◆40 貴族令嬢たちとのお茶会
ドミニク=スフォルト王国で、唯一血統を継ぐターニャ・テラ・ドミニク・ランブルト王女殿下が、婚約者を決定した。
このニュースが、王国内外に伝えられた。
その途端ーー。
王宮で働く人々の流れが、大きく変わってしまった。
婚約を祝した大勢の来訪者が、ターニャ王女との面会を求めて殺到したのだ。
無論、これからの政局を睨んでのことである。
ターニャ王女殿下は、普段から王宮を住まいとしていた。
が、王宮とはいっても、政務を司る部署が集中する政庁とは違い、門番が立つ廊下の奥ーー通称「奥屋敷」で居住している。
本来なら、家族である父王、義理の母である王妃ドロレスも同じ「奥屋敷」で生活するものだが、王妃は政務で忙しいという口実で政庁内で寝泊まりし、父王も政庁に程近い離れの邸宅で幽閉状態にされていた。
だから、いつもはターニャ姫は侍女たちに取り囲まれながらも、家族にはほとんど会うこともなく、独りぼっちで生活していた。
ところが、彼女が婚約者をレオナルド・フォン・スフォルトに決めてからというもの、奥屋敷は一気に慌ただしくなった。
初めのうちは、「他の婚約候補者についても検討すべきだ」とか「最低、候補者全員と面会ぐらいすべきだ」と、性急な婚約相手決定に翻意を促す役人の来訪が相次いだ。
が、やがては婚約決定を祝う父王の使者や、貴族や外国使節が押し寄せてきて、結果として、レオナルドとの婚約は決定事項となっていった。
さらに、今までドロレス王妃に冷遇されてきた貴族や商人たちが、王女殿下の婚約内定を口実に接触してきた。
普段、ターニャは自領経営に関すること以外では表舞台に立つことがなかったから、来訪者は顔を覚えてもらうために必死になっていた。
あたかも王宮の政庁が、表の間から、ターニャ姫が住まう奥屋敷へと移動してしまったかのようだった。
おかげで、ターニャ姫付きの侍女たちは、一気に多忙となった。
面会者の選別や準備だけではなく、来る婚約の儀式のための手配や、相手のスフォルト公爵家との遣り取り、王国臣民に向けての広報、これから表の政庁で活動するための場所や人材の確保など、やるべきことはたくさんあった。
そんな、多忙を極める奥屋敷において。
ある五月の昼過ぎーー。
「みなさま、ごくろうさま。休憩に入りましょう」
侍女長クレアの宣言で、侍女たちが動きを止める。
婚約の儀の招待状の宛名書きを終わらせて、ようやく一息ついた頃合いだった。
王女殿下がいないテーブルで、ワタシ、魔法使いヒナを含め、侍女たち女性陣が、紅茶を嗜みながら、雑談に花を咲かせる。
みなが喜色満面の中、独りワタシだけが頬を膨らましていた。
「それにしても、マジで、姫様、勿体無いと思いません?
レオナルド様は、たしかにイケメンですよ。
でも、ヤバくね!?
趣味が、人形愛玩じゃあ……。
だからさ、他の候補者にも、お会いになれば良いんじゃ?」
そんなワタシの私的な意見は、即座にみなに否定された。
「いいんですよ。レオナルド様で」
「ええ。長い付き合いですもの」
「学園で在学中も、仲がおよろしかったわ」
貴族の淑女たちの顔には、自然と笑顔が浮かんでいた。
忙しくはなったが、自分がお仕えする王女殿下が、いよいよ日の目を見ることが出来て嬉しかったのだ。
「でもーー」
ワタシは口籠る。
さすがに鈍いワタシでも、宝石商ロバートが「深い関係」にあるという婚約者候補はレオナルドのことではなく、もう一人の候補である男爵家のアレックだ、と察しがついていた(もちろん、アレックこそが宝石商ロバート・ハンターの正体だとは、気づいてはいない)。
だから、この期に及んでも、ワタシはアレック推しを諦めていなかった。
(姫は、王子様の野望に貢献するもの。
ーーうん!
ターニャ姫様の身体が空く日は、もうロバートに伝えているしぃ。
だから、あとはサプライズ次第ってわけじゃね?
よしっ。ロバート、ガンバ!)
ワタシは、あえて積極的に歓談の輪に加わった。
「それで婚約の儀のとき、姫様はどんなドレスをお召しになるの?」
話題を、貴族ファッションに移していく。
ワタシの誘い水に乗って、貴族子女の侍女たちが口々に語り始める。
「スプリング、貴女が服飾の係でしょ。当然、ご存知ですわね?」
「それは、当日のお楽しみにしていて下さい。フフ……。」
「それもそうね。だけど、身につける宝石はダイヤモンドね、きっと」
「でも、姫様はルビーがお好きよ。赤くて綺麗っておっしゃっていた」
ワタシは思わずテーブルから身を乗り出す。
そう、これ、これ!
身につける宝石の話で盛り上がるの、ザッツお貴族様って感じでサイコー!
一度はやってみたかった会話なのよ。
「ワタシもルビー、めっちゃ好き! ダイヤモンドも。
ワタシの王子様が、今度プレゼントしてくれるって。
どんな宝石かな? マジで、スゲェ楽しみ!」
自分の恋バナに話を振ったワタシを、みなは生暖かい目で見守ってくれていた。




