◆11 ようこそ、株式会社東京異世界派遣へ!
いい大人なのに、玄関先で喧嘩騒ぎをしてもらっては困る。
星野兄妹は、争う男女二人を促し、玄関をあがってもらう。
すぐさま、応接室に案内した。
兄の星野新一が、お茶の用意をしている。
その間に、妹である私、星野ひかりは、二人に、ソファに座ってもらう。
二人の男女は、不安げな目で、招き入れた私たち兄妹の様子を見つめている。
「私の名前は、星野ひかり。
こちらは、兄の新一です。
兄妹で会社を運営してます」
私は居住まいを正し、自己紹介をした。
社屋は古びた木造建築だけど、一応、わが社は株式会社である。
ソファに座る男女が、次々に返答する。
「俺の名前は、東堂正宗。
宇宙レベルで、出来る男です。よろしく!」
「ワタシ、白鳥雛っていうの。
こんなヤバいオトコより、採用して損はないと思うけどぉ」
そして再び、求職者二人が、互いに睨みあう。
「ふう……」
私の口から、思わず吐息が漏れた。
(この二人、どっちもどっちなんだよねー。
なんで、こんな人たちばっかり……)
兄の新一が、湯呑みをお盆に載せてもってきた。
「どうぞ、お茶です。リラックスして」
そんな二人を前に、私がコホンと一つ咳払いをした。
「ご安心を。私たち人材派遣会社は、生活苦の方を応援しております」
まったくの綺麗事だが、綺麗事も言えないような社会よりは、マシだと思う。
私は真面目に、そう思っている。
だが、やや上から目線な発言に、同性である女性の方が、不満そうな声をあげた。
「なぜ募集人員が、たった一名なんですかぁ?」
私はニッコリと微笑み、端的に説明した。
「住み込みのために空いている部屋が、一つしかないからです」
すると、再び彼らは互いに睨み合い、次いでほぼ同時に、私の方に視線を向ける。
「だったら、絶対、優秀な、この俺様を採用すべきだ!」
「マジ、なにいってんの!?
オレサマなんてのが、優秀なわけねぇし。
アンタ、マジでイカれちゃってる系?」
「ばか、おまえよりか、ぜってーデキる男だ!」
(ふう……)
私は二人の罵り合いを観察しながら、頬に手を当てた。
これじゃあ、落ち着いて面接が出来ない。
とりあえずは、解決策を提示しておこう……。
「慌てないで。
もともとの求人は一人ですけど、お二方を同時に雇用することは可能です。
なぜなら、片方の人材が派遣されている間、もう一方が、その部屋に住み込んでいればよいわけですから。
つまり、部屋の共有は可能、ということです」
「え?」
今度は、男の方が身を乗り出す。
「派遣先で、泊まり込みがあったりするのか?」
たしかに、通常の派遣仕事は、一日で終了する。
日雇い同然の仕事依頼が多いのが現状だ。
もっとも、それは「通常の」派遣業務である場合だったりする。
だから、私はわざとゆっくりとした口調で答えた。
「ええ。わが社の住み込み従業員は、通常の派遣会社とは、まったく異なった場所へと派遣されます」
男は隣の女と顔を見合わせてから、問いを重ねる。
「どこへ?」
「依頼により、様々です」
私は相手の目をじっと見ながら、受け応える。
「とりあえず言っておけば、日本国内の企業や家庭ではありません」
「いきなり、海外勤務?」
男が驚いた声をあげると、隣で女性が慌て始めた。
「え。ヤバッ! ワタシ、英語、出来ないんですけどぉ!」
ま、よくある反応よね。
私は、ふふふと笑みを浮かべた。
「構いませんよ。
派遣先は、英語圏でないばかりか、そもそも外国じゃないんで。
言語については、問題ありません」
再び顔を見合わせる求職者たち。
そんな彼らに、兄の新一が後ろから近づいて来て、
「パンパカパーン!」
と間抜けな声をあげてから、手にしたクラッカーでパンッ! と派手に音を鳴らした。
「ここで朗報!
住み込み従業員登録の方には、豪華な特典!」
いきなり発せられた音にビビって振り返る二人に、兄は両手を広げて高らかに宣言した。
「派遣先は異世界です!
めくるめく冒険をお楽しみいただけます。
しかも、お金まで貰える。
なんてお得なんでしょう!」




