◆46 これが身分制社会の縮図だ
俺、東堂正宗は、金髪青年のスカイムーンが騎士団員とやり取りする様子をじっと見ていた。
それで、わかった。
やはり、スカイムーンと騎士団との間には隔意がある。
王都最大の冒険者パーティー〈青い眼旅団〉は王国騎士団と連携行動をとっている、といわれる。
が、〈青い眼旅団〉の団長スカイムーンは、王国騎士団に対して面従腹背しているだけで、言いなりになることを快しとしていない。
そうした内心は、彼の態度から露骨に透けて見えた。
ならば、彼の野心に乗じて、何かできることはないのか。
俺は思案した。
スカイムーンが、冒険者たちを奴隷落ちする罠に陥れた張本人なのはわかっている。
だが、彼をそう仕向けたのは、騎士団に違いない。
奴隷解放を口実にした一連の事件を画策した黒幕の正体は、きっと騎士団の団長サマだ。
だったら、スカイムーンと騎士団を揉めさせられれば、俺の境遇も好転するかも。
(スカイムーンは胡散臭いヤツだからな。
隙あらば騎士団を出し抜くことを狙っている可能性がある。
だったら、その方法を一緒に考えてやることも悪くない……)
俺は、スカイムーンに近寄って囁いた。
「アンタ、〈能力剥奪〉が使えるんだろ?
それなのに、騎士団に敵わないのか?」
俺はスカイムーンと騎士団との関係に、まずはヒビを入れることにした。
なにか混乱が生じれば、俺の活動が自由になる活路を見出せるかもしれない。
実際、俺の推測は正しかったようで、スカイムーンは胸の内に騎士団に対する叛意を秘めていたようだ。
だから、彼は不愉快げに眉間に皺を寄せながら、俺に応えた。
「目の前の騎士団員程度なら、どうにでも出来る。
問題なのは、魔法杖を管理する魔術師団の連中、そして騎士団長のザイン様だ。
ザイン団長は、〈能力剥奪〉を有する僕を警戒して、近寄らせてもくれない。
いつも副団長や他の団員を介しての交渉になる。
それを下っ端の団員たちが、『団長が面通しもさせない』ってんで、僕を軽んじてるんだ。
ちくしょう。機会さえあれば……」
なるほど、すでに騎士団長とスカイムーンとの間では、水面下で駆け引きが行われていたようだ。
だったら、いくらでもやりようがあるはず。
俺は腕を組んだ。
「ん? 待てよ。
その杖、周囲から魔力を吸い込んだり、狙った相手に魔力を付与できたりしてたよな?」
「ああ」
「ってことは、誰かに魔法をかけるってことはーー?」
「魔力を吸い込んだり、付与したりすることに比べたら簡単なことだ。
標的を決めて念を込めれば、魔法を対象に叩き込める。
本来、魔法杖ってのは、そういう道具だ」
俺はポンと手を打った。
「だったら、〈能力剥奪〉の能力を杖に移して、それから相手に叩き込んで、ソイツの能力を奪えばーー」
スカイムーンは首を横に振る。
「じつは、僕もそう考えたことがあるんだ」
と口にして、苦笑いを浮かべた。
「ーーでも、駄目なんだ。
この黄金杖には迂闊に〈能力剥奪〉を仕掛けられない。
魔術師団によって、そういう魔法がこの杖に施されているんだ。
ザイン様は魔術師団に命じて、この杖に〈剥奪反転〉魔法を刻み込んだんだ」
「剥奪反転?」
「そうだ。
僕が〈能力剥奪〉をこの杖に込めれば、反転して、僕のその〈能力剥奪〉の魔法能力自体が剥奪されてしまう。
もちろん、すべての魔法能力を反転させるんじゃない。
それでは魔法杖として使い出がなくなってしまうからな。
〈能力剥奪〉のみに特化して、効果を跳ね返す魔法なんだ」
「うわっ。なんと悪辣な!」
「だろ? だから、僕は騎士団ーーザイン様に刃向かえないんだ。
というより、仮に刃向かう機会があっても、僕は反抗できない。
ザイン様が王族に次ぐ公爵家の当主であられるからだ。
僕の爵位復帰は、王様か宰相閣下のご裁可なくしてはあり得ない。
だから、彼ら高貴な方々にも働きかけられる地位にあられる騎士団長ザイン•ドメタス公爵様にお頼みするしかないのさ。
ザイン様には、あの〈大爆発魔法〉がある。
あの王国最強魔法の行使者であられる限り、王様や宰相閣下とて、ザイン様の口利きがあれば、無碍にはできないはず……」
なるほど。
だから、スカイムーンは騎士団長ザインの意向に従い続けてるってわけか。
でもーーほんと、スカイムーンってお坊ちゃんなんだな。
爵位なんか無視して、好き勝手に生きれば良いのに。
(ま、俺様はお貴族様になりたいわけじゃないから、ザイン様にも騎士団にも、なんにも遠慮は要らないからな……お、俺様ならではの、騎士団連中を出し抜く良い手を思いついた!)
俺はスカイムーンの背中をポンと叩いて、身を寄せた。
「良い考えが浮かんだ。
コイツは試す価値ありだ。
その杖、しっかり握り締めて、騎士団連中に返すんじゃねえぞ!
そしたらーー」
スカイムーンにしても、一緒に騎士団を出し抜く方法を考えてくれる仲間が出来たのは嬉しいらしい。
目を輝かせて、耳を側立ててくれる。
が、タイミングが悪かった。
スカイムーンは俺の口を手で塞いだ。
「待て。騎士団のヤツらが来た。
続きは、後で」
「おう」
俺は、スカイムーンから身を離し、少し距離を取る。
すると、十人を超える騎士団員が、正面から騎馬でやって来た。
ザイン騎士団長がいる中枢部隊から派遣されて来たらしい。
異国風の奴隷商人どもと行動を共にしていた騎士団員より、ずっと立派な甲冑を身に纏っていた。
より高位の騎士サマたちなのだろう。
そんな騎士サマたちが、マントを翻して白馬から降りてきた。
長身の銀髪男が中央に立ち、目立っている。
スカイムーンは俺に向かって小声でささやいた。
「副団長サイファス様だ。
懇意にさせてもらってる」
そう言うと、スカイムーンは滑るように騎士団連中の許に走り寄って、片膝立ちとなる。
彼が首を垂れるのを見届けると、騎士団員たちはグルリと周囲を見渡す。
辺り一面、冒険者たちが痺れた身体を地面に横たわらせていた。
そのさらに向こうでは、首輪を嵌めて虚ろな瞳になった冒険者たちが鎖に繋がれ、幌馬車隊に向かって整列させられている。
副団長サイファスなる銀髪男は、満足げにうなずく。
「これは豊作だな。
ザイン様もお喜びになられるだろう」
「はっ。万事、上手く事が運びました」
スカイムーンが顔をあげ、立ち上がる。
すると、副団長は満面に笑みを湛えたまま前に進んで、スカイムーンの肩をたたいた。
別の大柄な騎士団員たちも、スカイムーンに近づくと、前から抱きついた。
なんとも、仲睦まじいことだ。
ーーそう思って、俺は彼らが寄り添う様子を眺めていた。
数多の冒険者たちを奴隷落ちさせて、騎士たちが喜色満面に抱き合うーー考えてみれば、いびつな話だが、これが身分制社会の縮図だと、呑み込むしかない。
そんなことを思っていたため、事態の変化に気づくのが遅れてしまった。
笑い合う騎士たちの中で、スカイムーンだけが、再び跪き、苦しげな呻き声を発した。
「あ!?」
俺は両目を見開いて、絶句した。
スカイムーンの胸に、一本の短刀が刺さっていた。




