◆46 〈姫〉はあくまで、推しの〈王子〉のために尽くすもの!
姫様の寝室で、ワタシ、魔法使いヒナにいきなり抱きつき、挙句、防御魔法で壁にまで吹っ飛ばされた男は、ロバート・ハンターであった。
ワタシが今現在、絶賛推し活中の、イケメン宝石商である。
ついさっきまで、ナイトクラブでの逢瀬を待ち侘びていた相手である。
今、ロバートは仮面を付けていない。
イケメン顔が露わになっていた。
端正で整った顔が赤くなっていて、すでにかなり酔いが回っているようだ。
今度は、ワタシが驚く番だった。
ロバートの顔を認めると、即座に走り寄って抱きついた。
「ヤバッ! 大丈夫?
もう、ロバートったら、ワタシとの約束、マジ忘れた?
ヒドくね!?」
いきなり胸板に顔を埋める女を見下ろし、男は額に青筋を立てた。
(なんだよ、なんでこのバカ女がここに?
……大切な時なのに、邪魔すんじゃねぇよ!)
そう思ったが、今はそんな口喧嘩をしている場合ではない。
男は女の身体を突き放し、シラを切った。
「なんだ、貴様は。私はロバート・ハンターではない。
男爵家の次期当主アレック・フォン・タウンゼントである。
貴様なぞ、知らぬ。早く出て行け!」
ロバートは、ワタシに冷たい視線を浴びせる。
一瞬、呆気に取られた。
が、すぐに正気を取り戻すと、ワタシは食い下がる。
ロバートに再度、抱きついた。
「めっちゃ腹立つ。なに嘘ついてんの。
あなたはロバート! 間違いない。顔も覚えてるし、声でもわかってる。
それに印貼付が、あんたがロバートだってこと、示してんだから。
わかる?
ワタシ、マジで、あなたに魔法をかけておいたの。言い逃れすんな。ダセェ!」
目前の男は化粧をして、服装も見慣れぬ貴族服を身につけている。
が、印貼付が、目の前の人物が、ロバート・ハンターであることを示していた。 男は苛立ちの声を上げた。
「なに、勝手なことしてるんだ。このバカ女!」
男の口調が、夜の店でのものに変わっていた。
だけど、ワタシの激おこぶりも負けてない。
さんざん店で待ちぼうけをくらった挙句、知らない扱いにされた。
これが怒らずにいられようか。
「バカはアンタでしょ!
マジで、なに言ってんの!?
ワタシたち、付き合ってるんじゃないの?
それなのに、ナニ!?
姫様の寝室でナニしようとしてんのよ!?
ヤバいじゃないのよ、この野蛮人!
ワタシを騙したの!?
マジでウゼェんですけどぉ!」
仁王立ちする女を見て、アレックは非難がましい目付きで叫んだ。
「騙したもなにも、俺は男爵家、お前は異世界の魔法使いだろう!
はじめから、お前なんか相手にするかよ。
俺はターニャ王女を狙っているんだ。
俺様が次期国王になるためにな。
お前なんか、なんだ!」
怒鳴り返されて、ようやくワタシの思考回路が動き始めた。
今頃になって、ロバートこそが男爵家子息のアレックで、ターニャ王女のもう一人の婚約者候補だったんだ、と理解した。
(ヤバッ! そうかーー。
ワタシに宝石商ロバートと名乗って近づいたのは、こうして姫様を寝室で待ち伏せするためだった!?
寝室で身を潜められるように、私から姫様のスケジュールを聞き出してーー。
それって、まじでキモくね!?)
顔を真っ赤にして睨みつけてくるロバートを見据えながら、ワタシは胸を手で押さえる。
(ーーでも、ここは深呼吸、深呼吸。
ヒナ、落ち着くのよ……)
残念ながら、白鳥雛のような〈ホス狂〉が、マジメに考え出すと、かえって碌なことにならなかったりする。
でも、ヒナ本人は、そうは思っていない。
一度、推すと決めたオトコに尽くすことこそ、正義だと信じている。
現に、落ち着きを取り戻したヒナは、思い直してしまった。
ワタシは見事に騙されたけど、これって素敵なことじゃないかしらーーと!
目の前のオトコは、自分が推すと決めた〈王子〉だ。
ホンモノのお姫様をゲットするために、貴族なのに平民と身分を偽ってまで、異世界人であるワタシに接近してツテ求めてきたーー気骨のある〈王子様〉なのだ。
ワタシったら、頭を撫でてもらうことばかり考えてたけど、ワタシが推してる〈王子様〉は、まだ野望を実現するための階段を登ってる最中なんだーー。
(そうね。気持ちは、めっちゃわかる。
ワタシには、なにもないものね。
貴族の世界の話だから……)
ヒナは考えた。
推しの男を理解しようと、必死で考えた。
そして悟った。
〈王子様〉が王様になろうと奮闘するってのは、まったく正しいーーと!
そのためには、どんな嘘も許されるはずだ、と!
実際、国のNo.1になるって、スケール大きいことだしぃ。
ホストクラブでTOPを取ろうって話の規模じゃないーー。
(思い出すのよ。ワタシはどんな世界に行っても、歌舞伎町の姫!
推しの王子様のために尽くす心意気を、忘れたりはしないわ!)
〈姫〉はあくまで、推しの〈王子〉のために尽くすもの!
魔法使いヒナは両手の拳を強く握り締め、覚悟を決めた。
「めっちゃ素敵。マジで、応援したい!
応援するから、ワタシをあなたの心のお姫様にしてッ!」




