◆49 王女殿下の寝室にて
男爵家子息アレックは、ターニャ姫の寝室で待ち伏せする間も、喜びが胸に湧き起こるのを抑えきれなかった。
なにもかも自分の思うとおりにことが運んで、笑うしかない。
あのしつこい、バカな魔法使いも、やすやすと丸めこめた。
あとは、ターニャ姫をモノにするだけの仕事だ。
アレックが密かに喜びを噛みしめていると、廊下から足音が近づいてきた。
「いよいよだな」
アレックに緊張が走る。
が、ベッドの物陰から盗み見た光景に、衝撃が走った。
(な、なんだと!?)
ドアが静かに開けられて、入ってきたのはターニャ姫だけではなかった。
ライバルの男ーー公爵家のレオナルドを、王女は伴っていたのだ。
彼女たちは今まで、応接室の庭先で逢瀬を楽しんでいた。
姫様を送り届ける体裁で、レオナルドも王女の居室にまで付いてきたのだ。
ところが、本来、奥の間は王様以外、男子禁制である。
アレックの胸中に、驚きと怒りが同時に込み上げてきた。
ベッドの陰からいきなり立ち上がり、大声を張り上げた。
「なんだ、おまえら!
俺の知らないところで、すっかりデキてやがったのか!?」
声に怒りがこもる。
今の自分の立場もわすれて、怒鳴り声をあげた。
「この、ふしだらな女め!
王女だからって、図に乗るなよ!」
だが、王女の寝室で隠れ潜んでいた男に、文句を言われる筋合いはない。
ターニャ姫は、いきなりの侵入者に怯えることもなく、落ち着いた様子で半歩、退く。
そんな王女殿下を庇うように、レオナルドがアレックの眼前に立ちはだかった。
「貴様の方こそ、なぜターニャ王女殿下のお部屋に入り込んでいる?
無礼者め。こんな事をして、ただですむと思うなよ!」
公爵家のレオナルドも負けじと、大声をあげた。
二人の男ーー婚約者候補同士が、正面から睨みあう。
緊迫した空気を破ったのは、ターニャ姫だった。
「アレック様。貴方は私の部屋の鍵を、どうやって手に入れましたか」
「それはーーいや、鍵なんか、使っては……」
「やはり王妃様から得たのですね。
王宮付きの鍵職人から、内々に報されていたのです。
王妃様のご命令で合鍵を造らされた、と」
「だったら、なぜーー」
なぜ、鍵を変えなかったんだ?
ーーそう問おうとしたが、慌てて言葉を飲み込んだ。
そんな質問をしたら、王妃ドロレスから合鍵を手に入れたことを公言するようなものだ。
口を噤むアレックを正面から見据え、ターニャ王女は宣言した。
「アレック、私はレオナルド様を選びました。
もう、誰も私たちを引き離すことはできません。
このまま、あなたは立ち去って下さい。お願いします」
「そ、そうはいかないぞ。
レオナルドはーー単なる公爵家のボンボンだ。
実務経験もない、子供にすぎない」
「ほう。君は何の実務があると誇っているのかな。
まさか、宝石商と偽って、法律で禁じられている魔石を輸入することではあるまいな?
それに、その魔石を原料とした麻薬をばら撒いたのも実務のうちか?」
「き、貴様、どうしてそれを……!?」
「ドロレス王妃から譴責を受けた派閥にも、捜査能力はあるんだよ」
レオナルドの父親スフォルト公爵は、王妃ドロレスが台頭する以前には宰相を務めていた。
隣国デミアス公国の息がかかった者たちの動向を細かく探っていた。
ターニャ姫の父親サローニア三世王の指示であった。
「君たちはやりすぎた。
いくらドロレス王妃の後ろ盾があろうと、陛下と王女殿下を蔑ろにして国政を壟断する権利はない。
それに、ドロレス王妃とのふしだらな関係も、解消しておく方が身のためだと忠告しておこう」
アレックにとっては、突然の状況悪化であった。
アレックの美しい顔が、醜く歪む。
それでもーー。
「俺は、貴様みたいにボケヅラを晒している公爵家のボンボンとは違う。
自らの意志で、のし上がろうとしてるんだ。
なにもかもオンナにお膳立てしてもらって、甘えているようなヤツとはーー」
アレックはレオナルドを睨みつけながら、そう言い放った。
いささかブーメランな発言なわけだが、アレック本人は気づいてもいない。
ターニャ姫が静かに、そして教え諭すように、アレックに伝えた。
「貴方からみたら、そのようにみえるのかもしれません。
でも、私はレオナルド様の優しさと賢さが好きなのです。
彼は勇気と深い洞察力をお持ちです。
国を治めていくには必要なものです。
貴方の持っているものは、醜い野心と虚栄心だけです」
ターニャ姫の強い決意と意志を感じて、アレックはムキになった。
「仕方ない。だったら、ホンモノの力をみせてやるしかない」
アレックは剣を抜く。
「あ、貴方はーーこんな所で決闘しようというのですか!?」
王位継承権第一位の姫君の寝室である。
「なに、貴様さえいなくなれば、どうとでもなるさ。
貴様をこの場で殺しさえすれば、俺は英雄だ」




