◆28 こ……これほどの大魔法ーー見たことがございません!
ワタシ、魔法使いヒナは、夜の酒場で、生活系魔法を盛大に展開した。
壁や床に染み付いた汚れを〈洗浄〉魔法で一気に流し尽くし、〈清掃〉魔法でピカピカにしたのだ。
さらには〈装飾創造付加〉で壁紙を貼り、床の材質を一気に木製から大理石に変貌させた。
結果、目まぐるしく、室内の様子が変わっていく。
鮮やかな色彩が、万華鏡のように空中に浮かんでは、消えていく。
「な、なんだ!?」
「何事だ!」
「どうしたんだ、いったい!?
俺はまだ酔ってないはずなのにーー」
客席では、人々が慌てふためいていた。
薄暗い居酒屋が、突然、モダンなナイトクラブの内装に変貌したのである。
驚くのを通り越して、呆れるのも当然であった。
でも、歌舞伎町のホスクラに通い詰めるワタシ、白鳥雛には、変貌した店の雰囲気こそ、見慣れた風景だった。
「ふん、まあ、こんな感じ?
ちょっと、コッチの世界じゃ、派手かもだけどぉ。
かなりシックにまとめてみたんだから、我慢してね」
バーテンダーが慌てふためいて奥に駆け込み、報告を受けた店長が飛んで来た。
この店は貴族御用達の居酒屋ではあったが、女性がーーしかも第一王女付きの侍女たちが、夜遅くにやって来るような店ではなかったから、当然だ。
やって来るなり、小太りの店長は、あまりに変貌した店内の様子を見回して、大声をあげた。
「こ……これほどの大魔法ーー見たことがございません!
あんなに小汚かった店が、まるで真新しいおしゃれなお店に早変わり!
なんということでしょう!?」
お店の内装のみならず、店に居合わせたお客さんや、従業員の服装まで、すっかり、ワタシ好みに変えてしまっていた。
ワタシは嬉しくなって、周囲の人々に向けて声をかけた。
「店員のみなさん。魔法で創ってあげたんだから、黒服にも慣れて?
それから、楽団の方々。ハーブを大型にして、ギターは素材を高級化しといたから。
なんとか弾いてください。ミュージシャンなんだし。
あとは、ドラムとバイオリン、ピアノも創っといたから、演奏家として野心があるヒトは、音を出すことに挑戦しよ? ね!」
ワタシは機嫌良く、周囲の人々に向けて、愛想を振り撒いた。
魔法って気持ちいい! と本気で思った。
〈魔法使い〉になって、ほんとうに良かった。
店内の内装が一変した。
黒を基調にして、ゴールドのラインが所々に入る、シックな空間に変貌していた。
やがて、ほの暗い明りの中、生演奏の音楽が、軽快に鳴り響き始めた。
店長は冷や汗を垂れ流しながらも、作り笑いを浮かべて接客をする。
「い、いらっしゃいませ。九名様ですね」
ワタシを含め、姫様付きの侍女たちの女性陣が四名、次いで先頭を歩いた青年騎士が二名、珍しそうに周囲を見回す少年騎士が三名ーー計九名である。
「はい」
「では、ご案内致します」
そんなに広くもない店内を、若い女性が連れ立って歩いているので、やはりどうしても、男たちの目を引いてしまう。
彼女たちの前後を固める騎士たちも、軽装とはいえ白く輝く鎧を纏っているので、嫌でも目立つ。
ワタシの魔法で綺麗に洗われた服装をしたお客たちは、薄暗さが一掃された結果、今では好奇の視線をビシビシとワタシに叩きつけてきていた。
この居酒屋は珍しく合法的な夜の店で、王国内では一応は高級店であった。
お客は貴族か、裕福な商家の子弟が多い。
なかには顔を見られたくない者もいて、仮面をつけている者もいた。
人目を気にせず、ゆっくりとお酒を飲んでハメを外したいのだろう。
そんな中、さっそくワタシたち一行に目をつけた男がいた。
黒髪の仮面貴公子だ。
白い仮面の奥から覗く紅い瞳は、鋭く獣のように光っていた。
おいしそうな獲物を見つけた肉食獣のような眼付きをしている。
そうした、他者からの熱い視線にはまったく気づかず、ワタシたちは寛ぎ始めていた。
はじめは怯えていた侍女たちも、ワタシの強引さに根負けして、おそるおそるソファ席に着いた。
「イケメンさん、貴方たちも座りなさいよ」
とワタシは、騎士たちにも声をかける。
が、彼らはみな、首を横に振った。
「ご冗談を。我々は貴女様方の護衛ですから」
「あら、そんなこと言ったら、ワタシなんか、王女殿下の護衛ですよ。
それでも、こんなとこでお酒を飲むんだから」
ワタシの発言を耳にして、周囲の人々が固まる。
他のテーブルに座るオトコどもが、いっせいにコチラを見た。
カウンターにいるバーテンダーの動きも止まる。
青年騎士が、慌てて大声を出した。
「またまた、お嬢様、ご冗談を!
王女殿下の護衛騎士が、このような所に足を踏み入れるはずがございませんよ」
身分を明かすのは、危険すぎたらしい。
青髪の騎士は、女主人が冗談を言ったことにして、お茶を濁そうとする。
気を利かしたのだ。
「なんだ、冗談かよ」
「でも、ーーー悪趣味で笑えないな」
客たちの心の中に、ホッとした気持ちが広がった。
しばらくして、周囲に居酒屋らしい、ザワつきが戻る。
(たしかに、お酒の席で、のびのびと本音を話せないってのは、ナシだわ。
やっぱ、ザワついてナンボよね)
ワタシと貴族の令嬢方が席に付き、騎士がその背後に輪になって直立する格好になった。
ワタシは、メニュー表を手に取り、視線を落とした。




