◆19 現場は行って、松明を手にするまでわからない
異世界からの来訪者である俺様、東堂正宗としたことが、油断した。
日本東京との実のない交信を繰り広げているうちに、現地人が近づいて来たことに、まったく気がつかなかった。
〈青い眼旅団〉の旅団長スカイムーンの端正な顔が、松明の灯りで明るく照らされていた。
彼は俺様の肩をポンポンと叩いた。
「君たちには戻ってもらわなきゃ。
ボクらが管理責任を問われちゃうからね」
気づくと、リーリア一行もみな捕まっていた。
「アンタは騎士団と行動を共にしてたのか?」
スカイムーンは肩をすくめる。
「まさか。君たち冒険者の仲間の先頭を騎行してたさ。
奴隷を乗せた馬車が壁の外に出たから、改めて周囲を警戒したんだ。
すると、騎士団とも鉢合わせてね。
ーーああ、今は、ボクのことなんか、どうでも良い。
問題は、君たちのことなんだ」
彼の貼り付けたような笑顔を見るだけで、俺は身震いがする。
「どうするつもりだ?
まさか、殺すつもり……」
金髪の青年は、さもおかしそうに肩を揺らした。
「はっはは。冗談だろ。
勝手行動したってだけで殺してたら、冒険者なんていなくなっちゃうよ。
だからさ、おとなしく、これから作戦に参加してくれたら、今回の勝手行動は不問に付すよ」
俺はスカイムーンの顔を下から窺い見るようにして尋ねた。
「なぜ、さっさと奴隷商人を捕まえない?」
幌馬車の中に、本当は奴隷なんかいない。
だから、『奴隷商人』なんてのも、いるかどうかもわからない。
でも、カマをかけてみた。
騎士団が『奴隷の買い手』と思しき集団を引き連れていることを、俺は知っている。
だが、スカイムーンは知っているのか、それを探りたかった。
〈青い眼旅団〉は、いったいどの程度まで騎士団と気脈を通じているのか。
それがわからないことには、今後、冒険者たちをどれぐらい信用したらいいのかもわからない。
さらにいえば、スカイムーンは、幌馬車隊には本当は奴隷がいない、ということを知っているのかどうか、その反応で確かめようとした。
が、彼はスムーズに会話を続けて、俺様のカマかけをサラリと躱す。
「誰を捕まえるにしても、奴隷売買自体が行われていないんじゃ、実行犯逮捕はできないよ。
ーーということで、買い手が現れないことには、ボクら冒険者も動けない。
とりあえずは、いつ捕物が始まっても良いように、幌馬車に向かって静かに潜行してるところさ」
スカイムーンは奴隷売買阻止という建前をあくまで崩さない。
それが彼のスタンスらしい。
だったら、あとは彼がどこまで今回の茶番劇を仕立てた側にいるのか、だ。
スカイムーンは俺たち冒険者側の〈被害者〉なのか。
それとも、王国騎士団側の〈加害者〉なのか。
騎士団との繋がりを確かめる必要がある。
「どうして騎士団は先行してる?」
〈疾風の盾〉の連中は、騎士団の先行自体を認めてくれなかった。
彼らと親しいはずのスカイムーンはどうなのか。
騎士団が先回りしていることを知っているのか?
そうした探りを入れるつもりで問いかけたら、あっさり答えられた。
スカイムーンは騎士団の先行を、当然の如く了解していた。
「ああ、君は気づいたんだ?
そうなんだよ。
騎士団の方々は、これから起こるであろう事態に備えているんだよ。
僕の助言に従ってね」
「これから起こるであろう事態」?
「僕の助言」?
いったいこれから、何が起ころうとしているのか。
「なんで、あれほどの馬が?」
俺はずっと気になっていることを問うてみた。
壁伝いにズラッと並ぶ馬ーー100頭を数えるほどだ。
なぜ、あんなに馬を揃えたのか?
スカイムーンは微笑みを浮かべ、これまたあっさり答えた。
「すぐに騎乗してもらうためさ。君たちに」
「は?」
「冒険者の数は八十名ちょっとだから、用意した馬の方が多くなっちゃったけどね。
壁の外じゃないと、存分に暴れてられないだろ?」
◇◇◇
一方、東京ではーー。
急に、通信を切られて、ひかりは苛立っていた。
「もう、なに?
マサムネくんの、あの態度。
わがままで、俺様キャラなんだから!」
「俺様キャラでも、カッコ良くて素敵な人だったらマジで許せるけどぉ。
アイツは、なんかムカツク。許せねー」
白鳥雛が、ひかりの気持ちを代弁するように話した。
「ほんと、そう。あはは……」
「ふふふ……」
女性二人は互いに理解し合えて、面白そうに含み笑いをした。
「何か、楽しいことでもあったの?」
新一が、部屋に入ってきた。
「遅くなって、ごめん。
書類作成に手間取ってしまった。
で、状況はどう?
なんか変わったことあった?」
ひかりは、今までのことを箇条書きにしたノートを新一に見せた。
「ふんふん。そっか。
〈疾風の盾〉からも出ちゃったのか。
ま、何事も、頭で思い描いたようにはいかないよ。
『現場は行って、松明を手にするまでわからない』ってね。
裏切りをそそのかす女性までいるんだから……。
でも、なんか、不穏な空気を感じ取ってるみたいだね、マサムネくんは」
「それとね、マサムネくん、馬が沢山いるのが気に入らないみたいでね。
なんか、おかしいって、私に悪態ついてた」
「なんだ、それは。
詳しく話して欲しい」
ひかりは、先程のモニターに映っていた様子を説明した。
「別に、ヤバくねぇし?
アイツ、超ビビリでやんの」
白鳥雛が笑い飛ばす。
反対に、新一は腕を組み、少し考え込んだ。
「たしかに、なんで100頭の馬が壁の外につながれているのかな?
飼い葉桶もないところをみると、急場で拵えた繋ぎ場みたいだし……。
奇妙な違和感がある」
兄が意外に気にすると知って、ひかりは記憶を探りながら報告をする。
「馬は冒険者に乗ってもらうんだって。
〈青い眼旅団〉のリーダーが言ってた」
「はあ??」
新一はますます思案顔になる。
「〈探索〉や〈治癒〉しか能力を使えないんでしょ、その国の冒険者って。
そんな非力な冒険者に騎乗してもらって、何がしたいんだと思う?」
兄に釣られて、妹のひかりも首をかしげ始める。
「さあ?」
結局、星野兄妹は二人して、わざわざ冒険者たちを王都の壁外にまで動員して、馬に乗せる狙いがわからなかった。
〈魔術師マサムネ〉の身に起こる事態を、正しく予測できる者は、日本東京には誰もいなかった。




