◆47 悪役だって、当惑する
男爵家の次期当主アレック・フォン・タウンゼントは、口をあんぐりと開けたまま硬直していた。
今、目の前にいる、〈異世界からの魔法使い〉がなにを考えているのか、まるで見当がつかなかったからだ。
なにが起こったのか、まるでわからなかった。
わかっていることといえば、目の前にいる魔法使いの女が、いきなり態度を豹変させたこと。仁王立ちで怒り狂った状態から、目を輝かせて笑顔を振り向けてくるようにまで変身したことぐらいだ。
この魔法使いの女を見つけたのは、王都にある夜の居酒屋であった。
王国では稀有な〈魔法使い〉が、王女殿下の侍女たちを引き連れているのを見て、アレックは宝石商ロバート・ハンターと名乗って接近した。
そして、その魔法使いの女をうまく口車に乗せて、ターニャ王女殿下が不在の時を聞き出し、王女の寝室へと忍び込むことに成功した。
王女が自分と婚約してくれない、と知ったので、あとは強引に既成事実を作るしかない、と意気込んでいた。
が、王女の寝室へとやって来たのは、ターニャ王女ではなかった。
口車に乗せた、あの足りなそうな魔法使いの女だった。
彼女は、初めは、「騙したのね!」と怒り狂っていた。
ところが、しばらくすると、態度が一変。
今度は、自らが王に即位せんとする、アレックの野望を承知で、応援したい、と言う。
ついには、「ワタシをあなたの心のお姫様にしてッ!」と口走る始末である。
実際、アレックは内心、呻き声をあげていた。
(なんだ、これは……?
これだから、オンナは扱いが難しい。
ーーでも、好都合な変化といえるか……)
今は姫様の貞操を奪って、既成事実が作れるか否かの境目だ。
こんな異世界女の素っ頓狂な振る舞いに、構ってはいられない。
なにがなんだかわからないが、とっさに話を合わせることにした。
「わかった、わかった。
心だろうが身体だろうが、おまえをお姫様にしてやるよ。
その代わり、俺の言うことは聞けよ」
「はい。あなたは〈王子様〉で、ワタシは〈お姫様〉だものね!」
「おお。(なんだか、わからんが)そうゆうことだ」
「それで、ロバート。
ここで、なにをしているの?
王女の寝室だよ。ヤバくね!?」
「俺の名前はアレックだ。
ロバートは偽名。宝石商でもない」
「男爵家のアレックね。めっちゃ素敵!
だって貴族なんでしょ。
ワタシ、貴族の暮らしってしてみたかったのよね。マジで」
「ーーああ、うるさい!
時間がないんだ。
おまえと呑気に話している暇はない!」
「なんで? だからなにしてるの?」
「いいか、よく聞け。
俺はターニャ姫を待ち伏せしているんだ。
そして、既成事実をつくる。
分かるか? これが俺の作戦だ。
俺は王にのしあがるためなら、どんなことだってやってみせる!」
「うん。わかる。カッコいい。
やっぱ、オトコはこうでなくっちゃね!
ーーでも、姫様、好きな人がいるって言ってたけど。
それは、いいのかな……。
なんか、ヤバくね!?」
「どうせ、相手は公爵家のボンボンだろ。
アレはダメな奴だ。国王の器じゃない。
ターニャ王女殿下に相応しいのは、この俺だ。
絶対に、モノにしてやる!」
「ワイルドな男ね。惚れ直したわ。
ワタシ、〈オラ営〉、マジ、好きなの!」
「おらえい……?」
〈オラ営〉とは「オラオラ営業」の略称だ。
ホストが「オラオラ!」と威勢良く女性を引っ張り回すことで支持を集める営業方法のことーーつまり、昔風でいうと、イケイケタイプのホストのことである。(ちなみに、「オラ営」という言葉も、ちょっと古い。が、ヒナにとっては、死語ではなかったらしい。)
白鳥雛という〈ホスト狂い〉は、イケメンの男によって強引に振り回されるのが好みだった。
「ワタシ、あなたに協力する。なにをすればいいの?」
「ひとまず、今は、どこかへ立ち去ってくれ。
ーーそうだな、一時間後くらいにまた、この部屋に来てくれ。
そして、おまえからも、俺との関係をターニャ姫に後押ししてくれれば、あとは上手くいくさ」
「わかった。これもターニャ姫と、お国のため。
男はやっぱ、強引でワイルドじゃなきゃです。
強い男、好き。マジ、頑張って。ファイトッ!」




