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◆54 人の運命なんて、海のように深く見通せない。怖いわ。

 俺様、日本東京からやってきた〈大魔術師マサムネ〉は、異世界のバレッタ王国の最終兵器(リーサル・ウェポン)である騎士団長ザイン•ドメタス公爵を、知略と魔法で葬り去った。

 その事実によって、ほとんど団長を護衛するために存在していた騎士団と、魔術師団は意気消沈し、組織的活動をすっかり停止させてしまっていた。


 その一方で、活気づいたのは、今にも奴隷落ちにされそうであった冒険者たちである。

 現金なもので、裏切られたと知るまではスカイムーンに忠誠を誓い、〈魔術師マサムネ〉を敵視していた禿げ男をはじめとした〈青い眼旅団〉の旧メンバーたちが、今では意気揚々と拳を振り上げ、


「マサムネ様、万歳!」


 と叫び、総出で冒険者仲間たちをけしかけていた。


「さあ、もう怖いモノはない。

 あとは騎士団狩りだ!」


 おおおおーーっ!


 日頃の鬱憤(うっぷん)が溜まっていたのであろう。

 なにかというと、「平民が」とか、「冒険者ごときが」と下に見られていた怒りが爆発した。

 方々で殺戮が始まる。

 冒険者が、騎士団員を追い詰め、自分たちを奴隷にしようとした〈犯罪者〉とみなして、狩りまくった。


 また、騎士団員たちがいくら虐殺されていようと、魔術師団は、もはや機能しなかった。無抵抗、あるいは諸手(もろて)を挙げて冒険者側に寝返った。


 あちらこちらで阿鼻叫喚(あびきょうかん)が渦巻く中、俺様は、ある一人の魔術師団の生き残りに迫っていた。

 魔術師たちを指揮していた女性魔術師だ。

〈鑑定〉をするまでもない。

 彼女が優秀な魔術師であることは、シックな黒い長衣(ローブ)(まと)い、高級そうな装飾品を身に付けていることからわかる。


「おい、女! 貴様に用がある」


 杖を手に俺が詰め寄ると、魔術師は自らの顔を覆うようにして悲鳴を上げた。


「ひいっ! 何なりと」


「この杖なんだがな」


「ハイッ!」


「能力を完全に発揮するためには、どうすりゃいいんだ?」


 今の俺様には〈混合〉も〈能力剥奪〉もある。

 できるだけ魔法能力を吸収して、威力を試してみたい。

 そう思った。

 だが、この黄金杖には〈剥奪反転〉が刻まれてあって、なかなか思うように能力を奪えそうもない。


「どうしたらいい?」という俺の問いかけに対し、女性魔術師は半分泣き笑いになりながら答えた。


「私は、国宝の魔法杖を整備した者の一人です。

 あなたの御心のままに従いますので、どうか生命だけは……」


◇◇◇


 半刻ほど過ぎてーー。


「ふう……」


 俺様は黄金杖を片手に溜息をついて、冒険者たちの活躍を眺めていた。


「どうしたの? ボーッとして」


 リーリアが(かたわ)らに寄り添う。


 俺は改めて、手にした黄金杖を見詰めた。


「いや、こうした状況も、この杖がなかったら作れなかったと思うとな。

 こんな恐ろしい杖を、騎士団も、よく冒険者に貸したもんだな、と」


 なんだ、そんなこと? とばかりに、リーリアは、気が抜けたような顔をして、話し始めた。


「騎士団のヤツらも魔がさしたんだろ。

 盗賊狩りや隣国軍との揉め事にまで、都合良く冒険者(アタシたち)を使いまくろうとして、バチが当たったんだ。

 ザマあないよね!

 それに、自分たちには騎士団長もいるし、杖を使いこなせるのはスカイムーンぐらいしかいなかった。

 まさか、杖を使いこなして、〈能力剥奪〉まで仕掛けてくるような、アンタみたいな男が出てくるとは思わなかったんでしょうね」


 俺は地面を足で軽く蹴りながら、つぶやく。


「本当なら、スカイムーンにも似たようなことが出来たはずだ……」


 そんな俺を励ますかのように、リーリアは俺の肩を叩いた。


「でも、スカイムーンのヤツは、自分が貴族に復帰するために、騎士団に媚びてばっかりだったでしょ?

 内心で冒険者仲間を(さげす)んでいたから、アンタのような杖の使い方に思いが及ばなかったんでしょうね。いい気味だわ」


 彼女は一つ大きく伸びをしてから、俺に笑顔を向けた。


「ーーマサムネくん、今の冒険者連中はアンタの言うことなら、なんでも聞くと思う。

 だから、殺しを止めさせて。

 もう、そのくらいにしておきましょうよ。

 コッチが罪を(こうむ)ったら目も当てられないし、今回の一連の奴隷騒ぎを仕掛けた側の証人ぐらいは残しておかないと」


「わかってるよ」


 俺は傲然(ごうぜん)と胸を張る。


「ーーだがね、こういう卑怯なヤツらは大嫌いなんだよ、俺様は!」


 驚いたことに、まだ何人かの騎士が鎧を剥がされた状態で、地べたに座り込んでいた。

 無抵抗なさまを示して、命乞いをしているようだ。


 じつに気に入らない。

 スカイムーンに向けたヘラヘラ笑いはどこへ行った?

 俺様は憤然と駆け寄せると、騎士のうち、二、三人を蹴り倒して絶叫した。


「ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなああああ!」


 俺は騎士団の只中に単身で乗り込んで、周囲に存在する者どもをすべて、無慈悲にぶん殴り始めた。


「俺様までもが罠に()められて、殺されそうになったんだぞ。

 許せるものか!」


 血飛沫と断末魔の叫びがこだまする。


 まったくの暴力行為となっていた。

 最初は歓声をあげていた冒険者たちも、今ではすっかり血の気が退いて、声をひそめていた。


 自分たちを助けてくれた〈大魔術師マサムネ〉は、敵対した「人間」を、すでに何十人も血祭りに上げて、笑っている。


 王国の英雄でもあった、騎士団長ザイン•ドメタス公爵様をも存在ごと消し去って、ケラケラ笑っていた。


 やはり、異世界人は感性が違うのか。

 我々、人間の生命を、殊の外、軽く見ているのではないか?

 そして、そんな人外のような大魔術師を、今まで軽視して愚弄(ぐろう)してきたのは我々ではなかったか……。


 そう考えると、冒険者の誰もが、ゾッとして鳥肌が立つ思いだった。


 リーリアは黙っていた。

 彼女の視線は、すでにマサムネの暴力行為には目を向けておらず、かつての恋人の方へと向けられていた。

 誰が運び込んできたのか、血溜まりの中で息絶えていたスカイムーン死体を運び込んでいた。

 彼女は、その(むくろ)を見おろしていた。


 うつ伏せになっているのを、足で蹴って仰向(あおむ)けに転がした。

 生前にあった、生き生きとした表情は失われて、醜く口を歪めて苦悶する顔があった。

 文字通り、亡骸(なきがら)が転がっている。


「一歩、間違えれば俺たちが、こうなっていたんだ」


 今度は俺様が、リーリアの背後から声をかけた。

 リーリアは溜息をついた。


「本当に、そうね。

 人の運命なんて、海のように深く見通せない。怖いわ」


 我が身を両手で抱えて、身を震わす。

 そんな彼女に対し、俺は殊更に明るい笑顔を振り向けた。


「でも、俺たちは、今、生きている。

 良かったな。

 まだ未来はあるぞ」


 俺のカラ元気は、少し彼女を勇気づけたようで、明るい声が返ってきた。


「ええ。アンタのおかげよ。

 あんなに強いとは思わなかった」


「なに、あいつらが弱かっただけさ」


「これからも、アンタと会えるかな?」


「約束はできない。

 ……俺様はそういう男だから。

 でも、いつか……」


「わかった。ありがとう。

 アンタのことは、忘れない。

 アタシのことも忘れないでね」


 リーリアは、くるりと背を向けて、その場を立ち去った。


 すると、まるで入れ替わるようにして、どこからともなく、エレッタが現われた。

 彼女は伏目がちに頭を下げた。


「助けてくれてありがとう。

 貴方が私たちを奴隷にすると口にしたけど、その時も、信じてたわ。

 きっと、貴方はそんなヒトじゃないって」


 エレッタは、しずしずと歩み寄ってきた。

 レッドボーイも一緒だった。


「マサムネ君の火炎魔法には、驚いたよ。

 美しかった。

 あれはもう芸術といえるね。

 だって、あんなことが出来るんだったらさぁ〜〜」


 レッドボーイが、興奮気味に話し続けていた。


 エレッタが、話しの腰を折って、俺様に熱い視線を投げつける。

 その瞳は、キラキラと輝いていた。


「ねぇ、マサムネ君。

 私たちが出会ったのは、神さまの計らいだと思うの。

 運命なのよ。

 この意味わかる?」


「わかるかわけ、ねえだろ!?」


 と、思わず声が出る思いだったが、グッと言葉を飲み込む。

 どうにも、このエレッタという女、自分だけの世界に入っていて、現実世界に目を向けてはいないらしい。

 彼女の内的世界に、俺は住みたいとは思わない。

 だから、何も答えず、俺様はその場を歩き去った。


 他にも、俺様に媚びを売ろうと近寄った者もいたが、振り向きざまに、


「なんの用だ、今さら!」


 と吐き捨てるだけで、冒険者どもは口をつぐみ、顔を背けた。


 王国騎士団が壊滅し、冒険者による〈暴動〉もひと段落ついた。

 そのタイミングを推し量ったかのごとく、召喚を要請した依頼主ーー宰相閣下と連絡が取れたのだろう。

 俺様が「東京へ帰るぞ!」と思ったら、すぐさま青白い光が身体を包んで、俺は転移した。


 バレッタ王国に残る冒険者たちから見れば、俺様がいきなり、シュン、と音を立て、煙のように消え去ったように見えただろう。

 みなが口を半開きにして、呆気に取られるさまが目に見えるようだった。

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