◆51 うるさい、黙れ! アレが、そんな女なはずがあるかッ!
ターニャ王女殿下が、紫に光る指輪を掲げた。
すると、〈魔法使いヒナ〉が、防御魔法とナノマシンの通信機能を封じ込めた指輪が発動し、空中に様々な映像が映し出された。
すべてはヒナの周囲で展開したことに限定されているが、東京にいる面々がモニターで観察するのと、ほぼ同じ映像が空中に映し出されたのである。
ヒナが騎士たちを自室に連れ込んで酒を酌み交わす様子や、居酒屋を「ナイトクラブ」と称する装飾に魔法で作り替えるさまや、侍女たちとグラスを重ねて飲んだくれたり、宝石商ロバートなる男にヒナが抱きつく様などが、次々と空中に浮かび上がる。
鮮明な画像が、全てを物語っていた。
ナノマシンが撮った映像を録画・再生したり、あまつさえ現地で映写することは、いまだ歴代の派遣バイトの、誰もがやったことのないことであった。
それほど、ターニャ姫がナノマシン機能を使いこなしていたのである。(むろん、ヒナの魅了魔法が掛かったナノマシンだったからだが)
アレックのみならず、レオナルドも口をあんぐりと開けて、映像を見上げるしかなかった。聞いたこともない、珍しい映像魔法に言葉も出ない。
ターニャ姫は、改めてアレックに向き直る。
「私は侍女長のクレアたちとともに、機会がある度に、ヒナ様の目と耳をお借りして、貴方の振る舞いを見続けていたのです。
ヒナさんの一見すると愚かしい振る舞いも、貴方の傲慢な態度も、数々の言葉とともにーーすべてをしっかりと見て、聞いてきたのです。
居酒屋でのグラスを重ねたタワーも、私の侍女たちがお酒を嗜むさまもーーそして、今夜、貴方がここに忍び込んでほくそ笑むさまも、みんな見ていたんだから!」
ターニャ王女殿下は、アレックを見下ろす。
「そう。ヒナさんは自ら囮になって、貴方の企みを炙り出してくださったのだわ!」
いきなり、ドアが開いた。
隣室から、侍女長クレアをはじめとしたサマンサ、スプリング、ローブ、イース、ナーラといった侍女集団が姿を現す。
その後ろには、大勢の騎士たちが剣を抜いて控えていた。
ナイトクラブをヒナと共にした、青髪の青年騎士が、低い声で言い渡す。
「アレック様。
貴方と王妃様からお金を貰って不正を働いていた騎士や騎士見習いを、すでに捕縛してあります。いずれ処罰されることでしょう」
侍女たちは口々に言い立てる。
「観念することね」
「貴方の恥ずかしい詐欺行為は、すでに露見しております」
「ヒナ様は自らのプライバシーを投げ打って、自らの目と耳をお貸しくださった。
のみならず、心にもない阿諛とお追従のセリフを貴方に投げかけ、見事に騙されている演技をなさってくださったのです」
暴露(?)を受けて、アレックのみならず、姫のために立ち上がったレオナルドまでもが、驚いて目を見開いた。
「大魔法使いヒナ・シラトリーーさすがは異世界の名だたる魔法使いなだけあって、用意周到な方ですね。感服いたしました」
レオナルドは笑顔をみせる。
ターニャ姫も朗らかに声を弾ませた。
「そうなの。
こんな形の護衛方法もあるんだと、目から鱗が落ちる思いでしたわ。
ヒナ様は面白くて思慮深く、そして、とても強い女性ーー」
「うるさい、黙れ!
アレが、そんな女なはずがあるかッ!」
アレックが剣を構えたまま、絶叫する。
そして、憎悪の眼で、侍女や騎士たちがいる周囲を睨み回す。
次いで、改めてターニャ姫とレオナルド公爵子息の二人を見据えた。
「ふん、笑っていられるのも今のうちだ。
特にレオナルド、おまえは今日死ぬんだ!」
レオナルドが静かに言った。
「それはどうかな?
死ぬのは貴様の方かもしれないぞ。
表へ出ろ!」
姫の寝室の窓から、庭に出る。
レオナルドは、騎士たちに言い放つ。
「手出し無用だ。僕自身が剣で決着をつける。
君たちは証人となってくれ」
そして、レオナルドはアレックに向き直る。
「君も王国貴族に連なる紳士ならば、剣で語り合おうじゃないか」
「ふん、望むところだ」
向かい合う二人は互いに剣を抜く。
月明かりの下、貴族子息二人による決闘が始まった。




