◆38 マジで、宇宙レベルでヤバイ……
俺、東堂正宗は、日本東京から異世界に、冒険者の魔術師職として派遣されてきた。
ところが、「奴隷解放の手助けをする」という謳い文句で派遣されたにも関わらず、実は肝心の奴隷が不在なまま、冒険者たちが一箇所に引き寄せられただけだった。
これは何かの罠に違いない。
ーーそう看破し、せめて行きがかり上、仲間になった者たちでも、少しでも罠から救い出そうと思い、訴えた。
解放すべきはず奴隷は存在せず、われわれ冒険者は筆頭パーティー〈青い眼旅団〉や、その背後に控える王国騎士団によって、罠にハメられようとしている、とーー。
ところが、俺の訴えに、素直に応ずる者はいなかった。
俺が所属する〈疾風の盾〉の仲間であるレッドボーイとエレッタですら、まるで耳を貸さなかった。
でも、俺の必死の説得も無駄ではなかった。
俺が直接相手にした二人は無視を決め込んだが、俺の訴え掛けを小耳に挟んだ者もいた。
それを契機に、周囲を警戒した者どもが騒ぎ始めたのだ。
ぐるりと周囲に結界を張られ、その結界の向こう側からゴロツキどもが迫ってくる矢先であったから、勘の鋭い者は周囲の異変を感じ取っていた。
「幌馬車に奴隷がいないってのか? マジかよ」
「なんでわかる?」
「アイツ、探索だけじゃなく、何か別の能力があるのかもしれねぇ」
「でも何のために、有力者俺たちのような冒険者を嵌めるんだ?」
「一体誰が何のために『奴隷売買が行われる』っていうブラフを……!?」
ざわざわ……。
冒険者は元来、耳が良い。
危険察知力も高い。
周囲の不穏な空気を感じ取る者たちが増えてきた。
そんなとき、彼ら冒険者たちの動揺を制する声が発せられた。
「みんな、落ち着いて!
デマを流す悪い人がいるわ。
動揺しないで!」
声をあげたのは、〈青い眼旅団〉の副リーダー、ジュンだ。
彼女はそれまで結界近くの後方に退いていたのに、いつの間にか今では馬で駆け寄せてきて、みなが取り囲む幌馬車隊を背に演説をする格好になっていた。
左右に目を向けてみると、彼女のほか、リーダーであるスカイムーンを除いた、他の〈青い眼旅団〉のメンバーが、総出で回り込んでいた。
俺は憤慨して、馬上のジュンに向かって抗弁した。
「デマってなんだよ!?
そもそもが〈奴隷解放〉という口実自体がでっちあげだったくせに。
お前らは、一体どこまで、この罠に噛んでんだ!?」
馬上から見下ろしながら、ジュンがフンと鼻息荒く反論してきた。
「あのさぁ、マサムネくん。そもそも罠って何?」
「さあな。よくは知らねえよ。
だが、このまんままもったいつけずに幌馬車の幌を破いて、中身をみなに見せつけたらいい。
奴隷なんか一人もいなくって、首輪だけが転がってるさまが見られるだろうよ」
俺の発言を耳にして、冒険者連中は顔を見合わせ、ざわつき始める。
そんな冒険者たちに向かって、ジュンは改めて甲高い声を張り上げた。
「マサムネ、あんたがみなを扇動するのがいけないのよ。
〈青い眼旅団(私たち)〉ばかりか、騎士団までもが敵だ、なんて!
奴隷売買の情報を掴んだのは、私たち〈青い眼旅団〉よ。
そして、今回の奴隷解放作戦を立てたのは、王国騎士団!
この二つの権威を否定するの?
これこそ、裏切り者の証!
魔法杖を使って、帝国軍から、誰が救けてくれたと思ってるの!?」
ジュンの指摘に従い、冒険者どもの猜疑の目がいっせいに俺様に向けられる。
ちっ、ちっ、ち!
俺は何度も舌打ちした。
(馬鹿だな、こいつら。
なぜ、こいつらは俺を疑うばかりで、本当の敵に気づかない!?)
もはや結界内部にまで敵意を振り撒く連中が迫ってきている。
そいつらの気配も相まって、緊張感が場を支配していた。
嘘つきなのは、〈青い眼旅団〉か、俺様かーー?
分が悪いのは、もちろん俺様だ。
何を言っても、信じてもらえない。
正直、訳がわからなかった。
(これほどの悪意で取り囲まれているのに気づかずにいるなんて、それでも冒険者かよ!?)
もっとも、俺様にも、本当はわかっている。
それもこれも、今までの実績ってやつだろう。
俺は『怪しげな新参冒険者』であり、一方の〈青い眼旅団〉は、間違いなく、この王都の冒険者パーティーを率いるリーダー・パーティーなのだ。
王都の冒険者たちを相手に「どっちを信じる!?」と問いかけること自体が、間違っている。
副リーダーのジュンは、ザマアミロと言う表情で薄ら笑いを浮かべる。
俺は拳をギュッと握り締める。
「この女狐め。許さねえ!
死んじまえ!」
大声で叫び、ジュンを睨みつけた。
が、逆に、ジュンの方から侮蔑を込めた視線をぶつけられた。
唇だけ動かして、「バカ」と言っている。
コッチの言語には疎いはずなのに、嫌になる程ニュアンスは伝わってくる。
(なんだ、あの女。じつに不愉快だ。
なんとしても、わからせてやる必要がある。
どうしてくれよう!?)
俺が文字通り、地団駄を踏んだ。
そのとき、いきなり俺の脳内に叫び声が響き渡ってきた。
声でわかる。
東京の上司・星野新一が、指示してきたのだ。
「逃げろ、マサムネくん!」
新一はマサムネに向けて訴える。
「キミは正しい。これは罠だ。
でも、誰も説得できない。
彼らは〈探索〉は出来ても、〈索敵〉は使えない。
〈敵意〉を感じるセンサーがないんだ。
だから、説得しても無駄だ。
キミだけでも逃げるんだ!」
よほど焦っているのだろう。
新一の声は震えていた。
一方の俺様は、冷静だ。
ジュンのヤツから愚弄されたおかげで、かえって頭が冷えたらしい。
俺は、新一から聞いた言葉を頭の中で反芻した。
『彼らは〈探索〉は出来ても、〈索敵〉は使えない。
〈敵意〉を感じるセンサーがないんだ』
〈探索〉能力だけでは、相手の〈敵意〉がわからないーー。
(なるほどね。
だから、これほどの〈敵意〉を感じないのか)
と、合点がいった。
(でも、逃げるって、どうやって……)
前には、馬上のジュン。
彼女の右手には銀の杖が握られている。
強力な防御魔法が使える魔法杖だ。
そして、俺の身の周りはーー今や敵ばかりとなっている。
冒険者たちーーさらに、その外には敵意を放って取り囲む連中たち。
(どこへ逃げるってんだ?
空しか逃げ場がないけど、今の俺は飛べねえんだよな……)
俺は深く溜息をついた。
周囲は〈敵意〉に満ちているのに、俺様としたことが先程、大失策をやらかした。
冒険者どものアイドルであるジュンに対して「この女狐め。許さねえ! 死んじまえ!」と叫んでしまった。
ただでさえ敵が多いのに、新たに『ジュン様、激推しの方々』から憎悪を買ってしまった。
どうしようーーと思案しているうちに、さらに追い討ちをかけるような事態が発生した。
突然、〈青い眼旅団〉の副リーダーのジュンが、悲鳴をあげたのだ。
「キャアアア!」
甲高い叫び声とともに、ジュンの身体が、騎乗する馬ごと燃え上がる。
スレンダーな黒髪の女性で、引き込まれるような魅力があると、彼女を激推しする冒険者どもが言っていた。
そんな、〈青い眼旅団〉の副リーダー、ジュンが、あっという間に黒焦げになってしまったのだ。
「まさか、お亡くなりになった!?」
俺は、いきなり目の前で展開した現象が信じられず、息を呑む。
驚愕したのは、もちろん俺だけではない。
燃え盛るジュンの姿を茫然と見遣ってから、瞬時で、みなの視線が俺様に集中する。
流石に冷や汗を掻いた。
(マジで、宇宙レベルでヤバイ……)




