◆56 あれ? 推しの〈王子様〉じゃなかったのかよ?
東京帰還、直後ーー。
白鳥雛は膨れっ面になって、ブスくれていた。
「めちゃ、散々だった。
ほんと、ロバートのヤツ(アレック)は、迷惑ばっかかけてくれちゃって!
マジ、勘弁!」
異世界から転移して戻ってくるや否や、シオらしさは失われ、ヒナはすっかりいつもの調子を取り戻していた。
「あれ? 推しの〈王子様〉じゃなかったのかよ?」
東堂正宗がからかっても、ヒナは憤然と言い返す。
「ウゼエ。黙れ! マジで知らねえ、あんなヤツ。
ワタシ、お姫様にスッゲェ奉仕してたのにさぁ。
そいつを無駄にしてくれちゃって。
そもそも、決闘に負けて死ぬようなオトコ、ダサくね!?
マジで、ワタシの王子サマなんかじゃない。
ゴミも同然!」
「ゴミって……」
ここで星野兄妹が、会話に割って入ってきて、仲裁する。
「ま、終わり良ければ、すべて良しってね。
一時はどうなることやらと思ったけど、結果オーライでした」
「シャンパン・タワーが、王国に根づいて良かったじゃない?」
お姫様の結婚式では、披露宴でシャンパン・タワーを作って締めることになったそうだ。
でも、星野兄妹のとりなしを受けても、ヒナはご機嫌斜めのままだった。
「そんなリア充な儀式でやるもんじゃないわよ、シャンコは。
ーーもう、どうでもいい。
久しぶりに日本に帰ってきたんだから、遊ぶぞぉ!
ねえ、ちょっと。今回の仕事で、お金が入ってるんでしょ?」
いきなりの話題切り替えに戸惑いながらも、ひかりは答える。
「うん。まだ半金だけど。事前金の分。
その半金のさらに半分が、ヒナさんのバイト料。
保険や部屋の経費なんかを引いて二十万円ほどーー」
「ヤバッ! マジ!?
だったら、そのお金、今スグ頂戴!
めっちゃ、助かる!」
そう叫んで、ひかりが手にした万札を乱暴に掻っ攫って、ヒナは立ち去る。
「異世界からの帰還早々、何処へ?」
疑問に思うひかりに、男二人組は嘆息しつつ応える。
「どうせ歌舞伎町だろ。
また、ホストに貢ぐんだよ」
「ほんと、懲りないねぇ」
星野新一は肩をすくめる。
そんな彼に、東堂正宗は真面目な顔つきで問いかける。
「それはそうと、ヒナのヤツには、どこまで釘を刺すんだ?」
「釘……?」
新一だけでなく、妹のひかりもキョトンとする。
正宗は大声をあげた。
「ナノマシンについて、だよ!
使用を制限しなくて良いのか?」
「制限ーー?」
ひかりが首をかしげる。
今ひとつ、なにを言いたいのか、ピンとこない。
一方の正宗は、まさに口角泡を飛ばす勢いで喋くり始めた。
「ナノマシンって、コッチの現実世界ーー東京でも使えるんだろ?
だったら、ヒナに対して、俺たちのプライバシーなんぞ、まったくない。丸裸だ。
ナノマシンってのは、宿主である俺たちのケガを修復したり、周囲の様子を録画したりできるってことは、わかってる。
けれど、その必要性の判断は、ナノマシンの方で勝手におこなってるだけだ。
でも、ヒナは違う。
ナノマシンに命令することができるんだぞ。
誰か他人の様子を窺え、ずっと監視しろってな。
それに、今回の派遣で、アイツはナノマシンに命じて、お姫様の指輪の中に潜り込ませることに成功していた。
ってことは、俺たちの身体の中にでも、ヒナのヤツはナノマシンを潜ませることができるってことなんだぞ。
好きに身体をいじられたらどうするんだ?
面白半分に、俺たちだけじゃなく、あらゆる人間の身体や脳味噌を〈変容〉できるんじゃないのか?」
そこまで詳しく訴えられて、星野兄妹はようやく正宗が懸念していることを理解した。
でも、彼らの反応は、正宗の予想に反して、ゆったりとしたものだった。
「たしかに、言われてみれば、そうね……」
「うん。考えてみたら、怖い話かも。
でも、大丈夫でしょう」
独りでうなずく新一に、正宗は喰ってかかった。
「なんで? なにが、大丈夫なんだよ!?」
新一は苦笑いを浮かべた。
「ヒナちゃんが、そこまでナノマシンを活用するとは思えないな。
派遣先の仕事でも、碌に使いこなしていなかった。
そもそも、正宗くんが言うような使用法を、ヒナちゃんが思いつくとも思えないんだよね」
ひかりも相槌を打つ。
「そうそう。私もそんなこと考えてなかったし、あのヒナさんだよ。
もし、そこまでナノマシンの利用法を考えつくんなら、今だってホストに貢ぐんじゃなくて、ナノマシンをホストの身体にねじ込んで、脳を支配して言いなりにしてるわよ」
落ち着いた様子の星野兄妹を見て、正宗は身構えた姿勢を崩して、ソファに沈み込んだ。
「ーーそうか。そうだよな。
そういうヤツだよな、アイツは……。
だったら、コッチの世界でナノマシンが使えることを極力意識させないようにしつつ、逆に異世界での使用を奨励しまくれば良いってかんじかな。
ヒナのヤツに、ナノマシンを使えるのは異世界のみ、あくまで仕事の時だけって錯覚させるとするか……」
大きく溜息を吐く正宗に、星野新一もソファに腰を下ろし、ヒソヒソと問いかける。
「ところで、ヒナさんが言ってたシャンコって?」
いつも通り、ニコニコ微笑む新一に、正宗はいささか拍子抜けしながら答えた。
「シャンパン・コールの略称だよ。ホスト用語ってヤツ」
東堂正宗は〈ホスト狂いyoutuber〉の動画をいくつか見たことがあるから、よく知っていた。
「はあ」
「これで『ワタシ、オトコを見る目は確かだからーー』ってのがなくなりゃ、ヒナのヤツも結構、使えるんだがな。まあ、なくなりゃしねえだろうけど」
星野兄妹は声を合わせて笑う。
「そうね。それがヒナさんだものね。
私もホストクラブに誘われたのよ」
「ひかりを接客するホストに同情するよ」
新一がからかうように、ひかりを見た。
ひかりは、笑顔で明るい声をあげた。
「今日は、みんなで飲みましょう!」
白鳥雛が無事、初仕事を終えたので、ひかりは祝杯を上げたい気分であった。




