◆1監視役なんて、したくてやってるわけじゃない
私、星野ひかりは今、椅子に腰掛けて紅茶を飲みながら、あるモニターの映像を眺めている。
お茶を嗜んでいるとはいっても、実は仕事の真っ最中。
基本的には映像を見ているだけの仕事だから、簡単そうに見えるかもしれないけど、結構、神経も使うし、緊張もする。
眠れない夜を過ごすことだって、よくある。
だって、人の命がかかっているから。
この仕事は、父から受け継ぎ、兄と二人で運営している。
私、星野ひかりは、二十三歳。
兄の星野新一は、二十七歳。
世間からしたら、まだまだ若いと思われる年齢だけど、責任のある重要なーーそして、とても特殊な仕事に従事している。
兄がいなければ、私だけでは引き受けられなかったと思う。
今現在の仕事内容は、兄妹でただひたすらモニターの映像を見て、派遣したバイトの活動を観察し、指示を出すこと。
私たち兄妹は、日がな一日中、派遣バイトの働きぶりを見つめている。
それが、わが社における、私たち兄妹の基本業務内容なのだ。
派遣バイトは現在、男女それぞれ一名づついるんだけど、ほんとうなら、こんなふうにモニターを見つめて、始終監視するようなマネはしたくない。
プライバシーやら人権やらを云々する以前に、めんどくさい。
けれど、彼らがいつも危険にさらされる、命がけの仕事をしていることに間違いはない。
雇用主としては、気を配らざるを得ない。
それに加え、雇ったばかりの二人は、性格が荒削りなところがある。
おかげで行動の予測ができず、雇ってからさほど経ってもいないのに、観ていてハラハラさせられ通しだ。
だったら、そんなヤツらなら雇わなければいいじゃないか、と思うかもしれない。
だけど、昨今は人手不足の求人難ーー。
優秀な人材が、ウチに来ないのだから仕方ない。
おまけに父親の代以来の伝統というやつで、ウチの会社はおおっぴらに求人広告や業務内容を宣伝することはできないのだから、人が来なくて当たり前だったりする。
今、モニターに映し出されている景色は、鬱蒼とした森の中だ。
森とは言っても、この地球上の森ではない。
時空自体を異にした〈異世界〉にある森だ。
そう。
ゲームやアニメなどですっかりお馴染みになった、あの〈異世界モノ〉の舞台となってる、あの〈異世界〉だ。
異世界にも様々あるけど、地球のような近現代社会にまで発展した世界は少なく、人類種が存在する世界であっても、たいがいは古代・中世・近世あたりで進化がストップしている世界が多い。
だから、バイト君が派遣される先は、高確率で中世・近世程度の人類社会となっている。
今回、ウチが依頼を受け、バイト君が請け負った仕事は、幌馬車隊を護衛することだった。
六台編成の幌馬車が運ぶ物資は、飲み物や食料といった生活必需品だ。これを何キロもの距離を進んで、何日もかけて運搬する。
この幌馬車隊が到着しないと、飢えてしまう開拓地がいくつも存在するからだ。
ただし、この搬送事業をするにあたって問題となっているのは、その距離でもなければ、日数でもなかった。
〈魔の森〉と称される危険地帯を通り抜ける必要があったことだ。
だからこその護衛任務であった。
実際、この二、三年間で、すでにいくつもの商隊の荷馬車が襲われ、五、六十名もの人間が生命を奪われている。
敵は山賊や盗賊、あるいは敵軍などといった人間ではない。
魔力を体内に宿した〈魔物〉である。
本来は狼や猪であった動物が、魔力を大量に含んだ草花や小動物を捕食した結果、変身してしまった。
図体が元の五倍になったうえに、効果的に集団行動を取るほどの知性を得てしまい、人間を包囲殲滅までするようになった。
それが、この世界における〈魔物〉である。
この派遣先の〈魔の森〉の魔物は、なかなか手強い怪物だ。
他の異世界での魔物と比較しても、結構な魔力を内包している。
現地の人間が数人がかりで、やっと一匹倒せるかどうかというレベルだ。
でも、じつはその強さや凶暴さは、あまり問題とならない。
自慢じゃないが、わが社から派遣される人材は怖ろしく強いからだ。
実際に今、映像を観ると、若い男性派遣バイト君は剣を手にして、次から次へと襲いかかってくる狼のような魔物を斬り捨てていた。
手慣れたものだ。
昨晩から数えて、かれこれ三十体は斬り裂いている。
モニターから気の抜けた声が、漏れ聞こえてきた。
「ハアー。やりきれないなー。
倒しても、倒してもキリがないよ。
かと言って身体の疲れはあまり感じられない。気分はハイだ。
なんか、いいバイト見つけたな。
俺、ツイてるわ!」
映像に映っている、男性派遣バイト君の声だ。
深みのある、バリトンだ。
声は良い。
顔もそこそこ良いのに……。
ちょっと、残念な性格の人なのだ。
異世界での仕事中だというのに、随分と呑気な口調をしている。
モニターに接続したヘッドフォン型マイクに向けて、私は声を出す。
「気楽な独り言は後にして。
まだ任務は終わっていないでしょ?」
私の声は、直接、バイト君の脳内に響く設定になっている。
「おー? びっくりしたー。
いきなりはやめてよ、ひかりさん。
この直に頭に響く声ーーやっぱ、慣れねぇわ」
「悪いけど仕事だから。
慣れてもらうしかないわよ、東堂正宗くん」
「それで、どうよ?
俺様の活躍見ててくれた?
使える男でしょ」
「ハイハイ。もっともっと活躍できますよ。
それがあなたのお仕事ですから」
彼を異世界に派遣したのは、これで三回目ーー。
まだ、たった二回しか派遣仕事をこなしていない新人さんだ。
それなのに、随分と〈慣れた〉調子で、気軽に異能者役をこなす。
持ち前の能天気さが、彼を救っているようだ。
「ひかりさん、俺様を採用したこと、宇宙一ラッキーだったぜ!」
ちなみに、自分のことを〈俺様〉と称し、〈宇宙一〉という言葉をあらゆる機会に散りばめたがるのは、このバイト君の癖だ。
私はモニターを凝視しながら、頭を抱える。
結構、難易度の高い仕事なんだから、真面目にやってもらいたい。
「正宗くん、とにかく油断は禁物よ。
現場は魔物が巣食う異世界なんですからね!」
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