◆44 見下された相手や、手を焼いた女を手籠めにする快感は忘れられないもんなあ!
大勢の冒険者たちが、首輪をかけられて横たわっている。
その地で、今は一介の冒険者である俺、東堂正宗は勧誘を受けていた。
有名な冒険者パーティー〈青い眼旅団〉の元リーダー、スカイムーンこと、テオドール子爵家のダラムが、肩を組んで囁きかけた。
「僕は騎士団長ザイン公爵の命令で、帝国に奴隷を売ってるんだ。
ほんと、奴隷解放令なんて法律を宰相閣下が成立させちゃうもんだから、困ってたんだよ」
スカイムーンは陰でずっと奴隷売買をしてきたという。
その稼ぎで爵位復帰運動をし続けてきた。
地を這う〈青い眼旅団〉のメンバーたちは呻き声をあげた。
「ま、まさか。噂は本当だったのか……!?」
「良からぬ風聞だと耳を貸さなかったが……」
かつての仲間たちが地面に這いつくばり、奴隷商人どもに首輪を嵌められている。
そのさまを睨み付けながら、スカイムーンはカッとして怒声を張り上げた。
「そうだよ。悪かったな!
でも、この稼ぎがなけりゃあ、騎士団とのコネは築けなかった。
僕の爵位も戻らないんでね!」
禿げ男が、大きく目を見開いて、問いかけた。
「まさか、副旅団長も……?」
スカイムーンは、相手が問い終わらぬうちに言葉を被せる。
「ああ、もちろんさ!
ジュンのヤツにも、協力してもらっていたよ。
アレは僕の従者だからな!
ーーでも、いまさら罪悪感に苛まれやがったのか、宰相に密告しようとしやがって。
騎士団長様からそう伺ったとき、どれほど恥ずかしかったか」
思い出し怒りで、何の関係もない別の女性メンバーに、彼は激しく蹴りを入れた。
「ここのところ、事態が悪くなる一方だった。
騎士団長様からは、『献金が少ない』ってドヤされるし、帝国軍の一部で、僕と懇意にしてた斥候部隊は、『奴隷商人からの上がりがなくなった。貴様が着服したんだろ』って言いがかりをつけてくるし……。
しょうがないだろ、奴隷売買が禁止されちまったもんだから!
ほんとに大変だったよ、今回の計画を立てるのは。
帝国のヤツらには、『奴隷をタダ同然でくれてやるから、奴隷を積載した幌馬車を襲え』って伝えておいて、王国騎士団には、『帝国軍が奴隷を強奪するのを阻止して、手柄を立てましょう。そのついでに、新たに自前で用意した奴隷商人を使って儲けを手に入れませんか? もうこんな機会は、得られませんよ』と誘いかけて……。
ーーああ、腹が立つ。
子爵の僕が、どうしてこんな雑用みたいなマネをしなきゃならなくなったんだ!
ちくしょう!
公爵家であらせられる騎士団長様はいざ知らず、他の騎士団連中にまで舐められるとは!
アイツら、騎士爵のクセに!
団長様の従者に過ぎないヤツらなのにーー僕を冒険者だって蔑みやがって!」
スカイムーンは激しく親指の爪を噛む。
俺は首をかしげた。
「? じつにご立派な計略だが……俺様がわざわざ異世界から召喚された理由は?」
「僕が知るもんか!
宰相閣下に訊いてくれ。
おおかた奴隷売買の禁止を旗印にして、僕かザイン様を追い落とすための駒として呼ばれたんだろうさ!」
ふむ。
俺は腕を組んで思案した。
実際、奴隷売買を阻止するために派遣されて来たんだから、スカイムーンの予測はほぼ当たっているかも。
でも、だったら、初めから「スカイムーンをマークしろ」って依頼主が言ってくれてたら、こんな面倒なことにはならなかったのに。
(まぁ、とりま、俺様は生き延びるために、うまく取り入るだけだ)
俺は気を取り直して、朗らかに言った。
「じゃあ、今回が最後の奴隷売買ってわけだ。
アンタは晴れて貴族様に復帰するわけなんだから」
スカイムーンも首を振ってから、明るい表情になった。
「おうよ。
もう、奴隷売買のような、汚れ仕事に手を染めなくて済む。
ーーそれにしても、惜しいな。
せっかく新たに自前で奴隷商人を雇い入れたのに、使い出がなくなってしまった。
冒険者の若い女は、高く売れるのに。
ーーそうだ。
君に任せてみようかな、マサムネくん。
君がこれからは奴隷商人を率いるんだ。
僕の従者として。
もちろん、稼ぎは僕に渡してもらうがね」
俺はスカイムーンと声を合わせて笑った。
「なるほど。それは良い。
じゃあ、俺様のパーティにいた、この二人も高値で売れるな」
俺は足下で蠢くエレッタとレッドボーイに目を落とす。
釣られて視線を落としたスカイムーンは太鼓判を押した。
「こういった、見るからにお高くとまった女は高く売れるんだ。
需要が多いよ」
帝国に限らず、他の国でも奴隷の需要は高い。
特に、貴族男性には、女性の奴隷を虐め抜く変態が多いらしい。
それが、コッチの世界での「貴族紳士の嗜み」だというから驚きだ。
スカイムーンは、ヤレヤレとばかりに肩をすくめる。
「すぐ壊すんだよ。女を。
特に未成年の貴族の手にかかったら、いくら供給してもきりがない。
奴隷女はおもちゃなのさ。
すぐに飽きて、また新しいのを欲しがるんだ。
そうやって、本気で飽きた頃に、貴族の男は大人になるんだ。
まぁ、コッチは儲かるからいいけどね。ハハハ……」
さすがに、俺も引くほどのグロさだ。
こいつはガチでヤバい。
マジで異世界だ。
俺は表面的には快活に笑いながら、〈疾風の盾〉メンバーを指さした。
「だったら、この女と男、それからそっちに転がっている女を、俺様にもらえないかな?
下男下女にしたいんだ。
それくらい、アンタの力でどうにでもなるだろう?」
レッドボーイもエレッタも目を剥いた。
絶句して息を呑んでいる。
リーリアに至っては目を開ける気力すらないようだ。
スカイムーンは愉快そうに手を叩き、俺の顔を見た。
「君は、欲望に素直だね。
見下された相手や、手を焼いた女を手籠めにする快感は忘れられないもんなあ!」
憧れのスカイムーンの弾む声を耳にして、〈疾風の盾〉のメンバーは揃ってうつむく。
自分たちが、俺様の忠告を無視したのは事実だったから、裏切られて当然だと思ってしまったようだ。
それを良いことに、俺様は吐き捨てた。
「ほんとだよ!
頭の悪い、愚かな奴らだった。
幾ら危険を訴えても、無視しやがって。
おかげで、俺みたいに寝返ることもできやしない。
冒険者らしからぬケツの青さだよ。
俺様の奴隷になれるだけでも、ありがたく思えってんだ!」
金髪の元子爵家子息サマも腕を組んで、うんうんうなずく。
「君は、飲み込みが早いね。
人間には、狩る者と狩られる者がいるから、当然なんだよ。
僕たちは利益を得る者なのさ」
スカイムーンと俺様は急速に仲良くなって、互いに肩を叩き合う。
その一方で、地に転がっている冒険者たちは、泣くしかなかった。




