◆37 ドミニク=スフォルト王国初の……?
ワタシ、魔法使いヒナの両肩を鷲掴みにして迫る男に対して、ワタシは、何十本も並べられたボトルを指し示して、お願いした。
「貴方なら、ここに揃えたボトル、一気に開けること出来ますわよね?」
店主が息を飲む。
店で消費する一ヶ月分の酒量を、一度に購入することを意味する。
ロバートは頬を引き攣らせながらも、胸に手を当て、うやうやしくお辞儀をする。
「ええ。ヒナ様のご命令とあらば。
いいですよ。
だけど、そんなに沢山のお酒、飲めるんですか?」
「飲めるわよ! みんなでね」
「フッ。異世界から来た魔法使いさんの考えることには、ついていけないな」
「マジで、ヤバいんだから。
騙されたと思って、見てなさいって。
コッチの世界にはグラスがないから、ワタシが創造しないとーーええっと、取っ手の部分が細くて、グラスが円錐形の……そうそう、そういうワイン・グラスを何十個も!」
では。
杖を一振り!
魔法使いヒナの大魔法が展開した。
夥しい数のワイングラスが中空から出現し、次々と折り重なって立てられていく。
グラスを何段も重ねて、シャンパン・タワーが出来上がっていく。
みなが呆然とした表情で見守る中、ワタシは明るい声をあげた。
「ほら、そこのイケメンなウエイターさん」
「い、いけめん……?」
「さあ、店の人!
みなでこのグラスに、こうしてボトルからお酒を注ぐのよ!」
ドボドボ……。
店長の指示で、バーテンや店員が大勢で、ピラミッドのように組み上げられたグラスに、アルコールを注いでいく。
ワタシはロバートの傍らに駆け寄り、彼の手を取った。
「おめでとうございます。
ドミニク=スフォルト王国初のシャンパンタワーを打ち立てたのは、仮面の宝石商ロバート・ハンター様です。
みなさん、拍手!」
ワタシが率先して拍手すると、従者同然の騎士たちのほか、店内にいた多くの客たちが追随して拍手し始める。
シャンパングラスを何段にも重ねた前例など、この国にはもちろんなかった。
でも、どこであろうと、シャンパンタワーを築くには、何本もの高級シャンパン|(お酒)を必要とする。
ワタシはこの仮面の貴公子から、金の匂いを嗅ぎ取っていた。
宝石商を営んでいるという自称を信じ、彼をお金持ちと見越して、誘いかけたのだ。
「ほら、みんな、手を叩いて!」
パン、パン、パン!
拍手から、一定のリズムをとったお囃子へと変貌する。
調子に合わせて、タワー状に積まれたシャンパン・グラスに、お酒がドボドボと注がれていく。
「ああ、お酒が無駄に……」
「そこが良いんじゃない!」
オロオロする店長を、ワタシは一喝する。
ロバートには、お酒の瓶ごと手渡した。
「さあ、あんたも男なら、一気に呑みな!
イッキ、イッキ!」
ロバート・ハンターは一瞬、面喰らった。
が、もとより、酒に酔っていたからだろう。
大きく深呼吸をすると、酒瓶を受け取って仮面を取った。
鋭く光る紅い瞳に、彫りが深く、整った美顔が露出する。
そんな彼の素顔を覗き込んだとたん、自然にワタシの頬が熱ってきた。
(ヤバッ! マジで、これほどとは。
どストライクじゃね!?)
ロバート・ハンターこと、男爵家子息アレック・フォン・タウンゼントは、もろにヒナが好む、渋いオラ系ホスト顔だった。
さらに、彼の振る舞いも、ヒナ好みの〈男らしい〉ものだった。
酒瓶のイッキ飲みだけではなく、彼はタワーのグラスを上から取って、何杯も一気にガンガン呑みまくっている。
そんなこと、ホストだって、やらないよ。
「ヤバい、ヤバい! めっちゃ素敵!
あなた、有名ホストになる素質があるわ!
このまま歌舞伎町に連れて行きたい!」
ワタシ、魔法使いヒナは、彼に思い切り抱きついて、胸を押しつける。
ロバートことアレック男爵家子息は、当惑顔で応える。
「ほすと? ーーなんだかわからないが、ありがとう」
そして、いかにも太っ腹な男らしく、周囲に向けて、声を張り上げる。
「さあ、みなさんもご一緒に!」
「うわー! ヤバいよ、ほんと。
よくわかってるじゃないの!」
ワタシは歓声をあげた。
他の席にいるお客さんにも声をかけて、巻き込んでこそのシャンパン・タワーである。
教えもしないのに、歌舞伎町のマナーを察するとは。
なんて見どころのある男なんだろうーーそう思って、ワタシは歓喜に身を震わせた。
「ええ、どうぞ、どうぞ!
みんなで楽しく盛り上げるってのが、シャンパンタワーの流儀なんだから!
ヒナからロバートへ。愛をこめて、乾杯!」
ワタシは勢いついでに、ロバートの頬にキスをする。
嫌そうな顔一つせず、彼も明るく応じてくれた。
「じゃあ、俺からも!」
ロバートがグラスを飲み干した後に、ワタシの頬にキスをする。
イケメンからのキスなんて、久しぶり。
ワタシは身も心も舞い上がってしまった。
(マジで、オキニだわ。
もう離したくない。ロバートはワタシのもの!
魔法で、いつでも彼の居場所がわかるように、マーキングしなきゃ!)
ワタシはロバートに〈印貼付〉の魔法をかけた。
〈印貼付〉とは、特定の人物や動物が、どこにいても、術者に居場所がわかるようになる力らしい。
(ふふふ……これでロバートは、ワタシのもの。
こんな魔法があったら、歌舞伎町でも使えて、便利なのになぁ)
ロバートは自身に魔法をかけられたとも知らず、上機嫌でグラスを何杯もあおっている。
しかし、彼はただ単に酒を飲みに来たわけではない。
王女付き護衛官たる魔法使いヒナに、伝える要件があった。
やがて、頃合いだとみると、彼は目的のために動き出した。




