◆2 お偉いさんの体面を保つためだけの、体裁を取り繕った、馬鹿げた依頼だな。ったく!
今回、俺、東堂正宗が、異世界に赴いてこなさなければならない仕事はーー。
舞台は、欧州の中近世的な異世界の王国。
そこで、禁止されているはずの奴隷売買が、大掛かりに行われようとしている。
だから、その現場を押さえて、奴隷を解放するーーという仕事らしい。
上司の星野ひかりが、転送装置に連動する操作パネルをいじりながら言った。
「今回の仕事は人道的なものといえるわね。
行き先は中近世的な異世界で、その王国では、ようやく奴隷制度が違法になったばかりなの。
王様も宰相も、権力中枢にいる人たちが先進的な人だったから、実現したんだって。
でも、隣の帝国ではいまだ奴隷制度が敷かれているから、国境付近では、水面下で奴隷を売り買いすることが後を絶たないのよ。
で、近々、大掛かりな奴隷売買が行われようとしていることを王国側が掴んだから、その現場を押さえて、奴隷になりそうな人々を解放してもらいたいって」
俺様は転送装置の筒の中に入ろうとする足を止め、首をかしげた。
「大義名分は綺麗なんだけど、なんか、今回の派遣依頼、地味だよな?
わざわざ異世界から、人材を派遣するほどのもんか?
本来、そういった仕事は、その国の警察にあたる組織ーー王国だったら、騎士団とか治安部隊とかの案件なんじゃねえの?」
ひかりは自分でメモった手帳に目を移す。
「たしかに。
今回のような奴隷売買の取り締まりとかは、騎士団の管轄みたい。
でも、貴族が少ない国なのよ。
騎士爵ですら数が限られてる。
だから手が回らないみたい」
なんだよ。
だったら、ますます人数合わせで呼ばれるようなもんじゃねえか。
前回の〈勇者を召喚して、魔王を討伐!〉に比べて、とんでもなくショボい。
「騎士団の管轄っていうんなら、俺様の役割はなんだ?
まさか、〈勇者様〉が奴隷解放するってのか?」
「違うわ。今度のマサムネくんは〈冒険者の一員〉になってもらうの。
そして、騎士団の手足として活躍するのよ」
「おいおい、ほんとにセコい依頼だな。
前回は〈救国の勇者様〉だったのに、今回は〈一介の冒険者〉かよ。
せめて騎士団に入るぐらいの手筈は整えてもらいたい気がするが」
「贅沢言わないの。
依頼は依頼だからね。しっかり、こなしてもらうわ。
その王国ーーバレッタ王国では、奴隷売買とかの犯罪捜査の責任は、騎士団の治安部隊にあるそうなんだけど、実際に現場で働くのは冒険者パーティーなのよ。
冒険者が騎士団から捜査依頼を受けるって形らしいわ」
「ふむ。つまり、江戸時代の町奉行みたいなシステムってわけか」
江戸時代、武士が圧倒的に少なかったから、捜査を担当する同心も少なく、十数名程度の人数で江戸全体の事件を扱った。
手が足りないので、〈目明かし〉とか〈岡っ引き〉と称される手下を多数雇い入れ、捜査したという。
岡っ引きが元犯罪者ばかりだったというから、冒険者に依頼してるだけマシってことか。
上司のひかりちゃんが言うにはーー。
少し前、王国騎士団の治安部隊が冒険者パーティーを動かし、国内の非合法組織に潜入捜査をした。
その結果、近々、大規模な奴隷売買が、隣のゴルティア帝国から出立した奴隷商人によって、王国内で行われることを掴んだ。
王国内で誘拐した多数の子女を、奴隷商人に下げ渡すらしい。
その現場を押さえたいーーとのことだ。
俺は腕を組んで、口をへの字に曲げる。
ちょっと詳しく依頼内容を聞いたが、やっぱり、腑に落ちない。
規模が小さな依頼なうえに、どうして異世界から、わざわざ俺様を召喚する必要があるのか、わからない。
「そこまで、わかってるんなら、やっぱり騎士団が直接、出張ればいいんじゃ?」
重ねて疑問を呈すると、ひかりは溜息混じりに答えた。
「そうは思うんだけどね。
なんだか、いろいろとうるさいらしいのよね。
身分のある騎士サマが、民間の犯罪者ーーそれも奴隷商人なんかの検挙に直接、手を出すのは、いかがなものかっていうのよ」
俺は少し腑に落ちた気分がした。
ああ、なるほどね。
そこらへんの身分による〈タテマエの意識〉ってのも、江戸の武士に似てるな。
そう思ってたら、横合いから白鳥雛が、俺に訊ねてきた。
「どうして?
騎士団なんでしょ?
悪いの、ガチで成敗しちゃえばいいじゃん!?」
俺は肩をすくめた。
「おそらく、奴隷売買は表向きに禁じられてるから、その存在自体を認めるわけにはいかないってんだろ」
ひかりが大きくうなずいた。
「その通り。
『王様のご威光により、すでに王都には奴隷売買は存在しない』
という建て前になっているからーー」
俺はすかさず言葉をかぶせた。
「じゃあ、奴隷売買の実行犯を捕まえることは、先送りってとこか?」
ひかりちゃんは首を横に振る。
「いえ。出来れば、捕まえたいって。
奴隷売買そのものをなくしたいのが本音だから」
うん。その本音はわかる。
だけど、問題なのは、タテマエとの整合性ってやつだろう。
「でも、〈奴隷売買は存在しない〉ってことになってるんだろ?
だったら、奴隷商人も存在しないってことになるんじゃ?」
「そう。だから、〈奴隷商人を捕縛すること〉は、表向きには目的とされてないの。
あくまで『奴隷になりそうだった、誘拐された子女たちを保護する過程において発生した〈余波〉』という扱いで、奴隷商人どもを捕らえて欲しいって。
それでね、〈いないはずの奴隷商人〉を検挙する主だった実行者が、王国人ではなく、外国の人ーー特に遠くの、王国との関係がない、異世界の人材だったら、なお都合が良い。
タテマエを崩すことなく、奴隷売買を阻止することができるって……」
はぁ〜〜。
説明を聞くだけで、面倒クセェ。
俺は全身が、ダルくなるのを感じた。
「お偉いさんの体面を保つためだけの、体裁を取り繕った、馬鹿げた依頼だな。ったく!」
俺が吐き捨てると、ひかりちゃんはしかめっ面をする。
態度だけで「仕事なんだから、文句を言わない!」と訴えていることがわかる。
「でも、本気よ。
たくさんの冒険者パーティーを動員して、奴隷売買の現場を押さえたいって。
当然、奴隷になりそうな市民も保護してもらいたいって。
だから、正宗くんには、異世界の〈冒険者〉の一人となってもらいたい。
そして、他の冒険者たちと組んで活躍して欲しいの」
俺様は溜息をついた。
仕事だってんなら、仕方ない。
ショボい案件だけど、こなしてみせよう。
でも、注文ぐらいはつけさせてもらう。
「悪いけど、俺様は人を選ぶぞ。
大事な背中を預ける人物ぐらい、現地で選ばせてくれるよな?」
俺の注文に、ひかりちゃんが答えてくれることはほとんどない。
今までのわずかな仕事経験だけで、そう感じられた。
案の定、ひかりちゃんは手を合わせて、軽くウインクした。
「ごめんね。それ無理。
正宗くんが加入してもらう冒険者パーティーはすでに決まってるの。
〈青い目旅団〉っていう名前のパーティーよ」
〈青い目旅団〉は王都でも有名な冒険者パーティーで、王国騎士団ともつながりが深く、奴隷商人の組織内に潜入したメンバーもいる。
今回の仕事内容である〈奴隷商人の摘発と捕縛〉を良く弁えた唯一の冒険者パーティーだという。
それを聞いて、俺はますます気が重くなった。
「やっぱ面倒くさいな。
俺様はソロの冒険者で良いのに……」
あらかじめ所属すべきパーティーまで指定されてるなんて、本当に一般的な派遣のお仕事のようではないか。
俺様に、文字通り、モブの冒険者をやれってか!?
俺が不満なのを察して、かえってひかりちゃんは威圧的な態度で胸を張る。
「仕方ないでしょ。
〈奴隷売買の阻止〉っていう仕事内容を、直接、表に出せない。
そのうえで、王国騎士団と連携しなきゃならないんだから。
異世界には異世界の事情があるの。
『郷に入れば郷に従え』っていうでしょ!?」
しかも、奴隷売買を阻止して、奴隷商人どもを捕らえても、その手柄を実行者である冒険者が得ることはない。
あらかじめ『街の治安を堅実に守り続けている王国騎士団』が得ることになっているそうだ。
冒険者たちが市民を保護している現場に、『たまたま通りかかったパトロール中の騎士団』が見咎めた結果、「奴隷商人」と自称する連中を牢獄まで連行することになったーーという手続きを経ることになっていた。
「はぁ〜〜、裏事情がありすぎる。神経使うわ」
俺は心底、うんざりした。




