◆4 ほんとに、感謝しなさいよ。大サービスなんだからね!
上司の星野ひかりが言うには、今回、俺、東堂正宗がこなす派遣仕事の依頼主は、バレッタ王国の宰相ダバエル公爵だという。
国王に次ぐ地位で、政治上でいえば事実上、最大の権力者だそうだ。
バレッタ王国は身分制を固く守る封建社会だが、その割には、宰相さんは、かなり現実的な、捌けた性格をしているとのこと。
東京異世界派遣会社として、先代社長(星野兄妹の親父さん)の頃から、何度も依頼を受けてきた。
支払いもずいぶん良いらしい。
ーーそういった説明をひかりちゃんから耳にして、俺は首をかしげた。
「あれ?
異世界同士の時空の歪みがどうとかで、行き来できる時間は限られてるんじゃ?
一度、派遣されたら三十年は接触できないって聞いたけど……」
「異世界ごとに違うのよ。
今回の異世界は、なんだか、こっちの世界と親近性が強いみたいなの」
三年ほどの間隔で、次の派遣ができるそうだ。
便利さからか、結構、依頼があり、先代の頃から数えると、もう七回は派遣している。
とはいえ、そういった歴史的な腐れ縁(?)なんか、今の俺様には、どうでも良いわけで。
問題なのは、今回派遣される、俺の身の安全である。
「でもさあ……〈魔術師〉だってのに、攻撃が一切できないってのは、心許ない。
現場で働くのは俺様なんだぞ!」
俺は真面目な顔で訴えた。
しばしの間があいてからーーようやく、ひかりちゃんは息を吐いた。
初めて、折れてくれた。
「もぅ。仕方ないわね……。
じゃあ、〈索敵〉スキルも加えるから。
依頼内容にはないスキルだけど、攻撃系でもないんだし。
〈探索〉と似たようなもんだから」
訊けば、〈索敵〉という能力は、〈探索〉と極めて似た能力だった。
〈索敵〉とは、いってみれば、「敵」を感知することに特化した、〈探索〉能力の発展バージョンだ。
〈探索〉は周囲十キロ四方に何があるかを探れる能力のことだが、〈索敵〉の有効範囲は周囲五キロ。だけども、その範囲内に存在する〈敵意〉を感知できる。
相手が盗賊であっても魔物であっても、なんであれ、コッチに〈敵意〉を持った存在が近づいてきていたら、自動的に警告してくれるんだそうだ。
ーーうん。
ちょっと聞く分には、有効な能力な気はする。
敵の接近を、遠距離にいながら察知できるんだから、身の安全を確保するには便利な能力だろう。
だがしかしーー。
俺は背筋を伸ばして、もう一声あげる。
「それだけじゃあ足りない。
敵を近づかせないーーだけじゃない。
敵の強さがどんなもんか、わからないと!」
改めて、俺が詰め寄る。
すると、またもや、ひかりちゃんは息を吐く。
「だったら、〈鑑定〉スキルね。
おまけに、付与しておくわ」
俺は強く首を振った。
いや、そうじゃないんだ。
相手がどれほどの強さかわかっても、手も足も出ないんじゃ、意味がないんだ。
俺は拳を握り締めてつんのめった。
「ああ、もう!
ハッキリ言わせてもらう。
俺様は、敵を倒したいんだ!」
俺は手近の機械をバンと叩いた。
「敵を倒せなくて、何のための派遣だ!?
生命の危険を冒してまで異世界に派遣されるってのに、リスクに見合うリターンがないじゃないか!」
本当に、ひかりちゃんは俺を低スペックで異世界に送り出したいようだ。
だが、俺の必死の要請に、彼女は目を丸くする。
「ほんと、喧嘩っ早いんだから……」
ひかりちゃんは、操作パネルの表示を横目に、提案してきた。
このまま上司としての要求ばかりを押しつけたら、派遣バイトがまっとうに働かなくなることを懸念したようだった。
「わかったわよ。
でも、ダメだからね、攻撃系の魔法は。
だったら、〈肉体強化〉ってヤツは?」
俺は顎を突き出す。
「へ? それ、魔法なの?
ナノマシンの仕事じゃなく?」
異世界は地球と環境が異なる。
だから、異世界へと転送される際に〈肉体変容〉をして、現地に合わせた肉体と精神に変化させる。
そうした〈肉体変容〉は、ナノマシンが一手に引き受けてくれる。
そういう説明を受けていた。
が、今回、ひかりちゃんに提示された〈肉体強化〉というのは、ナノマシンが行う〈肉体変容〉とは異なる。
純粋に魔法能力の一種だそうだ。
「魔力を込めて、物理的に身体の力を強化するんだけど、それだけじゃなくて、いざという時には、可動域を広げてくれるのよ。
この程度なら、向こうの人々にも目立つことないし、実際、剣を握れば、効果的に攻撃できるでしょ?」
俺は顎に手を当てた。
ーーふむ。
たしかに、魔法を使うといっても、単に自身の〈肉体強化〉するだけなら、外見上、肉体的な動きと区別がつきにくいだろう。
剣を持てば強く振れるし、逃げ足も格段に速くなれるかも。
でも、やはりまだスペックが足りない。
俺は声を上げる。
「もう一声!」
仕方ない、とばかりにひかりちゃんが傍らに置いてあったモノを取り上げた。
「これ、貸してあげる」
「なに?」と俺が問うと、彼女は端的に「魔法鞄」と答えた。
俺は、今日、初めて歓喜の声をあげた。
「おお、なんでも収納できるっていうアレか!」
中身が異空間になってるおかげで、巨大なものを入れられるうえに、時間経過がないので、収納物が腐ることもないーーそういった異世界モノでお馴染みの必須アイテムだ。
ひかりちゃんは使用上の注意を補足する。
「かなりの量が入るけど、本来、異世界のものを持ち込むのは厳禁だから、ちょっとした小物程度にしてね。
あ、もちろん、その魔法鞄は帰ってきたら返してもらうわ」
「仕方ない。
そこいらで手を打ってやるか」
俺が腕を組んで胸を張ると、ひかりちゃんは頬を膨らます。
「ほんとに、感謝しなさいよ。
大サービスなんだからね!」




