長い棒みたいなのが、窓辺に立て掛けてある。

 これこそ、正宗が異世界から持ち帰ってきた、黄金の魔法杖であった。


 見慣れないモノを目にした雛は、もちろん、この怪しげなモノが何なのか気になった。

 が、雛はこれでも育ちの良い素性なので、他人の持ち物に手をつける気はない。

 ただ、珍しく正宗の方が早起きで、しかもすでに洗面所で歯磨きをし終えて、きっちりとしたスーツをはおっている最中だったのが意外だった。

 ネクタイまで締めているさまを見るのは、(初対面の入社面接以来)初めてだった。


「ヤベエよ、マサムネ。

 あんた、マジで格好つけて、どこ行くよ?」


「用事」


 正宗はいつもにも増して、素っ気なく返事する。


 正宗のスペースの側に窓があるから、空の様子はわかる。

 今日は快晴ーー雲ひとつない青空が広がっていた。

 散歩に行くには打ってつけの天気だ。


 この東京異世界派遣の社屋は東京八重洲口の間近にある。

 だから、散歩コースに事欠かない。

 平日だから東京駅界隈は通勤する男女でごった返しているが、ちょっと歩けば丸の内に行き着く。

 丸の内は日本最大のビジネス街で、シックに決めたお洒落なブティックやカフェなんかも建ち並んでいる。

 雛は歌舞伎町に次いで、丸の内の街も大好きだ。


 それに比して、正宗がいったいどういう街が好みなのか、わからない。

 こんな無粋な俺様キャラでも、街に好みがあるのだろうか。

 無頓着なようにも見えるし、やたらとうるさいようにも思われる。


 思い返してみれば、二人して異世界派遣がない日、彼なりに気を遣ってか、あまり部屋にいない気がする。

 雛が歌舞伎町から帰ってきた時、正宗がいなかったりすることもよくあった。

 彼は異世界派遣が終わったら、近いうちに必ずどこかへ姿を消していた。


「そういえば、アンタ、マジで、いつもどっかに姿隠してるわよね?」


「おまえもな」


 正宗が突き放すように返したので、雛もふふんと胸を張る。


「ワタシの行き先は周知の事実。

 歌舞伎町しかないっしょ!?」


「威張るなよ、そこで」


 息を吐く正宗に、雛は畳みかける。


「でも、アンタはガチでどこへ行くわけ?」


「……」


 正宗は、だんまりを決め込む。

 らしくないと思って、雛はこの場の緊張をほぐすために茶化した。


「どんな用事か知んないけど、適当に切り上げて帰ってきな、マジで。

 ワタシの活躍が拝めねえゾ」


 明日の早朝、白鳥雛の異世界派遣が決まっていた。

 彼女が派遣されている際、モニターで異世界の様子を(のぞ)き観ては、星野兄妹と一緒になって、正宗があれこれ口出ししてくることは簡単に予想できた。


「けっ、いいよ、そんなもん、観なくて」


 正宗はそのままドアを開け、部屋から出て行った。


 雛は軽く 目を(しばたた)かせてから、大きく伸びをした。


「なんか、あいつ、めんどくさ。

 出かけた後、やたら静かになったり、無闇にハイテンションになったり。

 感情がアップダウンしまくり。

 ヤベエよ、マジで」


 外出する東堂正宗の背中を見遣(みや)りながら、白鳥雛は独り言をつぶやく。


(まあ、どーでもいいけど。

 マサムネが、どーだろうと……)


◇◇◇


 東堂正宗は、実際、重度のナルシストである。

 派遣時の彼は、「俺様は宇宙一だッ!」と口走るのが口癖だ。

 異世界派遣時に付与される、彼の個性能力(ユニーク・スキル)混合カクテル〉は、様々な魔法を混ぜ合わせて使うことができる。

 それゆえに、さまざまに思考を巡らせて、自らの能力や、状況のありようを利用して、異世界での生き残りを果たし、この日本東京へと帰還してくる。


 だが、彼が「さまざまに思考を巡らせ」るのは、なにも異世界に逗留(とうりゅう)しているときだけではない。

 自身の健康にも、なにくれと気を配っている。


 正宗は、こっちの世界に居るときは、欠かさず通うスポーツ・ジムで軽く汗を流す。

 今日も彼はジムのシャワーを浴び、ロッカーで着替えをした。

 服装はいつもより真面目に、白いドレス・シャツにダーク・グレーのネクタイを締め、頭部に装着していたウイッグを取り、糊付け部分を確認する。


「よし。身だしなみは、大切だからな」


 東堂正宗は少々難ありな性格ながら、じつは東大卒の高学歴者で、社会人経験も短いながらももっている。

 それなりに常識的には振る舞える人物だった。


 東京駅前でタクシーを拾って、虎ノ門に向かう。

 行きつけの総合病院があった。


「お客さん、浮かない顔だね」


 中年のタクシー運転手から、彼はミラー越しに語りかけられた。

 正宗は後部座席に乗り込みながら、両手を頭の後ろに組み、明るい声を上げた。


「そりゃあね、これでも余命宣告を受けてる身なんで」


「その若さで!?

 これは、不味(マズ)いことを()いちゃったかな」


「いえ、冗談ですから」


 タクシーの運ちゃんは、ホッと胸を撫で下ろす。

 ちょうど五十の年齢に差し掛かる運転手は、高脂血症やら、何やらと、健康診断をするたびに、何か数値が引っかかったりする。

 昔からの知り合いも、何人かは身体を壊す者もいる。

 そのせいで、健康に気を配る年齢になっていた。


「やっぱり? 冗談キツイよ。

 アンタ、まだ若いんだし、おかしいと思ったんだよ。

 でも、ほんとうに癌とかで闘病してる人もいるんだから、そんな冗談、あまり口にしないほうがいいよ」


「そうですね。

 それこそ、冗談じゃないですよね」


「そうそう」


 はははは……、と二人で軽く笑い合う。


 それから、正宗は座席に深く座り直し、大きく息を吸い込む。

 彼は、ここ数年に起こった数々の出来事に、想いを()せた。


◇◇◇

 

 東堂正宗は大学一年生、駒場キャンパスに通っていた頃から、ネットに動画投稿を始めていた。


 かなりのナルシストではあるが、プライバシーを気にする彼は、顔出しNG、オオカミの覆面を付けての配信デビューだった。


 まずは学歴を活かして、順当に教育系のチャンネルをやってみた。

 が、いっこうに流行(はや)らなかった。

 科目を歴史から文学、果ては哲学なんかに変えてみたが、手応(てごた)えがなかった。

 生真面目な内容であるにも関わらず、俺様口調なのがチグハグだったから、視聴者がつかなかったのだが、彼はそうした原因に思い至らなかった。


 試行錯誤の結果、辿り着いたのが《突撃体験シリーズ》だった。


『ブラック・バイトをやってみた』


『ホストをやってみた』


『入社面接を受けてみた』


 などが、それなりにバズった。


 この《突撃体験シリーズ》に配信内容が定着したのは、大学卒業の頃であった。

(ほんとは良くないのだが)隠し撮り同然で撮影した映像を、ナルシスト調で解説する動画で、その語り口が、小中学生の子供たちにウケたようだった。(本人は不本意)


 大学卒業後、東堂正宗は丸の内の大手総合商社の社員となったが、それでも配信をやめなかった。

 入社してからすぐに社員寮に入り、おまけに色んな部署に配属されてコキ使われてまくったので、その現場で合間合間に隠し撮りを溜め込んだ。

 それらを素材に動画編集し、配信を続けた。


 やがて東南アジアの某国に派遣されることとなり(英語が苦手だと抗弁したが、上司に無視された)、健康診断を受ける必要があった。

 これ幸いと、正宗は『人間ドックを受けてみた!』と企画して、動画の配信予告も入れた。


 ところが、健康診断の結果が、予想外に過酷なものだった。


 末期癌ーーそれも膵臓癌ステージⅣを宣告されてしまったのだ。


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