◆20 金色、銀色、黒色のブレスレット
バレッタ王国の王都は、周囲を壁に守られている。
その壁の外ーーそこは緩やかな治外法権の地と言えた。
そんな壁際に、グルッと馬が、100頭余りもつながれている。
そして、馬がつながれている場所から少し離れた地に、幌馬車が十五台、円陣を組むようにして停まっている。
その周囲を匍匐前進しながら、冒険者パーティーが総出で接近する。
表門から延びる幹線道路以外は、ゴツゴツした岩が点在する草地や荒地になっている。
そうした障害物に身を隠し、網を張る。
たった一人、俺様、〈魔術師マサムネ〉を除けば、冒険者たちは、みんな思っていた。
幌馬車の中には奴隷がいる。
彼らを解放すれば、最低限の仕事は終了だーーと。
明らかに誤った認識だが、そう思い込んでいる連中の只中に、再び、俺様は放り込まれてしまった。
俺だけじゃない。
一緒に独断で動いたリーリアとその仲間たちも、今は〈青い眼旅団〉のスカイムーンによって、元々所属していたパーティーに復帰させられていた。
かくして、俺様とリーリアは〈疾風の盾〉に戻っていた。
が、一度は戦列から離れたことを知っているレッドボーイとエレッタからは距離を取られてしまった。
当然だろう。
自然と俺はリーリアとつるむことになり、〈疾風の盾〉はすっかりメンバーが分断されてしまっていた。
いつの間にか、夕暮れ時になっていた。
空には、朱を流した雲が薄く引き伸ばされていた。
エレッタはレッドボーイに訴える。
「さっさと終わらせればいいのに。
だって、奴隷をあの馬車に隠してるんでしょ?
だったら、奴隷商人を捕縛して懲らしめればいいのよ!」
レッドボーイは彼女を宥めるように優しく解説する。
「ああ、そうだね。
でも、売買する現場を押さえないと、実行犯逮捕できない。
結局、買い手を待つしかないのさ」
彼らの会話を小耳に挟んだ俺は、リーリアに訊ねる。
「本当に買い手が来ると思うか?」
リーリアはスカイムーンに一旦でも捕縛されたことが、よほど気に入らなかったとみえて、始終むくれている。
今も気のない、投げやりな返事を出す。
「来るんでしょ?
そう親玉が言ってるんだから。
アタシたちの親玉は〈青い眼旅団〉よ。
ヤツらは王国騎士団(お偉いさん)とつるんでるからね……」
騎士団から直接指示を受けたているのは〈青い眼旅団〉だけ。
あとの冒険者パーティーは〈青い眼旅団〉から指示を受けている。
言ってみれば、孫請け団体ってわけだ。
改めて、そうした冒険者パーティー同士の関係性に思いを馳せていると、〈青い眼旅団〉から伝令がやって来た。
副リーダーのジュンが、じかに多くの冒険者パーティーの集まっている場所に出向いては指示を与えていた。
凛とした、大きな黒い瞳が、絶えず辺りを警戒していた。
ジュンは、八十名以上いる冒険者たちに、それぞれゴムのブレスレットを次々に、手渡した。
金色、銀色、黒色ーー。
色別に冒険者たちを分けていった。
「なんで、こんな事するの?」
「意味があるのか?」
「なにかの、作戦じゃないのかな」
冒険者たちは、ジュンに質問したけど、「上からの命令だから」としか言わなかった。
意味のない、パーティーの別を無視した色分けであった。
自分に渡された黄金のブレスレットを手に付けながらも、俺は眉間の皺を深くする。
(う〜〜ん。
騎士団のヤツら、『奴隷売買を阻止する』っていう建前すら守る気がないのか?
奴隷を積載してる幌馬車隊を取り囲もうってときに、こんなブレスレットを配る必要が?)
俺は、幌馬車の中身は首輪だけで、じつは奴隷は一人もいない、と知っている。
自然と険しい顔つきになった。
副リーダーのジュンを睨みつけたけど、冷たい視線を一瞬、ぶつけられただけで、無視された。
俺と同じく金色のブレスレットを手渡されたリーリアが、俺に耳打ちした。
「なんか、ヤバクない? 絶対おかしいよね」
「おまえも、そう思うのか?」
リーリアには奴隷の不在を告げていないが、彼女なりに勘づくところがあったようだ。
「まぁね。
危ない橋はなんども渡ってきたけど、コイツは渡る橋がないくらい、ヤバイね。
橋が丸ごと燃やされてるよ」
「俺様もそう思う」
「あのジュンって女ーー前から気に入らなかった。
やっぱり、やな奴」
「知り合いだったのか。
〈青い眼旅団〉のヤツらと」
「まぁね。昔のことだけどーー。
今、はっきりとわかった。
アタシたちは、全員、これから嵌められようとしてる」
「何に?」
「さあ。アタシにもよくわかんないけど。
ただ、嵌められつつあるってことだけはわかる。
具体的には、いずれわかるでしょうね。
警戒しなきゃ」
「……」
なんだよ。具体的な疑いはないのか。
それって、単なる「お気持ちの表明」じゃないか?
新たな知見を得られると思ったが、アテが外れ、俺は嘆息した。
(仕方ない。しばらくはスカイムーンの手のひらで踊るとするか……)




