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◆52 婚約者候補同士の決闘①

 一定の距離を取って向かい合うレオナルドとアレックは、それぞれに剣を抜いた。


 王国貴族とその子弟は、たとえ王宮内であろうと、帯刀を許されている。

 もっとも、本来なら奥の間だけは帯刀が禁じられていた(そもそもが王様以外、男子禁制の場だ)が、レオナルドはターニャ王女の黙認、アレックは王妃ドロレスの策謀によって、それぞれ剣を持ち込んでいた。


 彼らが構える剣は、刀身の幅が広い(ソード)片刃剣(サーベル)ではない。

 切先が鋭く(とが)った、細身の刺突剣(レイピア)であった。


 相手に向けて、まっすぐ剣先を向ける。

 そして、互いに剣を突き合うフェンシング・スタイルで戦う。

 とはいえ、フェンシングと異なり、片手を背中に回して遊ばせたりしない。

 もう片方の手で、護身用の武具を持つ。


 盾は使わない。

 護身用の短剣ーーマン・ゴーシュを持つ。


「どうだ。俺の短剣(マン・ゴーシュ)は。

 美しいだろ。おまけに強い。

 貴様ごときの剣など、易々(やすやす)と(から)め取ってくれるわ」


 アレックが左手に持つのは、鍛えた硬質の鉄で出来た短剣だ。

 さらには柄から刀身にかけて大きく湾曲している。

 すべて、相手の剣撃を受けて払うための仕様だ。


 利き腕である右手に刺突剣(レイピア)、左手には敵の攻撃を防ぐ護身用短剣(マン・ゴーシュ)を持って決闘に臨むーーそれがドミニク=スフォルト王国における決闘スタイルであった。


「貴様、余裕をかましているようだがーーいいのか?

 防御用の左短剣(マン・ゴーシュ)も無しで」


 (あざけ)るアレックに対し、レオナルドは悠然と(こた)える。


「残念ながら、私は君のように用意がよくなくてね。

 さすがに護身用の短剣は持って来ていない。

 だが、心配ご無用。私にはこれで充分だ」


 レオナルドは襟元から掛けていたボウタイを引き()り出し、左手に持つ。

 かなり厚みがありながらも、たった一枚の布切れで、身を守ろうというのだ。


「舐められたものだな。いくぞ!

 ハアーーッ!!」


「ハッ!」


 剣戟(けんげき)がぶつかる。

 が、二人の刀身同士が、ぶつかることはない。

 互いに相手の構えの隙を見つけ、剣先で突き刺そうとする戦いだ。

 突っ込んでくる剣先を、護身用の剣で払いつつ、距離を縮めていく。


 意外なことに、優勢なのはレオナルドの方だった。

 彼は護身用短剣を持っていない。

 だが、硬めの布地で出来たボウタイで、アレックの剣撃を巧みに払って接近していく。


 かたやアレックの方はレオナルドの剣先から身を(かわ)し、逃げ惑うばかりであった。

 護身用とはいっても左短剣(マン・ゴーシュ)を使いこなすのは難しい。

 特に、レオナルドほどに素早く、しかも威力のある刺突攻撃を払い切るには、長年の鍛錬に裏打ちされた高度な技術が必要だった。


「せっかくの護身用短剣(マン・ゴーシュ)も、君の手にかかると宝の持ち腐れのようだ」


「お、おのれッ!」


 アレックは闇雲に剣を突き立てるが、レオナルドは余裕で剣先を躱し続ける。

 レオナルドが愛玩するのは、人形だけではなかった。

 じつは子供の頃から、剣術の修行を欠かせたことはなかったのだ。


「そこだッ!」


 それまでもっぱら防御や牽制(けんせい)に使っていたボウタイを、初めて攻撃に使った。

 アレックの剣撃を払ったのち、ボウタイをアレックの右腕に絡めて動けなくして、即座に剣の(つか)で打つ。

 アレックの刺突剣(レイピア)を叩き落としたのだ。


「あッ!?」


 アレックは、苦痛に顔を醜く歪める。

 彼が手にするのは、もはや護身用の左短剣(マン・ゴーシュ)のみとなってしまった。


 だが、決闘はまだ続いている。

 アレックは、慌ててレオナルドから距離を取る。

 対するレオナルドは、完全にアレックの剣筋を読み切っており、圧倒していた。


「随分と気の利いた護身用短剣(マン・ゴーシュ)だが、使いこなせていない。

 王国貴族として、鍛錬が足りなかったようだな。

 遊び惚けて、身体がなまっているのではないか」


「ハア、ハア……貴様こそ、勝ち誇って、ゆとりをかましすぎだ」


「君のような我流と違って、私は剣術の師匠から〈剣の会話(フラーズ・ダルム)〉を叩き込まれているのでね」


「チッ!」


 スラっと直立するレオナルドに対して、身を低く構えるアレック。

 アレックの息は上がり、ゼエゼエと呼吸音荒く肩を上下させる。

 全身から、汗が噴き出ていた。


(ちくしょう!)


 アレックは、血走った目を怒らせた。


(ここで負ける訳にはいかない。

 どんな手を使ってでも、絶対に勝つ……!)


 荒い息を吐きながら、アレックは気力をふり絞った。

 ゴロツキ相手に腕をならしたつもりだったが、正攻法の剣術には、かないそうもなかった。

 しかも、街中でもないので障害物がないから、剣戟を正面から受け止めるしかない。

 こんなことなら、外に出るのに応じることなく、寝室内で喧嘩した方が勝算があった。


 だが、アレックは諦めない。

 ニヤリと笑い、いきなり短剣を捨てて丸腰になったかと思うと、両手の甲をレオナルドに向け、それぞれの指に嵌まった指輪を輝かせた。

 

「いい気になるなよ、公爵家のボンボンが!」

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