◆10 のっけからの依頼無視
東京異世界派遣本部では、僕、星野新一が、派遣バイトの活動を、モニターで監視していた。
「監視」などとお堅い言葉を使っているが、要は派遣員の活動を眺めているだけのことで、気に入らない行動を派遣員がしたからといって、これといってどうこうすることもできない。
何せ相手は遥かに時空を異にする異世界で活動しているのだから、せいぜい音声で注意したり、軽い叱責をするぐらいが関の山だ。
現に今も、派遣員のマサムネくんが、入団指定されていたパーティから、後ろ足で砂をかけるようにして立ち去って行く姿を見ながら、何も出来ず、僕は頭を抱えていた。
「まずいな。
あのリーダーとは、性格的に合わないかもしれないけど、依頼された仕事なんだ。
まったく、俺様キャラにもほどがあるよ」
誰もいない部屋で、僕はつい語気を荒らげてしまった。
「あら! 帰っていたのね。お帰りなさい。
ベスの散歩はしてきたわ」
ひかりが少し息を弾ませて、部屋に入ってきた。
「なにかあったの? 怒ってたみたいだけど」
僕は憮然としながら応える。
「マサムネくんが依頼されている〈青い眼旅団〉に入らなかったんだ」
「え? それは困るわ。
依頼通りにしないとダメじゃない」
妹も横からモニターを覗き込んで、頬を膨らます。
「うん。そうだよね。
今、通信してみるよ」
「お願い。そうして。
私は紅茶でも淹れてくる。
お兄ちゃんはコーヒーがいいのかな?」
「ああ、頼む。コーヒーで」
僕は赤い色の通信ボタンを押した。
これで、マサムネくんの脳内に直接、呼びかけることができる。
「マサムネくん。聞こえるかい?
聞こえたら返事して」
「はい、はーい。
こちらマサムネ、異常ありませーん」
「いや、異常あるでしょう!?
なんで〈青い眼旅団〉に入らなかったのかな。
まず、パーティに入るのが大優先だよね?
そうじゃなきゃ、依頼された仕事ができないよ。
モニター見てたけど、パーティの人達、良い人ばかりだったじゃないか。
あんなに歓迎してたじゃない?
なにが不満なの?」
僕が溜息混じりに問いかけると、マサムネくんは不貞腐れた態度で応えた。
「不満っていうか、俺、あいつら嫌い。
新一さんにはわからないかもだけど、なんか信用できない。
目の奥が暗いし、本当には笑っていない顔だよ、あれは。
特にあのリーダー、偽善者だと思う。
ああいったタイプは苦手なんだ」
「マサムネくん、そういった子供みたいな言い訳やめてくれよ。
これ、仕事だよ?
偽善者とか、苦手とか、そんなの関係ない。
そういった事情を乗り越えて果たすものが、仕事ってもんでしょ?」
「だからさ、仕事は果たしてみせるさ。
だけど、あの連中は信用ならねえ。
嫌なものは、嫌なんだ!
あのパーティ以外のところには所属するから、それでいいだろう?」
ひかりが、お盆にコーヒーと紅茶を載せて持ってきた。
僕の前にコーヒーを置いた。
ひかり手作りの、オレンジとジンジャーのクッキーも添えてある。
僕は気持ちを落ち着かせようと、ひとくちコーヒーを飲んだ。
香り豊かなコーヒーが、今は必要だ。
苦味と酸味が、口中に広がり少しリラックスした。
クッキーもついでに食べた。
思いのほか、おいしかった。
ひかりが事情を察したようで、僕に目配せした。
「いつもは兄さんが、私に言ってるでしょ?
マサムネくん相手に無理強いはできないって。
そうでしょ、マサムネくん?」
「ああ、ひかりちゃん?
良く俺様のこと、理解しているじゃないか。
俺様は愚民の下にはつけないから、仕方ないのだ」
「あえて訊いてみるけど。
まさか、自分より、人気があって、人望のあるヒトが嫌いだって、ワガママ言ってるわけじゃないよね?」
「心外な!
俺様は、そんなスケールの小さな人間ではないぞ。
あの男が信用できないってだけだ!」
「はい、はい。わかりました。
もっとも、マサムネくんって大抵の人は信用できないみたいだけど」
ひかりは肩をすくめながら、僕に目配せした。
今は釘を刺すのが精一杯よ、と無言のうちに訴えていた。
僕も同意するしかない。
「ーーとにかく、連絡は密に取っていこう。
それしか今は思いつかない。
いいね、マサムネくん。
僕との約束は守って欲しい」
「ああ、わかった。
なにかあったら連絡するから」
僕は白い色のボタンを押して通信を切った。
そして、椅子の背もたれに深々と体重をかける。
「今回の派遣は、ちょっと問題が多いかもしれないな」
僕が顔を曇らせる。
すると、妹は紅茶を口にしながら、達観したような言葉を吐く。
「でも、もう派遣しちゃったしね。
マサムネくんに頑張ってもらうしかないわよ」
そうなのだ。
この仕事、上司であってもアドバイスくらいしか派遣員に出来ることがない。
「ひかり、悪いけどモニターの観察、お願いするよ。
僕はまとめなければならない書類があるんだ。
町内会の役員になってしまったから」
「もう、お人好しなんだから。
役を押し付けられたんでしょ。
結構、雑用が多いのよね。役員になると」
「まぁね。
すぐ、片付けるから、しっかりと見張っといてくれ」




