◆18 いや、俺様はおまえら凡人とは違って、頭が回るからさ。
「本部、本部、応答せよ。
こちらマサムネ。どーぞ!」
俺、東堂正宗が独り言を喋るだけで、脳内に女性の声が響き渡ってきた。
「はい、はい、こちら本部のひかりです。
どーぞ! ってあなた大丈夫なの?
変なチームに入るもんだから、グチャグチャになってるじゃない?
今からでも遅くないから、〈青い眼旅団〉に入ってーー」
はいはい。
今は、ありきたりな説教を聞いている暇は無い。
確認したい事はほどあるんだ。
とりあえず、日本東京との通信はできるみたいだ。
俺はひかりちゃんの言うのを無視して、さっそく確認する。
「そんなことより、今回の〈奴隷売買阻止〉って仕事、ほんとに王国騎士団からの依頼なんだよな?」
「そうよ!」
ひかりちゃんは、さも当然と言わんばかりに語気を強めた。
「騎士団というより、その上役である宰相閣下からの依頼よ。
宰相閣下とは長い付き合いでね。
以前、バイトくんを〈薬師〉として派遣したときも感謝されたし」
そういえば、コッチの世界は、俺たちの世界と親和性が高くって、三年ほどで派遣できるようになるんだっけ。
ひかりちゃんは、どこか得意げに語る。
「バレッタ王国には、お父さんの代から派遣してるのよ。
最初は80年代からね。
まあ、それなりに昔のことになるわけだけど、他の世界に比べれば、かなり短い期間のうちに、ウチの派遣社員の実績を神話化してくれたりして、向こうのお偉いさんが、とってもウチに好印象を持ってくださっているのよ」
どうもウチの上司は、今回の依頼主に過剰な信頼を寄せているようだ。
だが、こんな依頼内容を寄越す人物が、こちらを高く評価しているとは到底、思えない。
俺はハア、と吐息を漏らした。
「う~~ん。
なんか、アテにならん話だな」
俺がそうつぶやくと、女上司は不機嫌になったようだ。
「なによ。今回は妙に立ち止まるわね。
いつもの〈俺様〉全開はどうしたのよ?」
おや、ひかりちゃん、意図して、煽ってきた?
だったら、こちらも煽り返そうじゃないの。
「いや、俺様はおまえら凡人とは違って、頭が回るからさ。
気になるんだよ」
俺のいつも通りの口調に反応したのは、ひかりちゃんだけではなかった。
どうやら、その隣に白鳥雛もいたらしい。
ヒナの気だるげな口調が脳内に響く。
「『おまえら』ってーーまだワタシ、一言も口利いてませんけどぉ。
なんで、ワタシがいる前提になってるわけ?
マジ、キモいんですけどぉ?」
ヒナが膨れっ面をするさまが、目に浮かぶ。
ひかりちゃんも、「また、マサムネくんが『頭イイ自慢』を始めたよ」と大袈裟に溜息をついているだろう。
俺が見ていないことを良いことに、「自慢高慢は馬鹿のうち」とか、「マジでウザい」とか、声に出して言っていることだろう。
彼女たちがそんな感慨を持っていることは、とうに気づいている。
だが、俺は今、異世界に派遣され、不測の事態に巻き込まれようとしているのだ。
彼女たちでも、さすがに素直に自分の考えを聞いてくれてると思い、
「あれ、おかしいと思わないか?」
と疑問を投げかけた。
だが、彼女たちの反応は、思ったよりもずっと薄かった。
壁外の鉄輪に馬が100頭余りもつながれているーーその様子を、ナノマシンによる映像で、彼女たちも観て、知っていた。
とはいえ、特に注意を惹くものではなかったらしい。
ひかりが、適当に思ったことを口にした。
「城外遠征用の馬を、予備かなにかのために用意してるんでしょう?」
あまりに杜撰な答えで、俺は呆れ声を上げた。
「ひかりちゃんも存外、バカだな。
紛争中でもあるまいし、普段からこんなに大量に馬が必要かよ。
それに、もとよりここで馬を飼ってるっていうなら、飼い葉桶はどこだ?
水桶は?
それに、100騎はいる。
乗り手は、どこだよ?
〈探索〉しても、周囲十キロ範囲で見当たらねえ」
ひかりが声を尖らせた。
「そんなこと言われても、私にはわからないわよ。
そんなに重要なことなの?」
白鳥雛が横入りする。
「アンタ、マジでウザいよ!
神経質気取りがスギてんぞ!?
異世界なんだから、ガチで馬がいるの、あたりまえっしょ?
バカね」
仕方ない。
頭の回らない連中を相手に、俺様は根気よく現状説明をした。
「ここで馬をつないでいるのは、『今現在の急場のため』ってことだ。
つまり、すぐにもコイツらを使う機会があるって踏んだヤツがいるっていうことなんだよ。
今までの流れでは、おそらく、何かを企んでる騎士団の連中の都合が何かあるんだろうけどーー。
とにかく、リーリアが言うような、『奴隷の買い手』から金をせしめようっていう、ケチくさい目論見だけじゃなさそうだ……」
俺の説明をどこまで聞いていたのか、ヒナが気のない生返事をする。
「ふうん。
そこまでわかってんなら、好きに対処すればぁ?
事件は現場で起きてるんだからぁ」
俺は、ヒナの舐め切った口調に、カチンときた。
「ちっ! ちゃんと状況分析しろよ。
役立たずの女どもめ!
これじゃ、東京本部と交信できる意味がないじゃねえか。
新一さんは、どこ行ってんの?
ったく。
また、町内会で、ジジババ相手に茶でも啜ってんのか!?」
俺は舌打ちして通信を切る。
◇◇◇
(ーーったく!)
俺、〈魔術師マサムネ〉は通信を終えて、大きく深呼吸する。
今現在、俺は壁の上で腹這いになっている体勢だ。
おまけに、今まで全力で走らされてきた。
乗馬した後でも、リーリアの身体にしがみつくのに結構、体力を使った。
ウトウトと眠くなるほど、全身に疲労が溜まっていた。
(いかん、いかん……)
俺としたことが、感情的になりすぎたようだ。
さすがに反省する。
今は敵地に潜入しているも同然の状況なのに。
気合を入れるために、バシッと自ら頬を打つ。
それでも、どこかまだ意識がボンヤリしている。
そんなふうだから、隙だらけになっていたのだろう。
いきなり、背後から声がかかった。
「誰と話してるんだい?」
俺は壁の上で腹這いになって、下界の様子を窺っていた。
騎士団や怪しい連中、それに幌馬車隊の動向を探るーーいわば隠密行動中だった。
それなのに、声をかけられてしまった。
俺が〈偵察〉してるのを気づいた者がいて、ソイツが俺様の背後を取ったのだ。
俺は開き直る。
「ああ、日本の東京っていう異世界と、ちょっとーーん!?」
振り返れば、見知った男が立っていた。
上品な立ち振る舞いに、額にかかった金色のサラサラした髪ーー。
〈青い眼旅団〉の旅団長スカイムーンであった。




