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◆28 なんで帝国軍なんてのが出て来ちゃうわけ!?

 東京異世界派遣会社では、動揺が広がっていた。

 星野ひかりは、兄の新一の腕をグイグイ引っ張った。


「奴隷売買の阻止と奴隷解放ーー。

 それが、依頼内容だったよね?

 なのに、なんで帝国軍なんてのが出て来ちゃうわけ!?」


「さあ……なぜなんでしょう?」


 僕、星野新一も血の気が退く思いだった。


 もともとは、東京異世界派遣会社ウチの派遣バイトである東堂正宗(とうどうまさむね)くんが暴走気味で、依頼内容を(たが)えたことを、僕ら兄妹は気にしていた。


 奴隷売買を阻止するために〈青い眼旅団〉という冒険者パーティーに所属し、王国騎士団の指揮のもと、奴隷解放を成し遂げるーーそれが冒険者魔術師として派遣されるマサムネくんへの依頼内容であった。


 それなのに、マサムネくんは〈青い眼旅団〉から出奔(しゅっぽん)して別の弱小パーティー〈疾風の盾〉に所属し、挙げ句の果てには、「〈青い眼旅団〉や王国騎士団が信用ならない」と言い出して、仕事放棄しかねない様子だった。

 正直、僕たち兄妹は、マサムネくんの行動を観てはヤキモキしていた。


 ところが、雲行きが随分と怪しくなって来た。


 奴隷を積載しているはずの幌馬車隊には、一人の奴隷も乗っていない、とマサムネくんは言う。

 そして、『奴隷の買い手』が王国騎士団と同行している可能性があるとすら、彼は指摘する。

 さらに、野盗集団との闘争に冒険者全員が駆り出され、おまけに、その野盗どもは、隣のゴルティア帝国軍とつながっていたーー。


 僕は眉間に皺を寄せた。


「問題なのは、帝国の軍隊が出て来たってことだけじゃない。

 もとより奴隷売買の背後には、国境を超えた野盗集団ーーさらには隣国の軍隊が控えているーーという見立てが、王国騎士団と〈青い眼旅団〉では、すでになされていた、ということだ」


 僕の懸念表明に、妹も手帳を閉じて、強く同意する。


「そう、初耳よね!

 向こうの契約違反じゃないの?」


「さすがに、クレーム案件だ」


 僕は椅子に座って、契約時に使う機械を操作する。

 なんとかして今回の依頼主と交信しようとした。


 ところがーー。


「どうしたの? つながらない?」


 妹の問いかけに、僕は口をへの字に曲げる。


「ーーつながった感触はある。

 なのに、先方が出てくれない。

 モニターには豪華に装飾された革椅子が映るだけ。

 人が座っていない……」


「今回の依頼主、お父さんの口利きがあった宰相閣下でしょ?

 どうしたのよ?」


 プツンーー。


 映像が途切れる。

 向こうで切断された。


 僕は腕を組んで思案する。


「さすがに、おかしい。

 依頼主の近辺でも何かあったのかも?」


 前回派遣バイトを送ったとき、宰相閣下の権力は安泰に思えた。

 だが、それも二年半前だ。

 向こうの世界での時間経過がどれほどかはわからないが、ちょっとしたきっかけで、権力者の立ち位置は変化する。


 マサムネくんを派遣する前に調べたデータをパソコンで再確認する。

 でも、やっぱり、不自然な事象に心当たりがない。


「まさか宰相閣下が、権力の座から失脚した?

 でも、そんな情報は入っていない。

 宰相閣下は相変わらず職責をまっとうしている……」


 それなのにーー。


 明らかにおかしい。

 お得意さんだからって、甘く見すぎた。

 このままでは、ほとんど非力なままで〈魔術師マサムネ〉は異世界での本格的な戦争に巻き込まれてしまう。


 さすがに焦ってきた。


「あれほどの非攻撃型魔術師なんだ。

 今のマサムネくんには野盗討伐ですら、本来なら荷が重すぎるところだった。

 今回は、騎士団から貸し与えられた魔法杖のおかげで、なんとか対抗できたけど……」


 スカイムーンの他、〈青い眼旅団〉の計三人が手にする魔法杖ーーあれが、冒険者たちに魔力を付与し、潜在する魔法能力を増大させて引き出している。


 あの色による識別ーー金色=攻撃、銀色=防御、黒色=治癒回復という識別はーー各人の潜在魔法能力を見越したものなのだろう。

 魔法の威力が各人で異なるところを見る分、本人が生来持ってる魔力量にも何かしら応じた形で魔法が発揮されていると思われる。


 とにかく、魔法杖がある限り、冒険者も魔法で攻撃や防御ができるようだった。


 妹のひかりも、あえて明るい材料を口にする。


「マサムネくん、勝手行動で別パーティーに入っちゃったから、どうなることかと思ったけど、よかった」


 たしかに、そうだ。

 野盗との戦闘を見てると、マサムネくんは、ほとんど〈青い眼旅団〉の旅団長スカイムーンと行動を共にしていた。

 結局は〈青い眼旅団〉に入ったのと同じだ。


 しかし、便利な杖だ。

 異世界は数あれど、あれほど便利な魔道具は珍しい。


 でもーー。


(軍隊相手となると、厳しい戦いになるぞ……)


 野盗ですら、魔法攻撃を無効化する障壁を築いてみせた。

 軍隊となると、どれだけの武力を有しているのか見当がつかない。


 僕は再度、交渉用機械を操作して、モニターを覗き込む。


「とりあえず、依頼主を呼び出して、マサムネくんの緊急帰還を要請するつもりだ。

 今の僕にやれることが他にないからね。

 けど、交渉のやり直し自体が望み薄い。

 それに、依頼主がどの程度、隣の帝国の動勢を掴んでいたかによるけどーー今は、契約を云々している場合じゃない。

 とにかく、マサムネくんに生き延びてもらわないと」


 妹のひかりも焦ってきたのだろう。

 メモに使うボールペンで無意味にカチカチと音を立てる。


「こうなったら、マサムネくんに攻撃魔法をたくさん付与しておくべきだった。

 彼に悪いことをしちゃった……」


 僕ら兄妹は、二人してバツの悪さを感じていた。


(ヤバいことに、ならなきゃいいけど……)

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