◆52 そりゃ、そうだろう。俺が奪ってやったからな。
俺様、東堂正宗は、気づいていた。
黄金杖の機能があれば、この世界の最終兵器である騎士団長ザイン•ドメタス公爵でさえも、圧倒できることを。
俺様が持つ能力をちょと使えば、やり方は単純だ。
スカイムーンのヤツに伝授しようとしたが、騎士団に殺されてしまった。
だから、ヤツ成り代わって、俺が騎士団をぶっ潰してやろう。
俺様は、〈雷撃〉〈火炎〉〈暴風〉で木っ端な騎士や魔術師、奴隷商人どもを掃討しながらも、あえて狩り尽くさず、生き残りは逃げるに任せた。
彼ら、逃走者のあとを、俺様はゆっくりと歩いていく。
彼らが逃げる先は、当然、自分たちの主人がいる騎士団の本陣に決まっている。
うん、ヤツらが逃げる方角はわかった。
俺は瞑目して念じた。
「〈探索〉!」
まずは〈探索〉で、騎士団長ザイン公爵の居場所を探る。
ナノマシン援用もあって、脳内にクッキリと俯瞰図が浮かび上がる。
幸いにも、騎士団の本陣は〈探索〉の有効範囲内にあった。
ザインのオッサンは、相変わらず、騎士団や魔術師団の団員に取り囲まれた状態で座っていた。
テントの前に大きなテーブルを置いて、食事をしている。
食べているのは、騎士団長ザインだけだ。
(おお、骨付き肉を頬張ってやがる。
部下に仕事させていながら、本人はのうのうとしたもんだ。
俺様が大活躍して、部下たちが削られてるの、オッサンは知らないのか?
いや、違うか。
俺様と冒険者たちが暴れているのを知って、腹拵えしてるってやつか)
なら、ちょうど良いーー。
俺は手にする魔法杖に念を込めた。
(あのザインのオッサンから、魔力を思いっきり吸い取れ!)
スカイムーンがこの杖を使っているとき、野盗どもを焼き払っている最中でも、冒険者たちを障壁で保護していた。
ということは、この杖は、魔法を付与する相手を自由に選べるということだ。
杖の魔法効果の有効範囲が気になるところだったが、〈探索〉が利く距離なら大丈夫なようで、少しづつだが、ザイン騎士団長から魔力を吸い取り始めた。
俺は口許を綻ばせた。
(遠距離では、相手を明確に認識しないと、魔力を吸い取れないようだけど、助かった……)
幸いなことに、俺の〈探索〉能力は、ナノマシン援用のクリア・ビジョンだったから助かった。
バッチリ、ザイン騎士団長を標的にして魔力を吸い取ってくれている。
そして、距離が近づけば近づくほど、吸い取れる魔力量が多くなっていくようだ。
俺は歩みを速めた。
そうして、大勢の騎士や魔術師どもを振り払いつつ、ひたすらザインのオッサンから魔力を吸い続けたのである。
ちなみに、ザイン騎士団長は鈍感なようで、魔力を吸われ続けているのに気づいていない。
いや、気づいてるかもしれないが、単なる体調不良と思っているようだ。
モリモリ肉を食ってる最中だし、生来、魔力量が限界突破状態なもんだから、少々減っても気付きようがないのかもしれない。
いや、そもそも、他から魔力を吸われるなどという経験がないから、自らに起こった変化に気付きようがないのかもしれない。
(しめた。これで、ヤツは木偶の坊だ!)
〈大爆発魔法〉を封じるのは簡単だ。
なにも〈能力剥奪〉を使うまでもない。
エネルギーの源である豊富な魔力量を削り取ってしまえば良い。
そうすれば、大爆発は起こせなくなる。
そうして、ゆっくりと、しかし確実に距離を詰めていくこと半刻ーー。
ようやく、俺様はザイン騎士団長と対峙するに至る。
あとはご覧の通りだ。
ザインのオッサンは悪代官みたいなセリフを吐いて、俺様に騎士や魔術師をけしかけたが、誰も動かず。
業を煮やしたオッサンは〈大爆発魔法〉を発揮しようとしたが、果たせなかった。
時間はかかったが、黄金杖で魔力を吸い取ることに成功し、〈大爆発魔法〉を使うことが出来なくなっていた。
俺は意気揚々と宣言した。
「別に〈能力剥奪〉を使わなくたって、〈大爆発魔法〉を封じることぐらいできるさ。
オッサンの魔力量ーーそうとう減ってるだろ?
〈鑑定〉すればーーほう、今は3000ほどか。
まだまだ、あるな。
ほんと、ここまで削るの、時間かかったぜ。
でも、これなら喧嘩できる」
俺は黄金杖をギュッと握り締めて、力一杯、魔力を込めた。
正面からの決闘だ。
魔力量は、オッサンが3000、俺様は999。
でも、勝算はある!
対するザイン騎士団長も、剣に手を遣り、力を込めた。
怒りで両眼が血走っていた。
「コソコソと盗人のように、儂から魔力を盗みおって。
じゃが、時間が経てば、貴様には打つ手がなくなるぞ。
ふん!」
オッサンが胸を張る。
すると、黄金杖の輝きが消失した。
杖を手にした感触でわかる。
この杖は、今では魔力を吸っていない。
むしろ、魔力を吸われている、と。
「言ったであろう。儂が杖のオリジナルだと!
貴様の魔力も吸い取ってやる!」
「させるかよ! 〈雷撃〉! 〈火炎〉!」
ゴオオウ!
轟音とともに稲妻が走り、炎が渦巻く。
だが、ザイン騎士団長は動じない。
剣を構えた状態のまま、正面から魔法攻撃を受け止める。
いくら魔力が減少したといっても、3000もある。
防御魔法を展開されたら、999の魔力をエネルギーにする俺の攻撃ぐらいなら容易に弾き返せるみたいだ。
でも、これは想定内。
これほどの魔力差があれば、当然のことだ。
「まだまだ!」
矢継ぎ早に、俺は攻撃魔法をザイン騎士団長に向けて叩き込む。
何度も稲妻が発射され、火の玉が炸裂した。
それでも、ザインの魔法障壁は崩れない。
「こんな程度では、儂は倒せぬ」
ふふん、と鼻息荒く、ザインのオッサンは嘲る。
だが、俺も手を抜かない。
「わかってるよ!」
俺が攻撃の手を緩めないのは、オッサンの魔法障壁を崩すためじゃない。
オッサンが黄金杖から魔力を取り戻させないためだ。
スカイムーンが黄金杖を使用するのを間近で観て、気づいたことがあった。
魔法杖が他から魔力を吸う間、杖から他の魔法を放つことができない、ということだ。
余裕の表情を浮かべる目前のお偉方対し、俺は煽り倒す。
「なに、ゆとりかましてんのよ、オッサン!?
アンタが魔法杖のオリジナルってんなら、基本性能が杖と同じってことだろ?
だったら、俺が攻撃をやめない限り、テメエはコッチの杖から魔力を吸い取れないぞ。
それでも良いのか?
しかも、魔法障壁で亀のように縮こまってたら、ますます魔力が削れちゃうぜ!」
俺の煽りが確実に効いたようだ。
間断ない俺様の攻撃に身を晒しながら、ザイン騎士団長は焦り始める。
何度も、魔法攻撃を仕掛けようとするも、俺様の攻撃が止まないために魔法障壁を引っ込めることができず、攻撃が繰り出せない。
魔力圧に押されて、ジリジリと後退していく。
それも当然だ。
ザインのオッサンは、現在、黄金杖から魔力を吸い取れなくなっている。
それを良いことに、俺様は黄金杖を握り締め、バンバン魔力を供給してもらっている。
つまり、俺が使える現在の魔力量は杖の助けで、優に4000は超えているのだ。
皮肉なことに、時間経過とともに不利になったのは、ザイン騎士団長の方だった。
周りの観衆たちも、息を呑む。
「くっそぉ、〈大爆発魔法〉をーー!」
焦れたオッサンは叫び声をあげるが、それでも魔法障壁を引っ込めることができない。俺様の怒濤の魔法攻撃を直接、身体に喰らうと、即死になってもおかしくない。
しかも、致命的なことに、ザイン騎士団長の〈大爆発魔法〉は起動まで時間がかかる。
それは、魔法の仕組み自体が変わらないから、魔力が少なくて、小規模の威力しかない、今の状態であっても変わらない。
それになにより、ザイン騎士団長お得意の大魔法には、根本的な欠点があった。
魔法効果範囲が広域だということだ。
俺はバシバシ稲妻や火の玉を繰り出しながら、嘲弄した。
「良いのか、オッサン?
この場で〈大爆発魔法〉なんか使うと、騎士団全員、吹っ飛ぶぞ!?」
ザイン騎士団長はビクッとする。
どうやら得意とする大魔法と同じく、ザインのオッサンの頭の働きはザックリとしたものらしい。
俺の魔法攻撃を喰らって障壁を展開し、身動きができなくなった段階で、いろいろと詰んでいることがわからなかったようだ。
ここぞとばかりに、俺様は煽りまくった。
「ーーああ、今のオッサンの魔力量は3000以下だから、どの程度の爆発かわからないか。
とはいえ、魔術師団員はともかく、騎士や奴隷商人の大半は死ぬだろうな。
ろくに防御魔法なんか使えないだろうからな。
せっかく得た、奴隷という商品もパーだ」
ぐぬぬ、とザインは歯噛みする。
ようやく〈大爆発魔法〉が使い難いことに気づいたようだ。
(ふう。これで無茶なことしないよな……?)
俺は魔法攻撃の手を休めた。
俺からの攻撃が止んだので、ザイン騎士団長も魔法障壁をようやく引っ込める。
かといって、再び俺が手にする杖から魔力を吸収しようとはしない。
その隙に派手な魔法攻撃を喰らうことを恐れたからだろう。
(よしよし、良い子だ。すべては計画通り!)
向こうから爆発攻撃を仕掛けてくること、そして魔法杖に干渉して魔力を吸い取ってくることを防げた。
ようやく、次の段階に入れる。
俺は黄金杖を地面に突き刺す。
そして杖から手を離し、両手を合わせて指をボキボキと鳴らした。
「ーーというわけで、じかに鬱憤が晴らせるってわけだ。
オッサン、覚悟しろ。
歯ァ食いしばれ!」
おおおおおっ! という雄叫びを発しながら、俺は拳を振り上げて走った。
騎士団長の許まで自力で駆け寄って、飛び上がってぶん殴る。
相手が三メートルもの巨人だから、顔を殴るのも一苦労だ。
「ぐわっ!」
剣を構えていたザインのオッサンは、頬に激痛が走って上体を揺らす。
再度、俺はジャンプしながら、拳を振り上げ、振り下ろす。
「うりゃあ!」
またも、パンチがオッサンの髭面にヒットした。
剣を構えた巨人を相手に、どうにか肉弾戦を強行できた。
ほんと、すべてが大振りな動きをする相手で助かった。
スカイムーンを相手に殴り合ってたら、とても勝てなかったろう。
〈肉体強化〉がスカイムーンのヤツに剥奪されたのが恨まれる。
〈肉体強化〉が使えたら、三倍速で動きまくって、あっという間にオッサンを殴り倒し、肉弾戦で勝負を決することができただろう。
だが、殴りっこするだけなら、要らぬ懸念だった。
鎧を纏っていても、標的がデカいから、脇腹や股間といった鎧の隙間に、パンチが当たる、当たる!
「ぬうおおおお!」
ザインのオッサンも、やり返してきた。
精一杯の魔力を込めた剣で斬りかかる。
さすがに、三メートルもの巨人から、満を持して発せられた剣戟は凄まじい威力だった。
俺様は吹っ飛んだり、地面に押し潰されたり、胸元から腹にかけてバッサリと斬られて、血飛沫をあげたりした。
だが、俺はへこたれない。
攻撃を受けても、すぐに立ち上がり、パンチを繰り出した。
ザインのみならず、観衆のすべてが目を丸くする。
俺の不死身ぶりに恐怖したのだ。
そう。今の俺は、ほぼ無敵なのだ。
魔法を込めた剣戟を受けても、魔法による被害はない。
身体にいかなる傷がついても、一瞬で消える。
〈絶対防御〉で魔法攻撃を弾き、ナノマシンで怪我を修復しているからだ。
次第に、沈黙が場を支配する中、俺独りが大声をあげた。
「効かねえなあ、そんな非力じゃぁ」
オッサンは我慢できなかった。
剣を天に向けて突き立てて叫んだ。
「ぬおおおお!
小規模とて構うまい。
貴様だけを消し去れば良いのじゃ!」
ついに堪忍袋の緒が切れたらしい。
ザイン騎士団長は、伝家の宝刀〈大爆発魔法〉を使うと決したのだ。
観衆は慌てふためいて、再び俺たち二人から距離を取る。
だがーー。
天空に雲は湧き立たず、光の柱が突き立たない。
空気が震えるような、魔力波動を感じない。
つまり、〈大爆発魔法〉が発動する気配が、まったく起きなかった。
愕然として、身を震わせたのは、ザイン騎士団長であった。
「な、なぜじゃ!?
おかしい。
ついさっきまでは、小規模とはいえ、魔法能力が稼働する手応えはあった。
今では、すっかりーー」
ザインは額に汗を浮かべ、自らの手と剣先を両眼で凝視する。
そんなオッサンの狼狽えるさまを眺めて、俺様は胸を張った。
「そりゃ、そうだろう。
俺が奪ってやったからな。
オッサンの〈大爆発魔法〉を」
「なんじゃと!?」
「だからさ、今度は、俺様が使ってやろうか?
王国の最終兵器、〈大爆発魔法〉をーーそれもグレードアップした新型のヤツをさ!」




