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◆34 これ以上、スカイムーンの立場を危うくしないで!

 俺、東堂正宗とうどうまさむねは、女上司のひかりちゃんから改めて指示を受けた。

 初期の計画通り、スカイムーンが率いる〈青い眼旅団〉に所属しなさい、と。


 実際、最大戦力たる王国騎士団と接触するためにも、俺が東京に帰るために依頼を解除するためにも、高位貴族とに接近する必要があった。

 だから貴族とのつながりがあるスカイムーンと仲良くやってく他はない。

 そう思って、改めて〈青い眼旅団〉に入り直そうと思っていた。


 正直、今の俺では〈疾風の盾〉での居心地は悪すぎた。

 リーリアはともかく、レッドボーイやエレッタとは、すっかり疎遠になってしまった。


 だから、ここで〈青い眼旅団〉に入り直すのは、タイミング的に悪くない。


 実際、騎士団長ザインの活躍により敵の帝国軍が掃討された。


 今、ほとんど行きがかりで守られてた幌馬車隊を、冒険者たちが取り囲んでいる。

 この十五台の幌馬車には、奴隷がいっぱい詰まってることになっているから当然だ。

 帝国軍との戦闘前では匍匐(ほふく)前進しつつの接近であったが、今は隠れる必要もなく、堂々と取り囲んでいる。


 この戦禍の只中で、幌馬車隊を助けてやったのは、俺たち冒険者だ。

 だから、感謝して、幌馬車にいる(とされる)奴隷商人の側から投降すべるきだ、とすら冒険者たちは思っているようだった。


 幌馬車隊包囲の指揮をしているのは、防御魔法の銀色部隊を率いていた、〈青い眼旅団〉の副リーダー、ジュンである。

 彼女は未だにあの幌馬車の中に奴隷がいると信じているのだろうか?

 俺、東堂正宗は、あの馬車の中にあるのは首輪だけで、奴隷は一人もいないことを既に察知している。

 だから、その事実を冒険者の連中に暴露するタイミングを(うかが)っていた。

 だけど、帝国軍に攻め込まれているうちに、機会を逸してしまっていた。

 戦闘が終結した今こそ、ジュンに、あの馬車には奴隷がいないっていう事実を伝えるべきではなかろうか。

 そして、そのことで覚えがめでたくなってもらおう、と密かに思っていた。


 だが、彼女が俺を(いと)う気持ちは、俺の想定の強さをはるかに超えていた。

 東京本部への通信後、すぐさまスカイムーンの許に走り、〈青い眼旅団〉への復帰を申し入れていた俺は、彼からの返答を待っていた。

 ところが、予想外の答えを得ていた。


 返答があった場所は、スカイムーンと落ち合う約束をしていた居酒屋である。

 居酒屋とは言っても、ここは王都の壁外ーーついさっき帝国軍と衝突した戦場のすぐ近くの丘上にある。

 騎士団が陣取ったりもしたが、普段は(さび)れた街道の外れにある、峠茶屋みたいな場所だ。

 今では、俺やスカイムーンの他にも、大勢の冒険者が活用している場所になっている。


「え? 俺様はもう〈青い眼旅団〉に入れない?」


 俺はスカイムーンと向かい合った席についてジュースを注文した。(真面目な話をしようってときに、アルコールはマズかろうと思ったので)

 その直後に、金髪イケメンから、首を横に振られてしまったのだ。


 お客のほとんどが、攻撃組の黄金組、冒険者仲間だ。

 彼らが、それぞれのテーブルについて飲み食いをしながらも、こちらの話に聞き耳を立てているのがわかる。


 俺は自分が異世界人だと悪目立ちしたくないから、声をひそめる。

 だが、相手は意に介するふうもなく、割と大きめの声で会話する。


「どうして、入れないのさ?」


 と、ささやく俺に、


「まぁ、仕方ないよね」


 と溜息をつきつつ、スカイムーンは語った。


「ジュンが反対しててな。

 後ろ足で砂をかけるように出ていったヤツは信用できないって」


「ああ、なるほど……」


 まあ、そう思っちゃうのも、わかるな。

 そりゃ、あんなやめ方したんだ。

 俺が向こうの立場だったら激怒してたかもしらん。


 だが、ここで引き下がるわけにもいかない。

 仕事は仕事だ。

 もはや初期の依頼の〈奴隷解放作戦〉なぞはどうでもいいが、俺が東京に帰るための努力は惜しまないつもりだ。

 せめて騎士団との(つな)ぎぐらいはつけておきたい。


「ーーでも、有用だぜ、俺は。

 一緒に帝国軍やら野盗の連中を撃退した仲間じゃないか」


 俺が喰い下がると、スカイムーンは俺の姿を頭からつま先までザッと見渡してから同意する。

 それから、「でも、やっぱり、だめだ」とばかりに、再び首をゆっくりと横に振った。


「僕もそう思うけど、ジュンがね。

 御せる自信がないってさ」


 彼が言うには、ジュンは〈青い眼旅団〉の副リーダーというより、冒険者パーティー間で動く際には、実質的なリーダーになってるそうだ。


 スカイムーンはおかしそうに半笑いしながら、肩をすくめた。


「ほんと、ジュンってのは変わっててね。

 彼女はなぜか平民にも平等に接したがるんだ。

 貴族なのにね。

 彼女は騎士爵。

 僕は子爵家出身だから違うのかな」


「……」


 俺は返す言葉を選ぼうとしたが、適切な言葉が思い浮かばず、沈黙してしまった。

 この場合、どう反応すべきなのか。

 俺はヤツの前で、いかにも冒険者のように、つまりは平民のように振る舞えばいいのか、それとも貴族らしく鷹揚(おうよう)に構えるべきなのか?

 俺はまだ〈青い眼旅団〉への復帰を諦めていない。

 これ以上有象無象(うぞうむぞう)の冒険者連中の中にいたところで、この魔法の少ない、しかも身分差別の強い異世界に、単身で戦争しに来ただけのようなものになってしまう。

 俺があれやこれやスカイムーンに気に入られるための方策に思い巡らしていると、彼の方からいきなり問いかけてきた。


「そういえば、君、元の世界では、どういう身分なの?」


 おっと。いきなり崖っぷちに立たされた気分だ。

 向こうは何気ない顔で問いかけてきている。

 彼は携帯食の木の実をポリポリかじり、俺にもどうぞと勧めながら。

 できればアルコールが欲しいところだが、酔いたいわけではないので、そのままフルーツジュースをがぶ飲みして、意を決して答えた。


「じつは、俺、平民なんだよね」


 まずは正直に答えてみた。

 すると、幸いなことに、スカイムーンはまるで信じてくれなかった。


「またまたぁ。

 あははは!」


 何がおかしいのか、大声で笑いながら、エールをがぶ飲みする。

 彼にしてみれば、俺様が平民であるはずがないらしい。

 平民にしては、貴族に対し平然と振る舞っているからだろう。


 このときの彼の態度から、いろんなことがわかった。

 俺は貴族でなければ|ならない(••••)らしい。

 スカイムーンなりに、俺に気を使っているのかもしれない。

 わざと周囲に冒険者が集まってる場所で俺と落ち合い、彼と俺が盃を交わし合うほど仲が良いことを、周知させようとしているようだ。

 俺が、たとえ〈青い眼旅団〉に入れなかったとしても、そこらの一般冒険者とは異なり、スカイムーンや騎士団とお付き合いしても、遜色(そんしょく)のない身分であることをわからせないといけないのだろう。


 俺も彼に合わせ、大きな声を出してエールを注文した。

 そして、ジョッキを傾けてから、ドンとテーブルに置いた。


「あはは!

 もち、冗談さ。

 俺、王族(嘘だけど)!」


「おお!」


 目前にいるスカイムーンだけでなく、周囲の冒険者たちからも感嘆の声が上がった。

 男女の別なく、周りにいた者たちも、身も乗り出すようにして、耳をそばだててくる。


 俺は観衆の期待に応えるべく、悲劇の主人公を演じることにした。


「でも、王族とは言っても名ばかり。

 家督は兄のもんでさ。

 兄嫁に嫌われて、王宮から追い出されたんだ。

 何不自由ない生活をしてきたってのにさ」


 溜息とともに、周囲から哀れみのまなざしを受けた。

 彼ら冒険者たちの思いを代表するかの如く、スカイムーンは応じてくれた。


「それはひどいな……」


 彼は自分が飲んでたエールを俺に寄越して、飲めと勧める。

 俺は勧められるままにエールを飲み、ナッツをかじった。


 時刻はいまだ夕刻だが、気分は深夜の安酒場だ。

 俺はテーブルに半分突っ伏しながらくだを巻くことにした。

 せっかくエールをもらったんだ。

 酔いに任せて口走った体裁を取ろうと思う。

 本当はナノマシンのおかげで、酔えない設定にしてあるんだけどね。


「ーーそうなんだ。

 学歴も最高学府を出たっていうのに、現在はしがない派遣社員だ」


「派遣社員」というのがわからないらしく、スカイムーンのほかにも、みなが首をかしげる。(ホントは派遣『社員』ですらない、派遣『バイト』なんだが)

 が、しばらくしてからスカイムーンはバンバンと俺の肩を叩き、俺を励ましてくれた。


「なに。

 コッチの世界でだったら、君も王族との婚姻を期待されているのかもな。

 なにせ、君をわがバレッタ王国に派遣した組合(ギルド)は、宰相閣下とも長らく懇意にしていると聞く。

 となれば、ますます君を取り込みたいな……」


 どうやらスカイムーンは、俺を〈青い眼旅団〉に入れることはできないが、次善策として、俺を〈異世界人〉、しかも宰相閣下のような高貴な身分の存在と交渉のある存在だと、冒険者連中に周知させたいらしい。

 ありがたいことだ。

「派遣社員」という言葉をなんだかわからないなりに、身分の低い平民のようなものだと解釈してくれたようだ。


 俺は全力で乗っかることにした。


「な、俺って不幸だろ?

 とはいえ、コッチに来て、運が上向いて来たと思ってるんだ。

 依頼を受けたのは、宰相閣下からなんだ。

 でも、今の俺の立場は冒険者だから、コンタクトの取り方すら、わからない。

 だから、ジュンのことは後回しにして、騎士団長に直接、掛け合って見てくれないか?」


「あー、いいよ」


 と、スカイムーンも酔いが回ったのか、気軽に口にしてから、ふと何かに思い当たったかのように、溜息をつき、ナッツをかじりながら、愚痴った。


「でもなぁ、ザイン団長、直接、俺に会ってはくれないんだ。

 いつも人を介しての付き合いだ」


 思いもしない返答だった。

 黄金の杖を貸してもらえるほどの信頼を得ているのに、不思議なことだ。


「なぜだ?

 身分差のせいか?」


 俺が問いかけると、スカイムーンは顔を歪めて吐き捨てた。


「まあ、ザイン団長は公爵だから、たしかに身分が僕より上なんだが、それだけじゃない。

 おそらくは、僕の能力がーー」


 今度は彼が突っ伏して語るせいで、よく聞き取れない。


「なに?」


 と俺が聞き耳を立てると、彼は正気に帰ったか如く、慌てて座り直し、手を振った。


「ーーいや、なんでもない。

 とりあえず、騎士団と交渉してみるよ」


 スカイムーンが話を終わらせると、周囲の冒険者どもも改めて座り直し、それぞれのテーブルで仲間同士で歓談を始めた。


 どうやら俺の自己紹介が終わったらしい。


 まぁ悪い展開ではなかったと思う。

 今までは余所者として露骨に警戒されていたが、これからは〈身分を剥奪された、異世界からの高貴な客人〉として、それなりに丁重に遇されることだろう。

 こうした物語を冒険者仲間の間で共有されれば、ジュンたち、俺に反感を抱く者たちの態度も軟化するかもしれない。


 ひょっとして、それが狙いだったのか?

 だとしたら、なかなかに策士だ。

 スカイムーンが本腰を入れてくれたら、〈青い眼旅団〉に入れるばかりか、騎士団にも面通しさせてもらえるかもしれない。


 俺は期待して、吉報を待つことにした


 ところが、翌日ーー。

 朝っぱらからやって来たのは、凶報だった。


 俺の寝床であるテントから這い出したところ、目の前にあったのは、腕を組み、仁王立ちした〈青い眼旅団〉副団長ジュンの姿であった。

 彼女から、いきなり甲高い声で宣言された。


「アンタが〈青い眼旅団(ウチ)〉に入れることは、絶対ないわ。

 だから、これ以上、スカイムーンの立場を危うくしないで!」


「へ?」

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