◆51 特権に胡座を掻いた、異世界のオッサンよ。教えてやろう。
俺、〈モブ冒険者兼魔術師マサムネ〉は、胸を張って、力の限り大声をあげた。
「なにを時代劇の悪役みてえなことを言ってるんだ。
濡れ衣もたいがいにしておけ!」
騎士団長ザインが発した、
「ええい、斬れ、斬れ!
こやつこそ、奴隷商人の首魁ぞ!」
という怒鳴り声よりも、俺様の声は大きかったはずだ。
その甲斐あってか、遠巻きにしている観衆はまったく動かなかった。
「時代劇の悪役」とか「濡れ衣」といった言葉が、コッチの世界でどのように変換されてるかわからんが、とにかく、俺様が〈冒険者たちの味方〉であり、対面のどデカい鎧のオッサンが悪者だ、ということは周知されているようだ。
騎士団や魔術師団の団員たちも、自分が悪役としてこの場に参加してる自覚くらいは持っているようで、俺様に向かって手を出そうとはせず、遠巻きにしてヒソヒソ語り合っていた。
「なんだ、あの魔術師は!?」
「異世界から召喚したと聞いたぞ」
「いったい、誰が?」
「やはり、宰相閣下か……?」
「またもザイン閣下は出し抜かれたのか?」
「雲の上での戦いは、俺たちには関係ない。
問題なのは、今、騎士団が、あの魔術師に対抗できるか、だ」
〈鑑定〉能力を使った魔術師団員が悲鳴を上げた。
「む、無理だ。
魔力量が999もある!」
「そんな……平民ごときに!」
「おまけに、国宝の杖を握っている。
だから、俺は反対だったんだ。
冒険者などという下賎な者に国宝を預けるなどと……」
ザインと対峙している俺様にも聞こえるほどの、大きな話し声だった。
あとで知ったのだけれど、魔術師団の入団資格が魔力量500で得られるそうだ。
しかも、近年、魔術師団も騎士団同様、腐敗しており、賄賂次第で300もあれば入団できるほど、人材が劣化していた。
今の〈魔術師マサムネ〉に、魔力量だけでも対抗できる者はいなかったってわけだ。
俺様は胸を張り、ふふん、と鼻を鳴らす。
「そうだよ。俺様は強いぞ。
なにせ異世界からやって来た特級魔術師なんだからな!
雷だろうと、炎だろうと、なんでもござれだ」
対面に立つどデカい髭のオッサンが、再度、怒鳴りつける。
あたかも、部下を叱責するかのように。
「貴様、依頼内容を無視しおって!
攻撃系の魔法能力は禁じておいたはずだ。
契約違反ーーそうだ、これは契約違反だ!
貴様の上官にキツく申し渡しておくぞ!」
はっはは。
またもや、笑みがこぼれちまった。
『語るに落ちる』とはこのことだ。
「『契約違反』って文句をつけるってことは、俺が契約されて、この作戦に参加したのを知ってるな?
なら、俺様の依頼主は宰相閣下なんかじゃなく、ザイン騎士団長ってことでいいのか?」
髭面のオッサンは顔を真っ赤にさせた。
感情が表に出やすいタイプのようだ。
こんなに内心がわかりやすい性格をしていては、会ったことはないが、王国最大の権力者だっていう宰相閣下とやらに、この髭のデカブツが政争で勝てるはずもない。
なんせ異世界人である、俺の上司兄妹すらも、名前を出しただけで、こんなに怪しい依頼内容ですら通してしまうほど、すっかり宰相閣下に心酔しきってるんだから。
ーーそうだ。
今までの腹いせに、ちょっとオッサンを煽ってやるか。
「おいおい、騎士団長サマ。
アンタ、そんなデカい図体してんのに、部下をドヤしつけることもできないんだな?
騎士も魔術師も遠くでコッチを眺めてるばかりで、まったく動かないぞ」
案の定、乗ってきた。
ザインは腰に提げていた大剣を抜き、刃をドンと地面に突き立てた。
「彼奴等は、我が〈大爆発魔法〉を恐れて、近寄れぬだけよ!
断じて、貴様ごときを恐れてのことではない!」
俺はさらに煽った。
「あれ? オッサン、視力悪いの?
『貴様らの仕事ぶりを監督しに来た』なんて言ってたのに、見てなかった?
俺様は無敵だよ?
雷も炎も暴風も起こせるし、剣で刺されても、魔法攻撃を喰らっても効かない。
ナノマシンっていう科学兵器もあるし、〈絶対防御〉っていう魔法能力もあるんだ」
『怒髪天を突く』ってのは、こういう表情をいうんだっていうほど、目の前のオッサンは全身をプルプルと震わせ、大剣を地から抜き去り、刃を天空に向けてかかげた。
「き、貴様ーー無礼な若造が!
儂を怒らせおって!
後悔するが良い。
これほどの人員がおるから遠慮しておったが、もはや我慢ならん。
この儂が愚弄されるのを看過しおった罪じゃ。
この場におるすべての者が消え去るが良い!」
ザインが掲げた大剣が、白く輝く。
天空には黒雲が渦巻き始めた。
ーーこれは見たことがある。
そう、〈大爆発魔法〉が発動する予兆だ。
わああああ!
遠巻きに取り囲んでいた連中はみな、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
中には馬に跨って駆ける者もいた。
巨大な岩石人形を何体も吹っ飛ばし、敵兵を一瞬で消失させた〈大爆発魔法〉の威力を知っている者ばかりだ。
恐慌状態になって当然だった。
騎士団長ザインは全身を青白く輝かせながら、勝ち誇る。
「恐れを知らぬ、異世界の若造よ。教えてやろう。
貴様がありがたそうに握り締めておる、その魔法杖はな、国宝とはいえ、そもそも我がドメタス公爵家当主に代々伝わる魔法能力を模写した魔道具にすぎん。
つまり、我が身こそが、真の生きた魔法杖なのじゃ。
我が身体に内包する魔力量は、人の身で測り得る最高値10000!
世界に漲る魔力を吸い取り、最大値を維持しておる。
貴様は我が魔力で圧倒されて消え去るのだ!」
おうおう、得意げに髭を震わせてる。
厳ついオッサンが威張るのを正面から見詰めるってのも悪くない。
これから、一気に血の気が退いていくのを知ってるんだから、なおさらだ。
俺が相変わらず余裕の表情でいるのが気に食わないとみえる。
オッサンは訝しげな顔付きとなった。
「貴様ーーなぜ、恐れぬ?」
俺は爽やかに、ニカッと白い歯を見せた。
「すぐにわかるさ」
四方八方に逃げ惑っていた人々の様子が変わっていた。
みな、空を見上げている。
あれほど渦巻いていた黒雲が、今では薄くなっていた。
陽の光すら差し込んできている。
誰もが察した。
〈大爆発魔法〉が起きない、と!
俺は黄金杖を地に突き立て、胸を張った。
「どうだい、オッサン。
〈大爆発魔法〉が出ないだろ?
今のアンタが繰り出せるのは、せいぜい〈小爆発魔法〉といったところか」
ザイン騎士団長は茫然とした表情で、大剣を天に向けて掲げたまま、立ち尽くす。
青褪めながら、声を絞り出す。
「貴様ーーまさか、〈能力剥奪〉を使ったのか!?
あり得んーーそれは、ない!
儂にまるで触れておらんではないか……」
俺は黄金杖を手で撫で付ける。
ああ、ようやく、特権意識にしがみついたオッサンを出し抜けた。
自然と、表情が和らぐ。
「特権に胡座を掻いた、異世界のオッサンよ。
教えてやろう。
今の俺には、この黄金杖があるんだぜ。
おかげでオッサンの〈大爆発魔法〉を簡単に封じることができたぜ!」
ザイン団長は髭を震わせる。
「馬鹿な。その杖では〈能力剥奪〉は使えぬはず!
〈剥奪反転〉が刻まれておるのだ!
〈能力剥奪〉を使えば、跳ね返ってーー」
ちっちっち……。
俺は指を振って、ウインクする。
「そんなの関係ないね。
別に〈能力剥奪〉を使わなくたって、〈大爆発魔法〉を封じることぐらいできるさ。
オッサンの魔力量ーーそうとう減ってるだろ?
〈鑑定〉すればーーほう、今は3000ほどか。
まだまだ、あるな。
ほんと、ここまで削るの、時間かかったぜ。
でも、これなら喧嘩できる」
俺は黄金杖をギュッと握り締めて、力一杯、魔力を込めた。




