◆35 俺は異世界の中でただ一人ーー
俺、東堂正宗は、日本東京から、異世界のバレッタ王国にまで、冒険者兼魔術師として派遣された。
依頼は、奴隷商人から奴隷を解放することであった。
ところが、肝心の奴隷がいないうえに、奴隷商人相手ではなく、盗賊や軍隊を相手に戦うハメに陥ってしまった。
しかも、ごく貧弱な、非攻撃系の魔法しか使えない。
魔術師として派遣されたものの、この国の魔法杖の付与能力によってなんとか攻撃魔法を使えるようになって凌いできたが、相変わらず同僚である冒険者仲間たちとも打ち解け切れないでいた。
もともと身分意識が強く、主導権を握っているのが元貴族の冒険者パーティーであったから、そこに入ろうとしても、複雑な事情が絡んでいた。
今、俺様は異世界での貴族社会の事情に振り回されることになってしまっていた。
もともと依頼内容としては、所属するはずだった〈青い眼旅団〉は、リーダーがスカイムーン、副リーダーがジュンであったが、スカイムーンはもともと子爵家の出で、その家にお仕えする騎士爵家の出身者がジュンであったらしい。
それなりにスカイムーンから事情を聞いていたから、大体は把握していたが、改めてジュンの口から、詳しいスカイムーンと彼女の現状を聞き出そうと思った。
「おいおい。
俺が〈青い眼旅団〉に入ることが、どうしてアイツの身振りようにかかわるみたいになってるんだ?」
「はぁーー」
ジュンは、俺が寝ていたテントの中に、自らズカズカと入り込んで、
「これは、ここだけの話だからね。
変に誤解しないで」
と言ってから、自分とお仕えするご主人であるスカイムーンの現在の状況を語り始めた。
ジュンは元よりスカイムーンの実家、テオドール子爵家に仕えていた騎士爵家ルモンドのご令嬢であった。
彼女の話によれば、彼、スカイムーンは長男だったのだが、継母が実子である弟を擁立して家督を継がせたので、家から追い出されたという。
(おお! たまたま俺が話した身の上話とかぶってる状況じゃん?)
ちなみに、俺様が快適な〈選択的ヒキコ〉状態から追い出されたのは、長男である兄貴に実家から追い出されたからだが、スカイムーンは長男なのに追い出されたという。
さぞ、悔しかったことであろう。
でも、いくら継母がいたといっても、どうして跡取りが家督を継げなくなるに至ったのか?
俺は腕を組み思案する。
なにか、この王国ならではの事情でもあるのかと聞いたら、ジュンはゆっくりと首を振って、改めて俺に身を寄せてささやいた。
「ダラム様ーーいえ、現在のスカイムーン様は、実家を追い出される際、継母を刺し殺してしまい……」
「あ〜〜、そりゃ、さすがにだめだわ」
思わず俺は声を上げてしまった。
ジュンが、わざわざ俺のテントの中にまで潜り込んで、内密に話をしたのは、こうした表向きにはしにくい事情があったからだろう。
そういえば、俺は、スカイムーンのステータスを鑑定していなかったが、もし覗いてみれば、リーリアと同じように、「殺人1」とでもついていただろうか。
「継母とは言え、子爵家のご婦人だものな。
スカイムーン自身が自害を要求されたり、家が取り潰しにならなかっただけマシってもんだろう」
おっと。正直にコメントしすぎたか?
俺は慌てて口を押さえたが、しっかりとジュンの耳に俺の言葉が入っているようだ。
が、もっと警戒するなり軽蔑するなりするかと思ったが、彼女は俺の方を窺うようにしているだけだった。
俺は愛想笑いしつつ、頭を掻いた。
「まぁ、家督を巡っての争いは、どうしたって骨肉の争いになる。
感情的になるのは、よくわかる。
さすがに殺しまでしてると思わなかったが、どうもあいつは潔癖症の気があるから、さもありなんといったところか」
ジュンは足を合わせた状態で座りつつ、安堵の表情を浮かべていた。
どこか警戒心が薄れているような気がする。
「よかったわ。あなたに話してみて」
俺は改めて問うた。
「それで、今現在、スカイムーンは、どういう立場なわけ? 身分的には」
ジュンが語るにはーー。
結局、継母を殺した後、スカイムーンは投獄の上、身分を剥奪された。
そして、裁判の結果、『毒を仰いで自死するか、平民になって生きながらえるか、どちらか選べ』と言われて、彼は生きながらえる方を選んだ。
結果、テオドール子爵家長子ダラムは、スカイムーンと名乗る冒険者となったーー。
「ふんふん……」
俺は腕組みをして、何度も相槌を打った。
まさに、〈人に歴史あり〉といったところか。
「それにしても、アンタはどうなんだよ。
どうして、アイツにお仕えし続けてるんだ?」
スカイムーンは貴族家から追い出されて、平民に身分落ちした。
当然、旧主家の長子とはいえ、今の彼にジュンが奉仕し続ける義理はない。
「お父さんがダラム様にお仕えしろと言ったからね。
もちろん、幼馴染っていうのもあるけど……」
ジュンは女性らしく顔を少し赤らめながら答えた。
彼女も騎士爵家の娘である。
低位とはいえ貴族である父親は、それなりに計算高くもあったようで、〈犯罪者になった、元主人の家の跡取り〉に全振りするわけではなく、保険をかけていた。
ジュンには、お兄さんがいて、彼はそのまま正式に子爵家を継いだ、スカイムーンの腹違いの弟に、そのままお仕えさせることにしていたのだ。
つまりジュンの父親は、息子を弟のテオドール子爵に、娘を兄のスカイムーンに仕えさせることにした。
このまま、いかなる政治状況になっても、お家が安泰になれるよう手を打っていたのだ。
でも、娘のジュンは父親のように、仕える主人を天秤にかけるような素振りはない。
真面目にスカイムーンに一途にお仕えしている。
かといって、融通が効かない性格ではなく、周りの空気をよく読むタイプのようで、平民主体の冒険者パーティーと、貴族主体の騎士団との橋渡しをしているのは、彼女のようだった。
事実、俺に対してはツンツンしているだけのジュンなのだが、冒険者仲間からは、キップの良い姉御肌をした副隊長として、慕われていることは知っている。
エレッタあたりなんかは、憧れの女性としてジュンのことを見ていた。
「アンタは騎士爵とはいえ、依然として貴族家の娘なのに、貴族じゃなくなった元主人に忠義を尽くすなんて、律儀だよね。
それに、スカイムーンってさ、シンパが多いみたいだけど、深く付き合うと化けの皮が剥がれるんじゃね?
我慢して付き合って、アンタになんかメリットあんの?」
スカイムーンは元罪人でありながら、騎士爵家のような低位貴族を内心では軽く見ており、実際に嘲弄する素振りが透けて見える。
もとより、あれほど身分意識が強いと、平民と騎士のどちらのグループにも、うまく馴染めまい。
彼にしてみれば、礼儀作法にかなった丁寧な物腰をしているつもりなのだろうが、騎士からは履歴を知られているために警戒されるし、平民からは内心が押し計れず、気心を知れないので、距離を取られ続けている。
ほんと、仕えている彼女の苦労が偲ばれる。
俺が素直に感心して、問いかけたが、その質問は無視して、ジュンは俺の向かいに座り、手を取って、真剣なまなざしで訴えてきた。
「ダラム様ーーいえ、スカイムーン様は、今、貴族に復帰できるか否かの大事な時なのです。
あなたのような、身分をわきまえないような者に場を荒らされたくないの」
そこで言葉を切ってから手を離し、剣の柄に手をやって、低い声を上げた。
「だから、あなたに命じます。
今後一切、彼にーー〈青い眼旅団〉に関わらないで。
関わって来たら、殺します!」
ジュンはそう言ってから、スックと立ち上がり、テントを捲り上げ、踵を返して、立ち去った。
(そんなこと言われてもなぁ……)
俺も腹が減ってきた。
テントからノソノソ這い出して、朝日を浴びる。
そして、小さくなったジュンの後ろ姿を眺めつつ、溜息をついた。
俺は依頼されてここ、バレッタ王国に派遣されてきたのだ。
初期の目的である「奴隷売買阻止」は依頼として成立するかどうか怪しい状況だが、「〈青い眼旅団〉に所属せよ」というのは上司命令であることに変わりはない。
これ以上、スカイムーンのお家事情なんかに首を突っ込みたくもないが、だからと言って、彼の動きに追随しないことには、これからの行動方針が立たない。
〈依頼の不成立〉として、さっさと東京に帰りたいところだが、そのためにも依頼主である宰相閣下とやらに接触しなければならない。
だが、残念ながらそのための手立てがない。ツテがない。
これから必要なのは、〈青い眼旅団〉から騎士団を紹介され、騎士団から宰相閣下とつながる道だ。
だがしかし、その最初の段階である〈青い眼旅団〉の所属にすら、うまくいかないくらいだ。
ただ、期待はある。
たとえジュンさんの反対で、〈青い眼旅団〉に入れなくとも、騎士団もしくは他の貴族らに面通しさせてもらえれば、宰相閣下にコンタクトすることができるはずだ。
俺の現在の目標は、一刻も早く、依頼主から依頼を解いてもらい、東京へと帰還することだ。
それ以上、身分やら人間関係のゴタゴタに巻き込まれたくはない。
それなのに、今現在、暗雲が垂れ込みつつある。
実際、スカイムーンが、落ち合う場所に姿を現さなかった。
ジュンが悪態をつきに来ただけで、梨の礫だ。
(こりゃあ、見捨てられたか……)
だったら、ほんとに俺、何のためにここにいるのやら。
依頼主は何を考えてる?
仕方なく、昨夕エールを飲んだ居酒屋で、朝食をむしゃむしゃと食べていた。
すると、〈青い眼旅団〉にいた際、肩を組んだ仲間の一人であった禿げ男が、いきなり居酒屋に乗り込んできた。
そして、俺の他にも十五、六人ほどいた食事中の冒険者連中に向かって、大声を張り上げた。
「おい! 何をしている。
まだ仕事は終わってないぞ!
ボケボケするな。奴隷はまだ解放されていないんだ。
帝国の敵は、追い払った。
後は、幌馬車隊の奴隷商人どもを拘束し、奴隷を解放するんだ。
腹ごなしが済んだら、各人、獲物を持って、それぞれ杖の色に合わせた部隊に戻れ!」
とのお達しだった。
つまり、これは〈青い眼旅団〉から伝令ってヤツだ。
ほんと、何がなんだか。
もう、幌馬車中に奴隷なんかいないのは分かり切ってるんだが、他の連中はわかっていないからな。
でも、何なの、これ?
やってることがぐちゃぐちゃで、怪しすぎないか?
俺は牛肉を何とか齧り終えると、頭を掻きながら考える。
やっぱ、このまま〈青い眼旅団〉の言いなりになるのは危険だ。
そうだな。
とりあえず再びリーリアと接触するか。
俺は異世界の中でただ一人、なんとか日本東京に帰ろうと模索するしかなかった。




