表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
115/290

◆43 それぞれの夜

 ヒナがお茶の席で侍女たちに〈お姫様へのサプライズ〉を提案したのは、婚約の儀が予定されている日まで、あと一週間という夜だった。


 その夜、ターニャ王女殿下は、久しぶりに婚約絡みの仕事から解放されていた。

 異世界から魔法使いヒナが召喚されてから、ちょうど一週間が過ぎた頃でもあった。


 本来護衛役であるはずのヒナは連日連夜、夜の街に繰り出している。

 その夜も、ヒナはスプリング、ローブ、ナーラの侍女三人組を引き連れていくはずだから、王女殿下の周りは幾分、物寂しくなる予定だった。


 が、逆に、彼女にとっては、都合が良かった。

 ターニャも連日連夜、自室から出て、応接室で男性と歓談して過ごしていたからだ。

 逢瀬のお相手は、正式に婚約者として発表されるのを一週間後に控えた、公爵家子息レオナルド・フォン・スフォルトである。

 彼と庭先に出て、果実酒を(たしな)みながら星空を見上げるのが、彼女の楽しみとなっていた。


 ターニャ姫と公爵家の子息レオナルドは、お互いに好意を抱き合っていたことがわかると、今まで以上に親密になった。

 二人は、今夜も人知れず密会していた。

 隣室で控える侍女長クレアと補佐のサマンサは、委細を承知して邪魔をしない。

(ちなみに、連日連夜、ヒナが夜の店に繰り出して、侍女たちを姫様から遠ざけようとするのは、姫様とレオナルド様との逢瀬を邪魔しないよう気遣ってのこと、とクレアは勘違いしていた)


 大きな樹木の下で、高貴な若い男女が、並んで座りながら語らう。


「レオナルド様、私、今月の二十日で十八歳になりますの」


「そうでしたね。五月二十日。存じております。

 あと七日ーー正式に婚約が発表される日ですね」


「そうよ。

 でも、公的なパーティーではなくて、貴方と二人だけでお祝いしたいのですが、よろしい? 前夜にでも、お時間を頂けないかしら」


「もちろんですとも。

 その時には、僕の方から求婚させてください。二人きりのときに」


「嬉しい。こんな日が来るなんて!

 ほんと、ヒナさんのおかげだわ」


 ターニャはレオナルドに抱きついた。


「ヒナ様はとても良い方で、私にいろいろとアドバイスをくださいました。

 今、こうしてレオナルド様と親しくなれたのも、ヒナ様のお言葉に従ったからです。

 自分の気持ちを大切にして行動しなさい、と教えてくれました」


 レオナルドも、ターニャの細い身体を力一杯抱き締める。


「本当にそうですね。

 自分を動かすものは、自分の気持ちーー心ですから。

 無理に心をごまかすことはできません。

 ーーヒナさん、良い方ですね。

 僕からもお礼を申し上げたいです」


 二人は時の経つのも忘れて、いつまでも互いの思いを打ちあけあった。

 その話は、明るい未来についてのことがほとんどだった。


 だから、二人は足元に危機が迫っていることに、まったく気付いてはいなかった。


◇◇◇

 一方、同時刻ーー。


 男爵家子息のアレックは、王妃ドロレスの私室で密会をしていた。

 彼にとって、今宵(こよい)は出陣の日である。

 酒を満たした杯を手に、武者震いする。


 そんな若い男のうなじに、色香を漂わせた熟女がそっと指で触れる。

「このままでは、あの小娘が公爵家のボンボンとデキてしまうわよ。

 いつまでも黙っている貴方ではないのでしょう?」


「もちろん。一発逆転を狙ってるさ。

 そのために精をつけに来たんだ」


 テーブルには、豪華な料理が並べられていた。

 子牛の赤ワイン煮と、野菜の付け合わせ。

 牛の骨で取った、肉と野菜のスープ。

 パンと白ワインーー。 どれも王国では珍しい豪華な料理で、アレックの好物だ。

 ほどよく煮込まれた柔らかな赤肉が、たっぷりとお皿に盛り付けられている。

 赤ワインとバターの香りがして、肉汁が舌になめらかに広がる。


 アレックは杯を乱暴に置いてから肉の塊を口に頬張ると、満足そうに舌鼓を打つ。

 そして、唇をベロリと舌で舐めた。


「今宵、決着をつけてやる。

 ターニャ姫が婚約相手として発表するのは、俺の名前になるだろうよ」


 アレックは傲然と言い放ち、鼻息を荒くする。


「まあ、頼もしいこと。

 ーーはい。これ、あの娘の部屋の鍵だから。

 奥の寝室用の鍵もあるわよ」


 王妃ドロレスは、アレックに鍵を差し出しつつ、含み笑いをした。

 そして、自ら(さかずき)琥珀酒(こはくしゅ)を注ぐと、一気に飲み干す。

 白い頬が、ほんのりと薄紅色に染まった。


 王妃のほっそりとした白い指には、艶のある大きな赤いルビーの指輪が()められていた。

 王妃はルビーの指輪を、うっとりと眺めている。 テーブル上の燭台にある蝋燭(ろうそく)の光に反射して、ルビーは(きら)めいていた。

 濃い(あか)色が、血のように見える。情熱の色だ。


「私が欲しいわ。この指輪。

 あんな小娘に似合わない」


「いや、駄目だ。

 それはターニャ姫に、婚約指輪として渡すのだから。

 行為の後に、だがな」


 アレックは王妃の指からルビーの指輪を抜き取って小箱に入れると、無造作に上着のポッケに仕舞い込む。

 ドロレスは指輪の行方を名残惜しそうに眺める。


「もったいないわね。私のほうがつける価値があるのに」


「ドロレス様、貴女はたくさん持っておられるでしょうに」


「女はね、幾つ宝石があっても困らないし、嬉しいものよ。

 特に男から贈られるものは、特別なの」


「貴女様には、いつも特別なものを与えているではありませんか」


 そう言うと、アレックは王妃ドロレスの手をテーブル越しに掴んだ。


「もう、アレックたら!」


 若い男と熟女ーー親子ほども年差のある二人は、互いに見つめ合う。

 利害の一致が、年齢の壁を易々と超えさせていた。


「今宵の料理は美味いぞ!」


 アレックは叫んだ。

 両眼を欲望の色で染めて、怪しく輝かせながら。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ