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異世界SHINOBI  作者: 鈴木劫痴
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第一章 第七話 ジュウロウ、名乗りを上げる

 ジュウロウは困惑していた。異世界へと迷い込む様にやって来た事に併せて、最初に遭遇した現地人との接触に失敗しつつあるからだ。


 謎言語による意思の疎通が図れると悟ったジュウロウは、より良いコミュニケーションを交わすべく変装術による対話に踏み切った。

 

 結論を述べると、ジュウロウの愛読書「ローパス島の騎士」の主人公パースを変装に使ったのが良くなかった。

 それも不評の嵐に見舞われて続編の制作に多大な影響を及ぼしたアニメ版第2期の姿を。


 ちなみにであるが、第一期からの強引な作画変更を受けて極端に美化されたアニメ第二期のパースの容姿は、硬派な原作ファンから総スカンを食らう程に甘過ぎるモノであった。


 そんな男が現実に顕現した場合の破壊力をジュウロウは見誤っていた。外見が良すぎたのだ。


 陶磁器の様な肌に透き通る様な美しい髪、憂いのある深く澄んだ瞳に歪みなく通った高い鼻梁、詩人の歌に出てきそうな艶のある唇――そんな人間が片田舎の村中に突然現れたらどうなるか。


 結果として、完璧な美を備えた男の登場に沸き立った村の女性たちが彼を取り囲む事態に陥ったのである。


『ウルシャイー!』


『コエエヨー……』


 妖精が悲鳴と共に逃げ去り、精霊達も宙に溶け込むように去っていった。

 続々と集まってきた姦しい存在を嫌ったようである。

 村の女性達にとっては集まった精霊達よりも、初めて出会う異国の美男の方が訴求力に優れていたようであった。


「じゃあ貴方は盗賊とは無関係なのね?」


「ええ、無関係でござる」


 頬を薄桃色に染めた妙齢の女性からの質問にジュウロウは答える。もう何度目かになる問答であった。


 話を聞きつけて集まって来た村民達はジュウロウに興味津々といった様子であった。

 村長の孫娘である悪戯っ子のフラウが最初に相手をしていたのだが、どうやら彼女は初恋を迎えたらしい。

 緊張のあまりボソボソと支離滅裂な事を話し出したフラウと、それを見て不機嫌そうな彼女の父親ヨーゼフ、更には可愛い孫娘の変節に顔面蒼白な村長のダイロンの様子を見て、駆けつけた村人達――特に女性達は選手交代に踏み切った。


 彼女達は老いも若いも関係なく、皆が一言ずつジュウロウと話す事に意義を見出したらしい。

 初めは恐る恐るといった様子であったが、ジュウロウがにこやかに回答するにつれて問答は盛り上がっていく。

 それに比例して村の男衆の機嫌は続々と悪くなっている様である。普段は聞く事もない華やかで艶のある嫁や想い人の声を聞いて。

 ジュウロウという異邦人の登場に、今や共用倉庫の周辺は全ての家から村民が集まってきたかの様にごった返していた。

 

「貴方は変わった言葉をお使いになられるようじゃが、どこからこの村に来られたんですじゃ?」


「それが、某にもはっきりとはわからないのでござります。なにやら記憶も曖昧でござりまして……」


「ふむ……それは難儀な事ですな。どうやら東方の訛りが混じっておるようじゃのう」


 ソレガソレガシ? と疑問符を浮かべているフラウの頭の上を大人達とジュウロウとの会話が飛び交っている。

 学が足りないフラウには彼の言葉はたまに解らないが、村の長老の一人であるアシア婆と話す時には、老人を敬う様な丁寧な受け答えをしている事が伝わってきた。

 やっぱり悪い人じゃ無いな、とフラウは自身の勘がまた冴えた事を自慢に思った。


 こうして異邦人ジュウロウと村民達は順調にコミュニケーションを交わして相互理解を深めつつあったのだが――突然、周囲の空気が変わった。ジュウロウの肌をビリビリと打つ危険信号が伝わってくる。


「お、おい! 気に入らねえのは解るが、何も『スキル』を使わなくても!」


 周囲の村民が発した言葉はジュウロウを驚かせた。異世界言語を習熟した筈のジュウロウの耳に飛び込んだ『スキル』という単語。

 それは果たしてジュウロウが知るものと同義なのだろうか。

 例えば攻撃を何倍にも増幅するような戦闘スキルであったり、破壊を齎す魔法スキルであったり?

 スキルという概念は地球においてジュウロウが好んでいたゲームやコミックなどのポップカルチャーに良く登場する概念であったが――果たしてこの異世界ではどうだろうか。


 警戒するジュウロウの前に出来た人垣が割れる。後ろから姿を現したのは、最初に駆けつけてきた男達の内、最も小柄な男であった。先程までの精霊たちに萎縮していた様子が今は欠片も無かった。

 その手には小型で取り回しのし易そうな弓と矢が握られていた。


「アンタ――盗賊とは無関係なんか?」


 ジュウロウを射る視線は歴戦の強者を思わせる程に強い。ジュウロウの鍛え上げられた忍としての皮膚感覚から感じる圧力も。

 どうやらジュウロウのイメージした通り、スキルとは危険なモノらしい。

 ジュウロウは彼の視線から逃れられない錯覚に陥った。

 

 只の農民ではあるまい――おそらく戦場を知った目でござる


 そう確信したジュウロウは視線の主から目を離さぬ様にしっかりと見つめ返して答えを告げた。


「拙者は、盗賊なる者どもとは一切関わりがござらん」


 その瞬間、矢がジュウロウの胴に吸い込まれた。

 

 村人達の悲鳴と怒号が巻き起こる中、弓矢も用いてジュウロウを撃ったジューダの顔も驚愕で埋め尽くされていた。


「な!? ……俺ゃあ当てとらんぞ!」


 湧き起こっていた女性達の嘆き悲しむ叫びがピタリと止んだ。ジュウロウがゆっくりとジューダの前に歩み出したからだ。


「失礼つかまつった。作法がわからぬ故に、心の臓にて受ける様に調整をかけたでござる。それが拙者の立場の証左となれば良いのでござるが」


 矢を撃ったジューダは目の前の男が何を言っているのか一瞬解らなかった。

 彼は精霊に好かれた男が盗賊の訳は無いと考えてはいた。しかし息子が半ベソをかいて逃げて来た様子を見て少々苛立っていたのだ。多少は脅かしてやりたいと考えていた。

 やはり盗賊の類であったならば、殺気と共に放つ矢に反応して尻尾を見せるかもしれない。

 だからわざと技術の許す限り近くの当たらない位置に向けて空矢を放ったのだが、何故か男の胴体の真ん中に突き立ったのである。

 その謎の答えは目の前のジュウロウという男が手元を見せて来た事で判明した。


 胸元に握った右手にはジューダの矢が握られており、脇下の隙間から抜き出された左手には黒い短刀のようなモノが握られていた。

 おそらく、右手で素早く矢を捕まえ自身の心臓に向けたのだ。そして左手の短刀を服の中に通して鏃を受け止めた。

 信じられない技量の持ち主だとジューダの背を冷や汗が伝う。

 真っ黒な衣服で解らなかったが、至る所に手先を出し入れする隙間が設けられているらしい。さらに手にした得物までが黒塗りの刃物――ジューダの知る限り、暗殺を生業とする者が好むような服装だった。

 

 ジューダの放った矢をあろう事か素手で掴み取って反撃もせず涼しげに佇む男。

 それだけの事をしておいて敵対する意思は無いと己の心臓に矢を突き立て小さな刃物で受けて見せる。

 おそらく彼が本気であれば……

 かつて西部の大都市ベルングトでレガイア王国の誇る王国騎士団(ナイツ)麾下の弓兵として鍛え上げた筈の自信が崩れていく。

 

 勝てん――


 彼我の戦力差を悟ったジューダが誇りと挫折と虚勢と諦観と決意とに揺さぶられている時、目の前の怪しい男が言い放った。


「ところで守り人殿。あとどれ程の刻で夕闇が訪れるのでござろうか?」


 夕闇? 何故その様な事を聞く? 自分を守り人と呼ぶ怪しい男の言葉に猜疑心が膨らんでいくジューダの耳に、不思議と周囲の村人達の喧騒をすり抜ける少女の声が響いた。


「なんだか……暗くなると怖い気がする」


 場違いに夜が怖いと嘆く子供の言葉と一笑に付す気にはならなかった。他ならぬフラウの言葉だったからだ。

 ジューダは彼女が特殊である事を確信していた。自身が持つスキルの恩恵によって。


 おそらくフラウは何かしらのスキルを発現しかけている――


 ジューダがスキル『剛弓』を得たのは14の年だった。一定量存在するスキル所持者は(すべから)く精神的にも肉体的にも成人へと変わる13〜16歳の頃にスキルを発現する。

 そしてスキルを身につけた者は不思議な能力を得るのだ。どの様な能力を得るのかは環境や血筋が影響するとも言われているし、判然としてはいない。

 ただ一つ言える事は、スキル所持者は他人がスキルを発動した事を感じ取れる様になる、という事だ。程度の良し悪しは存在するが。


 そしてフラウには何か感じる事がある。

 彼女の言動の元となる直感にはおそらく何かの補正がかかっているのだと考えているジューダは、怪しい男へと向き直って返答した。


「多分もう二刻もすれば暗くなり始めると思うが――何を考えとるんだ?」


 対してジュウロウはジューダの葛藤を知らない。彼は、二刻が一時間程である事を確認して、実は内心で小躍りしていたのだった。

 おそらく自分を売り込む絶好の好機である、と。


「守り人殿、拙者は多少なりとも荒事に長けており申す。何かお役に立てる事があるのではござらんか? 守り人殿も口にしておった件について、先程そこなお子様方が言っておったのを小耳に挟んだでござる。この地に悪事を働く怪しき盗賊なる輩が出没しておる、と」


 ……いや、アンタがそれじゃ無いかと疑っている最中なんだが……それにしても荒事が得意と言い放つか――

 

 男の言い草に驚き呆れたジューダの耳に更に信じがたい言葉が告げられた。


「そこなフラウ殿も感じ取っておる様でござるが、おそらくこの村は――その賊共によって夜襲を受けると予想するでござる」


 突然村に現れた得体の知れない男の爆弾発言に、ヤーメイ村は大いに揺れる事となった。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 は? この男は何をいっているのか? ジューダが口を挟むより早く周囲の村民が過剰なまでに反応を示してしまった。いい加減な事を言って不安を煽っているのでは無いかと気色ばむ男衆と、悲嘆に暮れて口々にジュウロウに助けを求めて縋り付く女衆とをようやく引き剥がした時には、すでにこの男の話を良く聞くべきだという既成事実が出来上がっていた。


「拙者、天地神妙に誓って悪人ではござらぬ。記憶も覚束図ず迷い込んだ拙者に優しく接して頂いた御恩は決して忘れぬし、嘘もつかぬ。かといって見知らぬ男に不安がある事もわかるでござる」


 妙に説得力の篭った言葉だとジューダは思った。ジュウロウは不得手ながらも己の知る最高の手札を切っていた為、当然とも言える。レベル2 乱破術・誠意交渉であった。


「その上で現在この村に危機が迫っておると推測するでござる。拙者の知覚が及ぶ範囲でござるが、既に村の周囲に賊らしき者による包囲網が敷かれております故。どうでござろうか? もし皆様さえ宜しければ、拙者が賊どもの討伐を請け負うでござる」


 誰も優しく接した事実は無いのだが、女衆はジュウロウの周囲で歓迎の歓声を上げている。ヨーゼフ達は色男に何が出来るかと睨みつけているが、村長のダイロンはこの話を受けるつもりであるようだ。何故その様な事が解るのかとは誰も問わなかった。

 

 村で唯一、盗賊どもと戦えるはずの俺よりも強い人間を取り込みたいのは当然か――


 ジューダは自嘲の念に駆られたが、本質を見失う事は無かった。

 ヤテサ村を襲った盗賊の規模は決して小さくない。少なくとも15人。最悪を想定すれば30人以上の可能性がある。仮に20人程がこの村に夜襲をかけた場合、ジューダが守れる範囲は限られているし、それ以前に勝てるかも分からないのだ。

 ジューダのスキルは夜の帳の中ではその本領を発揮出来ないのだから。

 そして彼にとって優先すべき事は火を見るよりも明らかなのだ。


「……フラウ、この人は信用出来ると思うか?」


「え? そりゃ出来るでしょ? いい人だし」


 不思議そうに返すフラウの声を聞いてジューダは心を決めた。未だジュウロウという男の真意は解らないが、幾度かの経験と息子より聞いた体験談からフラウの感覚は信用出来ると考えている。だからジュウロウの『盗賊を討伐する』という言葉に乗っかる事にしたのだ。


「ジュウロウさんと言ったか。先程は見事な腕前を見せてもらった――俺では敵わんな。アンタの腕を見込んで助太刀を願いたいのだがどうだろう? 村長、どうです?」


 今度は男衆から反対や拒絶の声は上がらなかった。ジューダが勝てない、と言った意味を理解出来ない者はいないのだ。そして盗賊に怯える気持ちがジュウロウを歓迎する方向に舵を切らせた。口々に村への助勢を申し出てくれた事に感謝の言を述べる。

 女達は救世主を見つけたかのように盛り上がった。ジュウロウを褒めそやして、我が家で歓待の席をとはしゃぎ誘った。幾許かの期待を寄せつつ。

 どうやら彼がこの村に現れた事は吉事への誘いとなりそうだ、と纏めた村長の言葉に誰もが喜び、村に弛緩した安堵の空気が流れた。


 誰彼もが知っていたのだ。状況は厳しいと。

 狩人ジューダと老若の男衆を合わせても50名程度、その内で戦力になるのは一握り。いかにジューダの弓の腕が良くてもヤテサ村の二の舞になる可能性が高いという事を。


 村に現れた不思議な男は実力者らしい。だがたった一人、異国の美丈夫が防衛に加わった所でどれ程未来が変わろうか。村の人々にとっては盗賊団と戦うという事は命を懸ける事と同義であった。

 それでも村への感謝と賊の討伐を言葉にした男の心意気に皆が感動したのだ。彼は好意から厳しい状況に飛び込んで命懸けで戦ってくれるのだと。


 だがそれは勘違いである。

 この男には命を懸ける腹積りなど無い。脅威を感じていないのだから。

 村の雰囲気を切り裂いたのは、空気を読まない謎の異邦人の声であった。


「助太刀? その必要はありませんぞ、守り人殿。周囲に潜む賊共は24名。拙者一人で何とでも。ジューダ殿と申されたか? 貴方のお手を煩わせる程の相手ではござらぬ故、村内にて護りを固めて頂ければ良いでござるよ。それにしても、ジューダとジュウロウ、名が似通っておるでござるな。これもきっと何かの良縁でござる。どうぞ気に為さらずに万事この沫木十楼(あわきじゅうろう)にお任せあれ、でござる」

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