◆45 待ちぼうけからの急展開
ワタシ、魔法使いヒナは、ロバートとの逢瀬を楽しもうと、ナイトクラブ『ブラックウルフ』で、酒を飲んで待機していた。
が、一向に、ロバートがやって来ない。
待ちぼうけを喰らっていた。
そこへ、ナイトクラブの店長が、ワタシに向かって、ヘコヘコしながら揉み手をする。
その隣では、厳つい顔をした大男が、頭を下げていた。
元は髭面をしていた、魔石売人の元締めである。
今では、ワタシの魅了魔法で、ワタシの虜である。
「ヒナ様。今後は、俺も店長と手を組んで、このナイトクラブを起点に、商売を広げようかと思っておりましてーー」
「よかったじゃない。応援するわ」
相変わらず自分の指先の爪を確認しながらの生返事だったが、もう頬は膨らんでいない。
ワタシの機嫌がいくらかマシになったように、見受けられたのだろう。
男たちは一様にホッとした表情をしていた。
そこで、意を決したように、元売人が進み出て、ワタシに懇願してきた。
「つきましてはヒナ様ーーまた、魔法でグラスというヤツを出して欲しいんですけど……」
王国にもガラス職人はいる。
だけど、ワタシが魔法で作り出したシャンパン・グラスほど、透明度が高く、それでいて強度の高いグラスを造る技術はなかったようだ。
次いで、元売人を押しのけるようにして、店長が滑り出てくる。
「グラスがダメでしたら、せめて、あのミラーボールというやつでも……」
ここでは電気が通ってないから、ミラーボールは無用の長物と化したインテリアだと思っていた。
が、蝋燭や篝火の鈍い光を乱反射して、銀色に輝くだけでも、物珍しいようだった。
「ほんと、まじウゼェ。
それどころじゃないんだからね、ワタシは。
忙しいんだから!」
ワタシは腹いせとばかりに、いきなり魔法を使った。
洗浄魔法で、水がバシャっと洪水のように空中から噴き出す。
瞬時に消されたが、一瞬でも店内全域が水浸しになるのは、店員や楽団員、さらには酔客を驚かすには充分だった。
店長と元売人たちは、這いつくばって謝り倒してきた。
「こ、これはご無礼を。
どうか、お怒りを鎮め、魔法の使用をお控えください」
「す、すいませんでした!」
「ふん!」
不貞腐れるワタシを見て、これはオトコに振られたな、と失礼にも察したのだろう。
店長は懇願する姿勢から、ヨイショする態度に変更した。
ワタシに身を寄せ、再び揉み手をしながら囁きかける。
「それにしても、ヒナ様。素晴らしいですよ。
シャンパン・タワー!
これからはウチの名物にします。
お金にもなりますし、お客様も大喜び。
ものすごく、盛り上がります!」
「それは、よかったわ」
「これは、アイデア料ということで……」
店長はワタシの手を取って、金貨を十枚ほど握らせる。
「今後とも、よろしくお願いしますよ」
金貨十枚をもらって、ワタシの機嫌はだいぶ良くなった。
ワタシは椅子から立ち上がって、胸を張った。
「ワタシ、待ちぼうけを喰らったからって、いつまでもいじけたりしない!
メンタルつよつよなんだから!
激おこ、プンプンだよ、マジで!
もう、こうなったら、こっちから出向いてやる。ロバートの所へ。
印貼付魔法の効果を見せてやるわ。
音が鳴る方へ、ワタシを連れて行って!」
思い立ったが吉日。善は急げだ。
ワタシは勢い良くナイトクラブの玄関扉を開け放すと、杖を振り、魔法に身を任せ、空高く飛んだ。
店長や元売人をはじめ、客や往来の人々は、一様に顔を強張らせていた。
魔法を使える者自体が珍しいから、驚きもひとしおらしい。
ワタシ自身はというと、地球にいるときは魔法なんか一切使えなかったのに、まるで驚きがない。
それよりも今は、ロバートに対する悶々(もんもん)と昂る気持ちを抑え込むのに、必死だった。
◇◇◇
魔法で高速飛行をした結果、ワタシが辿り着いた場所は、ターニャ姫の住まいーー王宮の奥の間〈奥屋敷〉であった。
(マジ? どうして奥屋敷に、まだロバートがいるわけ!?)
奥の間にいるのは、姫様と婚約候補の男爵家子息だけなはず……。
それなのに、ワタシの脳裏に浮かび上がる印貼付は、ターニャ王女殿下の自室ーーそれも寝室を示していた。
疑念が頭にもたげつつも、ワタシは空中から門内に舞い降りる。
そして、なぜか門番役の騎士たちも見当たらないので、そのまま印貼付魔法の導きに従って、邸内へと進んでいく。
(めっちゃ、おかしい。
なぜロバートが、ターニャ姫の寝室にいるの?
このマーキング魔法の効果、狂ってるんじゃね!?)
訝しく思いながらも、姫様の部屋へと入っていく。
一応、鍵は閉まっているが、そんな程度の障壁など、大魔法使いである今のワタシには、易々(やすやす)と突破できるはず。
魔法を使う前に、試しに取手を握って引いてみたら、扉はあっさり開いた。
(ちょっと、王女殿下の居室だっていうのに、不用心じゃね!?
ーーあ、そりゃそうか。
鍵開いてないと、ロバートたちも、サプライズを仕込めないかぁ)
部屋には、誰もいない。
灯りだけが、むなしく輝いている。
侍女たちは出払っているはずだから、人気がなくても不思議はない。
だけど、部屋の主であるターニャ王女殿下まで、いないようだけど?
ワタシは部屋の奥まで進んで、恐る恐る寝室のドアをノックした。
寝室からは、何の返答もない。
ためらいながら、ドアを開けると、いきなり何者かに抱きつかれた。
キャアッ!
驚いて叫ぶと、自動的に〈自己防衛〉と〈攻撃反射〉の魔法が発動した。
「ガアッ!」
物凄い勢いで、ワタシに抱きついてきた何者かが吹っ飛び、全身を壁に打ちつけた。
「痛てぇ……魔法かなにか?
さすがは王族。組み敷くのも、一苦労だ」
謎の男は呻きつつも、ベルト脇のポーチから瓶を取り出し、液体をゴクゴクと飲み干す。
回復ポーションだ。
やがて効果があらわれたようで、その者の全身が青く光ったかと思うと、ゆっくりと立ち上がった。
魔法で吹っ飛ばされた者は、ワタシを見ると、驚いた顔をした。
「姫様ーーではない……?
貴様ーー魔法使いか!?」
ワタシにいきなり抱きつき、壁まで吹っ飛ばされた者ーー姫様の寝室で待ち構えていた男は、ロバート・ハンターであった。




