◆43 ここは、頑張ってヨイショしなきゃ、次がない……!
(ようやくだ。ようやく、仕事が終わった。
これで僕は、こんな汚れた仕事に、手を染めなくて済むようになるぞ……)
王都最大の冒険者パーティー〈青い眼旅団〉のリーダー、スカイムーンは馬上で高らかに哄笑した。
彼の目の前では、大勢の冒険者たちが大地に倒れ伏していた。
七、八十人もの冒険者たちが、痺れて身動きが取れない。
地面に横たわり、四肢を痙攣させている。
そんな冒険者たちに、明らかに彼らより体力も魔力も劣るであろう奴隷商人たちが、次々と首輪をかけていく。
スカイムーンは、そのさまを満足そうに眺めていた。
「獲物を一網打尽にして、捕まえるのは気持ちが良い。
活きのいい奴らだし、良い値を付けるだろう」
自然と口許が綻び、満面の笑みになる。
彼はマントを翻して下馬し、鼻歌を口ずさむ。
そのまま、動けない冒険者たちの間を、ゆっくりと視察してまわる。
痺れた状態で、奴隷の首輪をかけられたのは〈青い眼旅団〉メンバーも例外ではなかった。
黒い魔法杖を託されていた禿げ男が、地を這いずりながら、呻き声をあげる。
「スカイムーン……お……俺は仲間じゃないか……」
禿げ男の訴えに乗じて、他のメンバーたちもスカイムーンの足下へと躙り寄る。
「私も……いつも誓いを守ってたでしょ」
「俺も……家族の絆よりも〈青い眼旅団〉に忠誠を誓った。
だから……」
それでも、彼らの元リーダーは冷たかった。
地面を蹴り上げると、蔑んだ視線を元仲間たちに向けた。
「ふん。なにを言ってる。
貴様らは仲間なんかじゃない。
準男爵や男爵の出身なんて、平民に毛が生えたようなもんだろ。
そのくせ貴族出身と自称しやがって。
子爵家の長男である僕とは全然、格が違うんだよ。
しかも、ジュンと一緒になって平民どもと懇意にしやがって。
反吐が出る。
なにが、『今は冒険者なんだから』だ。
僕は一度たりとも、コイツらと仲間だなんて思ったことはなかったさ!」
スカイムーンは地面に横たわる冒険者たちを見渡して、唾を吐いた。
そうして、今回の奴隷売買事件の黒幕であるスカイムーンは、俺、東堂正宗が横たわっているところに近づき、しゃがみ込んで声をかけてきた。
「おや?
君は、マサムネくんだね。
どんな気分かな?
『宇宙レベルの男』の気持ちを、是非、知りたいもんだね」
つい先日まで〈青い眼旅団〉に再加入させ、騎士団にも紹介しようとすらしてくれていたのに、今日は一転し、他の冒険者連中と同様に、地に這いつくばらせていた。
しかも、副団長ジュンの殺害容疑までおっ被せた。
かなり酷い仕打ちである。
だが、俺は、スカイムーンのヤツが嘲けるために身を寄せてくる瞬間を、虎視眈々と待っていた。
彼の性格上、必ず自分の計画が図に当たったことを、俺に誇ってくると信じていたのである。
(今だ!)
俺は、近づいてきたスカイムーンに、思い切り蹴りを入れた。
だが、俺の動きを予測していたのか、そもそも反射神経が良いのか、スカイムーンは俺様の蹴りを避けた。
渾身の一撃も空振りでは意味がない。
ますます嬉しそうに、スカイムーンは勝ち誇る。
「ひどいなぁ。誰のおかげで君が動けると思ってんだい?」
周りの冒険者たちと違い、俺様には地縛魔法が効いていないことはわかっていた。
「やはりな。
アンタが俺にだけ地縛魔法がかからないようにしてくれたんだな。
でも、どうやったんだ?
ああ、そうか。その黄金杖か?」
スカイムーンが手にする魔法杖が黄金色に輝いていた。
ソイツを見遣りながら、俺はゆっくりと立ち上がり、身体に付いた土埃をはたいた。
「しかし、器用な杖だ。
攻撃魔法だけではないんだな、付与できるの」
「ああ。じつは防御魔法も治癒魔法も、他人に付与することができる。
銀色や黒色の杖はこの黄金杖の劣化版さ。
この杖は、ほんとに便利な魔道具だよ。
ーーそれにしても、君は興味深いなぁ。
ジュンを殺害した濡れ衣を着せて、冒険者どもに捕らえさせたというのに、あんまり怒っていない。
その上、地縛魔法が効いてないと気づいていただろうに、なぜ逃げなかった?」
俺様はスカイムーンの正面でゆっくりと両手を挙げ、降参の意を示した。
「どうせ、王国騎士団ともつるんでるんだろ?
魔術師団あたりに結界を新たに張られでもしたら、突破するのも面倒だ。
しかも、逃げおおせたところで、俺はジュン殺しの罪を着せられてる。
いずれ捕縛されるのがオチだ」
俺はスカイムーンの前で頭を垂れ、片膝立ちとなった。
どの世界でも共通する〈服従〉の意志表示だ。
そうして遜った態度で、さらに言を重ねた。
「それに、俺を騎士団に紹介するのに障害となっていたジュンを排除したのは、アンタの意向だと、俺は推測した。
だったら、俺に濡れ衣を着せて足枷を嵌めた上で、俺を利用しようと考えてるんだろうと思ってな。
ーーそれにしても、さすがはスカイムーン……いや、テオドール子爵家のダラム様か。
本物の貴族様は違う。
そこらで寝転んでる平民どもとは大違いで、頭が切れる」
俺様に頭を下げられるのがよほど愉快なのか、スカイムーンは胸を張った。
「おやおや。
君はてっきり僕を嫌ってるのかと思ったよ。
それに、誰も信用しないんじゃなかったのかい?」
俺は片膝立ちの姿勢のまま、顔だけ上げた。
「信用してるんじゃない。
感心してるんだ。
知恵も回る。
さしずめ、頑健な奴隷を八十人も献上することで、爵位の復帰を勝ち取ったのかな?」
スカイムーンは、俺という、謀略の全貌を自慢げに話せる相手を手に入れたことが、ことさら嬉しいようだ。
俺に片手を上げて立ち上がるように指示し、ニカっと笑った。
「そいつは痛み入る。
僕も、君はそこらの連中とは別格で扱いたかったんだ。
なにせ、異世界とはいえ王族の出だ。
でも、騎士団長様が異世界人である君を酷く警戒しててね。
『駄目だ、捕縛しろ』って言うんだ。
君が宰相閣下からの依頼で派遣されてきたもんだからだろうけど」
俺はこめかみに力を込め、なんとかして両目に涙を浮かべるよう努力する。
目の前の金髪男に向かって、必死に媚びるよう腹を括った。
(ここは、頑張ってヨイショしなきゃ、次がない……!)
同業である冒険者たちが、地縛魔法によって全身が痺れ、身動きが取れないままに、首輪を嵌められ、奴隷落ちをしている。
そんな中で、俺は、陰謀を働いた黒幕相手に、自ら服従の意志を示すことによって、有利な立場で生き残ろうと画策していた。
すでに日本東京との通信回路を遮断してあるが、それには理由がある。
こうした、現場で乗るか反るかって時に、モニターで観劇してるだけの外野からアレコレ口出しされたくないからだ。
これから俺が示す態度は、さぞ、ひかりちゃんの機嫌を損ねるものだろう。
だが、構うものか。
そもそも、俺様を非力な状態で派遣しようとする愚かな女に指図される謂れはない。
俺は言葉はタメ口ながら、土下座せんばかりに哀れっぽい声を張り上げた。
「いや……今の俺は無力だ。
顔合わせもしてくれない依頼主ーー宰相閣下なんざ、無視する。
これからは、アンタの命令に従おう。
それにしても、アンタの〈能力剥奪〉ーー素晴らしい能力だった。
〈能力剥奪〉は、すべての魔法能力に有効なのか?」
スカイムーンはチラッと周りの冒険者たちに視線を向けるが、フンと息を吐いた。
「もうコイツらは同業者じゃない。
奴隷になるんだから、種明かししたところで構わないか。
ーーそう。僕の剥奪能力はすべての魔法に対して有効だ。
だが、それをコッチが認識していないと効果はない。
おまえが素早く動ける〈肉体強化〉をしてるのを知ったから、その能力に弱体化ーー剥奪をかけた。それだけだ。
たとえば、〈鑑定〉能力とか、その他の能力には手出ししておらん。
他に、隠し持ってる能力があっても、僕が知らないんなら、そいつには弱体化や剥奪はかけられない」
俺は笑みを浮かべつつ、付け加えた。
「ーーそれに、相手の身体にじかに触れないと、剥奪能力は使えない。
もっとも、その魔法杖があれば別かもしれないが」
俺の一言に、スカイムーンは目を丸くして、感嘆の声を上げた。
「ほう。そこまで良く見抜いたな!
剥奪能力自体、〈青い眼旅団〉の中でも、ジュンにしかバレてなかったのに」
「肩を組んだときにね。
なんか、こう、違和感があったんだ。
条件がいろいろとあって割と不便だけど、相手から魔法能力を奪う〈能力剥奪〉ーーこの上なく有効な力だな!
相手の動きをよく見て、身体に触れることさえできれば、無敵じゃないか!」
俺は親しげに語りかけ、彼の信任を得るように努める。
もちろんできるだけヨイショするのを忘れない。
案の定、スカイムーンは気持ち良いいほど乗ってくれた。
よほど孤独で、寂しかったとみえる。
「おおよ。讃えてくれたまえ。僕の能力を!
それにしても、さすがは『宇宙レベルの男』じゃないか。
良くわかっているね。
君のそういうところ、好きだよ。
たしかに、他の冒険者どもとは大違いだ」
冒険者たちは呻き声を上げながら、痺れた身体で地面に這いつくばっていた。
あとは、奴隷商人たちに首輪を曳かれ、身体を引きずられていくばかりだ。
〈疾風の盾〉のメンバーも、四肢を折り曲げて、地に転がっていた。
俺は彼らの近くまで歩いて行き、見下ろした。
エレッタは、大声で天に向けて助けを求めていた。
俺様が近づいてきたと知ると、殊勝にも謝罪の言葉を口にした。
「ごめんなさい。
あなたのこと信じなくて……。
傲慢な私を許して下さい」
泣きながら、俺様に謝ってきた。
今、陰謀の首魁であるスカイムーンと歓談していたばかりなのにも気づいていないのか。そういったお人好しなところは相変わらずだ。
溜息が出る。
エレッタの隣で横たわるレッドボーイも、地面に顔を突っ伏したままで詫びてきた。
「その声はーーマサムネくんかい?
ああ、君が正しかった。
君がリーダーだったら、良かった。
僕はリーダー失格だ」
少し離れた位置でうずくまっていたリーリアは彼らとは違い、俺に謝罪の言葉を述べなかった。
俺が振り向いて彼女の様子を窺うと、リーリアはちょうど首輪をつけられて、奴隷商人に引きずられようとしていた。
俺を視界に捉えても、何も言う気が起きないらしい。
虚ろな目をして、無表情になっていた。
自分が描いた、計画や未来が突然奪われてしまったのだから、絶望するのも当然だ。
彼女の横で、笑みを浮かべて立っている勝者が明るい声を発した。
「やっぱり、惜しいよ。
君さえ良ければ、僕の配下にしてあげよう」
心地の良い甘い声が、俺様の耳に届いた。
スカイムーンが近寄って来て、俺の肩をポンと叩く。
懸命なヨイショが功を奏したのか、元パーティーメンバーに対する傲然とした態度が気に入られたのか。
俺、東堂正宗は満面の笑みを浮かべた。




