◆10 派遣バイト君たちとの出会い
話をさかのぼること、三ヶ月前ーー。
ここは、東京駅の裏。
八重洲地下街のある、出口にほど近い、歩いて五、六分の場所ーー。
といっても、もちろん、あの有名デパートでもなければ、オフィスビルでもない。
ビルの谷間にひっそりと建つ、二階建て木造家屋に、看板を掲げただけの会社がある。
東京のど真ん中で、ひっそりと営業している、一風変わった人材派遣会社ーーそれが私、星野ひかりが勤務している会社だ。
派遣業を生業として、しかも木造家屋で、従業員の住み込みまで可能ーーというと、家政婦さんを派遣している会社と思われるだろうけど、じつは違う。
わが社が人材を派遣していることには変わりがないが、派遣先が違う。
そこら辺の工場だったり、お金持ちの大邸宅というわけではない。
もっと異質な場所へ人材派遣をしている、特殊な会社なのである。
朝の七時半ーー。
その日の朝も、私、星野ひかりは、伸びをしながら、玄関の鍵を開けに出向いた。
この社屋は、|星野兄妹(私たち)の自宅でもあるから、ゴミ出しの準備も必要だ。
営業を始めるには早いけど、玄関も軽く掃いておきたい。
玄関は、古風な引戸型だ。
鍵を回し、ガラス越しに目を凝らせば、向こう側が透けて見える。
まだ朝だから、誰もいないーーと思っていたら……。
若い男女が言い争う声が、響き渡ってきた。
人影が二つ、手足を動かして、バタバタしている。
「俺の方が先だろうが!」
「なにいってんの! ずうずうしい。
まじ、ウザいんですけどぉーー」
「うるせー! どきやがれ」
「ヤバッ!
アンタ、まじでクズ?
ワタシ、男を見る目に、狂いないんだけど。
アンタ、クズ確定だしぃ」
「なんだよ、〈男を見る目〉って」
「マジで、アンタ、見た目、クズじゃね?」
「なんだと!? スタイリッシュにしてんじゃねえか」
「すたいりっしゅって、なにソレ。
テーヘンがイキってる、みたいな?」
「うるせえ。おまえだって、ロクな女じゃねー」
私、星野ひかりが、怪訝に思いながら、扉を開けてみたら……。
私と同年代ーー二十代の男女が、玄関扉のまん前で、暴れていた。
お互いの身体を、押し合いへし合いしあっている。
若い男女の醜態をぼんやりと眺め、私はポンと手を打った。
(へえ、そうなんだーーあの募集広告で、二人も釣れたのか……)
玄関口に、一枚のチラシを貼り出していた。
そのチラシの謳い文句は、以下の通りであった。
『住み込み従業員、緊急募集 一名。
年齢、職歴、経歴不問。』
正直、今時、貼り紙で従業員募集したところで、誰も来ないと思っていた。
ネットで募集したかったけど、わが社はHPもなければ、会社としても、私個人としても、SNSを使っていない。
わが社の業務が、表立って宣伝できるような業種ではないからだ。
それなのに、求職希望者が二人も来たってことは、これはこれで運が良かったかも。
星野ひかり(私)は、腕を組んで、独りごちた。
「そうね。何事も神様の導きがあるものだって、よくお父さんが言っていたわね……」
とにもかくにも、そのチラシを睨みつけた若い男女が二人、ともに扉のこちら側に入ろうとして、しかし互いに譲り合わないので、入口でひしめきあっていたーーというわけだ。
玄関先での騒がしさに、兄の新一が、眠そうな顔で廊下を歩いてきた。
「ひかり、何事かな? 表がうるさいぞ」
「なんでもないわ。兄さん。求人募集の人たちよ」
引き戸を大きく開け、兄妹そろって、二人の男女を見つめた。
二人の男女が格闘中だった。
鬼の形相で、互いを睨みつけている。 二人とも肩で息をしていて、互いの身体を押し付け合っていた。
髪も服装も乱れていて、バトルの跡が痛々しい。
「ねえ、ねえ、兄さんこの人たちヤバいよ。
なんか、人として、ダメな感じがあふれてない……?」
私は小声でささやいた。
一方、兄の新一は、私の怯えた表情を見て、クスリと笑った。
「元気があっていいじゃないか。それに若いし。
とりあえず、面接してみよう」
兄は、明るい声を、二人に向けて放った。
「二人とも、お静かに。
従業員募集は、随時、受け付けておりますから、ご安心を」




