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異世界SHINOBI  作者: 鈴木劫痴
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第一章 第六話 ジュウロウ、異世界でやらかし始める

『――世界を渡る戦士よ 其方に恩寵あれかし――』


 ぼんやりとした頭に声が響いている。


『――死せる其方に 新たな運命を与えし事への謝罪を――』


 謝罪? 儂は死んだのでは……


『――我らが帰還に際して 時の壁が存在す――』


 壁? 時間の?


『――つまり、ちょっと世界渡りの時間軸がズレるってことだ――』


 むむ?


『――堅い言葉も良し悪しですよ 今は伝える事が必要なのですから――』


 これは……誰との会話の記憶であろうか?


『――混乱しているな まあ仕方あるまい まずはお前の一太刀に賞賛を送る あれは気合いの入ったいい振りだった――』


 儂の一太刀……届いたのか……


『――ええ 素晴らしい力でした そんな貴方を見込んでお願いがあるのです――』


 儂に? 願いが?


『――私達は帰還に際して世界の均衡と調和を維持しながら越えなければならない――』

 

 世界の……均衡と……調和……


『――シカシ、ナルベク、ハヤク、カエリタイ――』


 むむ?


『――先触れが必要だ。我等が足元を固めるための――』


 もしかして……いや、まさか、そんな――


『――お前が、必要だ――』


 そんな――馬鹿な――


「――そんな馬鹿な!」


 微かに残る記憶の残滓を追ってある種の瞑想状態に入っていたジュウロウは、自身が発した言葉に驚いて覚醒した。

 どうやら数秒程の間、思考の深みに沈んでいたらしい。


 ジュウロウは異世界ギュネイホロスにいる。


 それはどうやら疑いようの無い事実である事なのだとジュウロウはようやく認め出していた。

 なにしろ彼の周囲に地球には存在しないモノが溢れる様にしてまとわりついていたのだ。

 先程ジュウロウが漏らした激情に驚いて逃げ散ったが、まだそこかしこに留まってジュウロウの様子を窺っている様であった。


 フワフワと宙に漂う半透明のそれらは精霊というらしい。

他ならぬ()()達が教えてくれたのだ。

 彼等は、自分達の創造主と同じ匂いをジュウロウに感じて集まってきたらしい。つまり、神々と。


 神々とは?

 儂の知っているあの神々であろうか?

 それとも全く知らぬ神?

 もしくはそれに準じた高次元生命体?


 ジュウロウが反芻していたのは脳を巡る記憶では無い。

 それとは別の記憶――魂魄に刻み込まれた根源的な記憶の方だ。三つ子の魂に死ぬまで刻まれるそれと同種のもの。

 そこには、神々との対話と思しき記憶があったのだ。

 

 あれは一体何だというのだろうか。


 彼は意固地に信じる男である。

 神とは加護を与えてくれる存在であり語りかけてくる友ではないと。 


 だから魂魄に刻まれた記憶であろうと鵜呑みにはしない。


 だが、魂魄に残された根源的な記憶が間違っている事などあるのだろうか?


 いやいやいかん

 勝手知らぬ世界におるのだ

 儂を誑かし堕落させる幻術の類いやもしれぬ


 だが、あの暖かく荘厳で神威に満ちた語り口が詐術の類であるのだろうか?


 いやいやならぬ

 儂は異世界に現れたばかりの男

 儂の力量では及ばぬ悪意が存在しておるやもしれぬ

 

 信じる信じないは別の問題である、と棚上げして――とりあえずジュウロウは魂魄に刻まれた『声』を心に留めておくことにしたのだった。


 それよりも、とジュウロウは焦る。

 目の前には更なる問題が立ち塞がっていたのだ。

 それは彼を忍たらしめる『術』についての問題であった。


 ジュウロウは混乱の極みにいた。

 普段であれば使用するになんの問題も無い低級の些細な術を、制御出来ずに全力を振り絞ってなお四苦八苦していたのだ。


 ジュウロウは地球にいた時もそうであったのだが、常に自身を最高の状態に置きたいという心理があった。

 常在戦場を合言葉に生き抜いて来た忍の処世術とも言える。

 そして今、異世界らしき場所に来たと悟ったジュウロウは平静では居られない。

 更には現地のお子様達と遭遇した結果、コミュニケーションに失敗して壮大に逃げ散らかされてしまった。

 交渉術が弱い自覚を持つ忍者であるが、慰めにもならない。彼の心は乱れに乱れていた。

 だから己を鎮めるべくいつもの様にごく自然に精神集中の術を行使した。

 ところが術をコントロールするはずの術式が暴走して術を制御し切れない。

 心を鎮める筈が、逆に大慌てをする事態に陥っていたのであった。

 

 まずい……術を制御できぬ! 

 これがミョウブの言っていた()()()()()でござるか!


 理由は明らかであった。燃料が多すぎるのだ。


 糸一本の魔力回路を繋いで制御するはずが、激流の様な莫大な魔力が通ってしまう。


 ジュウロウが地球において忍術を使用するには魔力を供給する手段が必要であった。

 人間に内在する魔力など極子細なもの。それ以外に手段を求めなければならなかったのだ。

 ジュウロウの場合はその手段を自身の配下として契約した妖との繋がり(リンク)から得ていた。逆に言うとそれ以外に魔力を補う方法を持っていなかった。


 それがジュウロウの常であった。己に内在する極僅かな魔力と妖に担保して貰う魔力。それを併せて最大積載量と燃費と回復値を緻密に計算してやり繰りするものなのだ。

 地球における魔力とは、獲得手段も回復手段も乏しく稀少で――だからこそ、それを消費して行う忍術とは絶大な威力を伴った奇跡の業であった。


 それが一体どうしたことであろうか。ギュネイホロスにおいて術式を起動したならば、まるで豪雨が降り注ぐかの如く魔力が集まってくるのだ!

 例えるならば小魚の巣に巨鯨の群れが押し寄せる様なものだった。

 ほんの少しの魔力を這いつくばり啜る様にして獲得していたジュウロウにとって、魔力の海に溺れそうになる経験などある筈がない。

 

 ジュウロウは不安定で暴れまくる術式を制御する為に、この一瞬で自身が切れる手札を全て使っていた。

 一つの小さな術式に対して、小から大まで、下から上まで、軽いから重いまで、やむを得ず七天全ての術式を使用して術のコントロール法を探ったのだ。

 結果、解ったことはジュウロウが会得した術の殆どを制御する手段が無い、という事であった――現在のところは。


 ジュウロウは諦めて術式の起動命令を破棄した。

 彼には術の制御方法を手に入れる為の心当たりがあったからだ。


 ジュウロウの視界の端には例の文字が映っている。


『……インストール中……ステータスグリーン21%……PIC. ミョウブ』


 カウントが進んでいる。

 魂魄状態で行ったミョウブとの対話はどうであったか。


『…… あんたの中に足りないモン(データ)ぶち込む(インストール)様に指示されとるんにゃ!』


 つまり、カウントが進むにつれてジュウロウの中に新しい情報(データ)が追加されるということだ。指示をしたという存在が何か気にかかるが、新しいデータを取得する事はジュウロウにとって悪いことでは無い。

 事実、異世界ギュネイホロスについての基礎データらしきものがジュウロウの知識に新しく浮かんでくる。

 

『ビザル星系第三惑星ギュネイホロス 総合開明レベル83b ……開発レベル1028c ……環境維持レベル71a……配置コスト上限83a……生命コスト24b…… 銃火器開発レベル246d ……魔素開発レベル2452a……』


 膨大な数字と単位が脳内に浮かぶ。しかしジュウロウにとって何よりも重要な点は戦力評価指標であった。


 文明レベルに反して銃火器開発レベルが最底にある理由は魔素運用開発レベルの高さによるものでござるな

 いわば地球とは異なる戦争兵器が発展して行ったということか――


 ジュウロウは自身に刷り込まれた知識にある数値を見て結論を出した。


 つまりここは『剣と魔法』の世界なのだと。

 

 ジュウロウは刷り込まれた基礎知識に反して殆ど進んでいないカウントの理由を理解した。

 魔法と呼ばれる知識と技術が進化したと想定されるこの世界で生きる為には何が必要なのか。

 おそらくジュウロウが魔法を扱う為の術式が必須であり、必要な情報(データ)を得るのに相応の時間が必要なのだ。

 それがインストールに必要な時間として表示されているのだと。


 レベル3から先は制御出来ぬ……現状儂が活用可能なものはレベル1とレベル2の術式のみか。当分ミョウブは呼べぬな……


 ジュウロウが扱う忍術は先程試行した精神集中の様な小なる術から、大規模破壊を齎す様な大なるものまで様々で、レベル1からレベル9までに分類されるが、ミョウブ達「大妖」を呼び出す術式のレベルは8以上である。

 おそらく完全に術式の行使権を得なければミョウブ達『大妖』を呼び出す事は出来ないだろう。ジュウロウが契約した大妖達は一筋縄ではいかないモノばかりなのだ。

 制御が不安定な状態で無理をして一度制御を失えばどの様な惨事を起こすだろうか。


 想像に浮かんだその光景をかき消すようにジュウロウは首を振り、ポジティブな思考へとシフトする事にした。


 『虚穴(こけつ)』に鎮座しているのが苦手な相棒(ミョウブ)の事だ。必ず自由に動く為の手段を模索する筈……ならば――自分は待てば良い。


 現状で術が殆ど使えぬのは仕方がない。だが使える様になるまで呆けているわけにもいかぬ。

 現状の()()の詳細を模索せねばならないだろう、と周囲を見渡したジュウロウは結論付けた。


『コリャスゴイネー』

『ンー ビックリダー』

『チョー スゲー』

『ワー フワッフワダー』


 ジュウロウの周囲には、術の起動に躍起になっている間に精霊とも違う何かが集まっていた。なにやら言葉の様な思念を飛ばしてくる存在が。

 小さくてキラキラと飛び回っているが、いわゆる人魂の様な不定形ではなく、歴とした人型をしている。

 ジュウロウはこれと似た存在を地球時代に見た事があった。


「妖精までがおるのか――やはり異世界」


 地球上において超がつく希少種が、溢れんばかりに現れて飛び回り始めたのを見てジュウロウは軽い目眩を覚えた。


「……妖精に連なる者とお見受けする。拙者に何か用でござろうか?」


 とりあえず問いかけてみたジュウロウの周囲に妖精と思しき存在の姦しい声が何重にも響き渡った。


『ナンカコイツ シャベッテキタゾー』

『マジデ フワッフワシトル』

『エー ヘンナヤツー』

『ハー キラキラノフワッフワー』

『チョー アッタケー』

『ガイネンハ オモシロイナー』

『ウーン ソンナカンジー』


「……丁寧なご挨拶痛み入る。すまぬが拙者まだこの地に着いたばかりでな。少々勝手がわからぬところが有り申す。しばらく静観して頂けると有難いのでござる」


 地球に於いては潤沢な魔力溜まりにごく稀に顕現した存在が、周囲に数百と押し寄せる光景にジュウロウは気を引き締める事にした。


 勝手知らぬ異世界の地である。幻の妖精種に類したものが溢れかえるような。

 現状では伝もコネも本拠も無い。情勢もわからぬ。


 情報が足りぬ。では何の情報から収集すべきか。


 ジュウロウが信奉するものは力である。最優先されるのは戦力の把握であった。


 もしも戦闘手段が必要になった場合どうするべきか。

 忍としての能力の殆どが制限された形のジュウロウであるが、残されたものもある。


 まず破壊力や継戦能力に長けた主力となる術式は殆どが使えない。

 だが鍛え上げられた体力と体術には自信がある。護魔忍の頂点に立ったジュウロウは無手でも滅法強い。

 手甲と隠し刃物も装備したままだ。緋金鋼を鍛え込んだ手甲は並の金属では傷も付かない。隠し苦無と手裏剣の分裂増加は行えないが数度の戦闘に耐え得る数はある。どうやら装備一式は()()()()()()で世界を渡ったらしい――ガシャドクロを切った際に消滅した愛刀だけが無い事がその証拠……

 相棒が失われた事で戦力の低下は否めない。

 だが体に刻み込んだ妖招来陣が三つは使える筈だ。魔力が使用できない時の備えとして魔字で刻み込んだ陣だ。

 使い捨ての小窓の為、大妖は無論の事ジュウロウが支配する軍勢すら呼べないであろうが、レベル2までに制限された現状でも、中妖や小妖を単体でなら呼べる筈だ。

 赤犬、武者、鬼火のどれを呼び寄せても状況によっては役立つであろう。


 それが現在のジュウロウを支える戦闘手段の全てである。自己分析を進めたジュウロウは己の手札をしっかりと心に刻み込んだ。


 次に考察すべきは彼我の戦力差である。

 当然戦力差とは相対的な要素で生まれるものであって、この場合に比較される戦力とは、制限されたジュウロウ対異世界だ。

 果たしてギュネイホロスとはどのような世界なのか。

 先程邂逅した子供達。ジュウロウはフラウ達の姿や走って逃げ出す様子を思い浮かべていた。


 彼等の体形や運動能力を鑑みるに――至って普通

 地球における子供達と何ら変わらぬ

 だがそれが安全な担保となるだろうか?――いや、ならない

 例えば万が一極端な成長曲線を辿って絶頂期を迎える種族であったならば? 

 儂はまだこの世界を何も知らぬに等しいのだ

 そしてここには……この異常な魔力溜まりが存在するでござる

 例えば、この魔力を息を吸う様に扱う戦士や術士が存在するならば――術の使えぬ今の儂ではおそらく勝てぬ

 仮に十全であったとしても予測がつかぬ

 軽々しい行動は極力慎むべきであろう――


 ジュウロウは決して楽観的になれぬ気分と共に、やはり情報収集の必要性を強く感じていた。

 そして悩めるジュウロウの元に情報(データ)がやってくる。

 探知系の術も碌に使えない現在のジュウロウであるが、物々しい足音と荒々しい息づかいが耳に届いてきた。

 どうやら先程の子供達が大人を連れて来たらしい。

 人数も多そうだ。さて、どう転ぶことやら。

 覚悟を決めたジュウロウは、異世界の人々と向き合うべく襟を正したのであった。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「急げ! もたもたしてると逃げちまうぞ!」


 アヴェンの父モリスは殊更大きな声を張り上げながら倉庫に向かっていた。

 威勢がいいのは声だけで、足が重く進まない事を自覚している。

 もし本当に賊がいて、それを()()()()しようとするならば、獣を追う時と同じ様に出来るだけ静かに囲い込む様にして賊を追うべきなのだ。

 だがモリスは、もし盗賊がいるならば逃げ出してくれればいいと思っていた。幸い子供達にも被害が無かった事だし。

 

 殴り合いの喧嘩ですら殆どした事のないような暴力から縁遠い村民である。

 エーサやタマリの怪我は、魔獣にやられた傷とはまた違った暴力の爪痕だと思った。

 何より片付けの力添えに行ったヤテサ村の惨劇が脳裏に焼き付いていた。

 彼にとって付近に出没する盗賊こそが暴力の象徴となっていた。

 怖れるのも無理は無い。確かに森の獣や魔物は恐ろしい――だが何より恐ろしいのは人殺しを躊躇しない人間だと。

 村長の息子であるヨーゼフや狩人であるジューダはどうか解らないが、どうやら他の男衆は同じ様に考えているらしい。

 一塊になり、足音を大きく踏み鳴らし、威圧する様に農具をガチャガチャと鳴らして、わざとらしくゆっくりと進む。

 慣れ親しんだ村内の道がやけに違って感じる。それでも遂にグネグネと畑の中を縫う道を踏破する。あの角を曲がれば共用倉庫は目の前だ。

 盗賊がいなくなっている事を願いながら、皆と一緒に倉庫の前に駆け出たモリスは――この世のものとは思えない光景を目の当たりにして、気絶しそうになった。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 フラウは信じられないものを見た。

 あの「ジュウロウ」と名乗った怪しい男をとっちめると父が言い出して男衆を集めた時には焦った。多分大丈夫だと言ったのだが、いつもなら意見を良く聞いてくれる父ですら耳を貸してくれなかった。ビランチャが騒ぎ立てたのも良くなかったのだろう。


 ビランチャの頬を思いっきりつねってやったけど事態は変わらなかった。

 もしかしたら私のせいであの「ジュウロウ」が酷い目に遭うかもしれない……エーサやタマリの怪我を知っている男衆はきっと同じくらい酷いことをするはずだ。

 そう思ったフラウは半分ベソをかきながら大人達の後を追って走って――倉庫前で呆然と立ち竦む背中にぶつかった。


「な!? うわあああ!!」


 気が強く舐められる事が嫌いなあの父が、こんな情けない声を上げるなんて!


 驚いたフラウは男衆の隙間に体を捩じ込む様にして前に出た。


 光が舞う。暖かい光が。


 共用倉庫前の広場は――妖精郷に変わっていた。


 フラウが知る精霊とは動物などの魂が空に還った時に生まれるモノで、妖精とは人の魂が地に還った時に生まれるモノだった。いずれにしても人前に姿を見せる事は稀なのだ。

 それなのに――


 色とりどりの精霊が、妖精が、「ジュウロウ」の周りを舞うように漂っている。

 赤、橙、黄、緑に青、藍色に紫、そして白――フラウは初めて見る光景に呆然とした。

 ありとあらゆる属性の精霊達があの男の周りを飛び回り、妖精達がぶつかり、混ざり合って跳ね回り――狂喜乱舞している。


 信じられない光景だった。


 確かにフラウは妖精や精霊を見た事がある。

 ごくたまに、空を流れる風精霊を見る事がある。

 村祭りの時だけ、精霊送りの篝火に舞う火の妖精を見る事が出来る。

 一度だけ、村の近くに出た魔獣を狩る為に冒険者に力を貸していた地精霊の瞬きを見た記憶がある。


 それらはフラウにとって滅多に起こらない希少な体験なのだ。


 それがこんなに――しかも八属性全ての精霊が!? 集まって踊っている光景なんて!!


 フラウは目の前で起こっている現象にちびりそうになりながら、どうして「ジュウロウ」が悪い人間に思えなかったのか解った気がした。

 この奇妙な格好の大男は、精霊の匂いがするのだ。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 駆けつけたヤーメイ村の人々がそれぞれ惚けている時、ジュウロウもまた困惑して立ち竦んでいた。


 先程のお子様達が、大人を連れて戻って来た。

 現れたのは20代から40代の成人男性に見える者が8名。

 麻に似た素材の質素な衣服を見に纏い、手にはスキやクワの様な、所謂地球における農具に似た道具を持っている。

 おそらく一般市民――いや、村民か。

 彼等の様子を見るに決して友好的では無い。

 どうやら予想通り怪しい人間として認識されたらしい。


 どうやって警戒心を解きほぐし、意思の疎通を計り、情報を抜き出すべきか。

 そう思考を巡らせていると……先頭の男が叫び声を上げたかと思うと、八人皆が後退り、遂にはへたり込んでしまったのだ。


 気がつけば、恐れ慄く村人達を前に仁王立ちする黒装束の大男の図が出来上がっているでは無いか。


 これはマズイ気がする、と焦るジュウロウであるが、何が理由でこの様な状況になったのか解らない。

 正確にはおそらくこれかという予想は立つのだが決定的な要因が何か判断できない。

 黒装束か、もしくは図体の大きさか、いずれにしろ彼等の琴線に悪い方向に触れる何かがあったのか。ジュウロウはそう考えていた。

 

 彼は知らなかった。

 この世界に来てすぐに触れ合ったフワフワした何かが精霊や妖精と呼ばれる存在であることを。

 術式の制御に四苦八苦していた際にありとあらゆる属性の術を励起させたことが呼水となり、ジュウロウに興味を惹かれた精霊や妖精達が近隣から集まってきた事を。

 それらが八種類の属性に分かれていて、一堂に会するなどあり得ないというのがこの世界の常識である事を。

 つまり精霊や妖精を全種類引き連れた自分がいかに異常であるかを。

 村人達はジュウロウよりも溢れ出た精霊や妖精に驚愕して腰を抜かした事を。

 あまりにも世界に馴染んでいたが為に、精霊や妖精はギュネイホロスの人々にとって当たり前の様に存在しているものだと判断してしまったのだ。


 世界を渡ったばかりの人間だ。情報にうとく判断材料も少ない。更にはその判断も間違えつつある気がする――嫌な予感だけが彼の指針であった。だからジュウロウは行動に移す事にした。


 まずいでござる

 このままでは完全に敵認定されてしまいかねん

 よし、かくなる上は儂の方からコミュニケーションを図っていくしかあるまい

 交渉術の基本は笑顔と人当たりの良さでござる――


(……レベル1 乱破術・外見変化(アバターフェイス)


 ジュウロウは額を守る鉢金を捲り上げ頭と口元を覆った頭巾をずり下ろして顔を見せる。

 フラウは素顔を晒して笑顔で話しかけてくる「ジュウロウ」に度肝を抜かれた。

 サラサラと風になびく白金の髪。透き通る様な白い肌。まるでレガイア王族やヴォーダン皇族の王子様かといった美しい蒼い瞳。

 ちょっと見た事が無い様な美男子がそこにいたのだ。それも全身に精霊達を纏って。

 

 えええええええ……なんだこの人……


 お転婆で村のガキ大将をやるフラウだが彼女も13歳の少女である。「ジュウロウ」の正体を見て頰が熱く燃える。


「そこのお子よ、すまぬが、少々お尋ねしたい事があるのでござるが、よろしいであろうか」


 低い声が耳に響いた。

 全然よろしくないとフラウは思った。


 この顔でこの声? 父さんより低い声? 


 その声を聞いてフラウはパニックに襲われた。


 え嘘でしょ 怪しい人かと思ってたのに

 何これ どうしよう めっちゃカッコいい

 ヤバイ こんな人、村にいないよ

 めっちゃ髪サラサラ お肌ツルツル

 王子様? 綺麗な目 え オコって何?

 私? 私のこと? え 笑ってる

 笑顔がすごい 吸い込まれそう

 え なのにござるって何 なにその変な言葉

 てゆうか声が渋い 渋すぎる

 森番のエッタおじさんぐらい渋い なんで?

 顔と声が変じゃん なんでよ?

 てゆうか精霊すごい 妖精が暴れまくってる

 こわい 逆に一周回ってこわい

 え 私に話しかけてるの どうしよ こわ

 え お尋ねされてる

 どっかの王子様? 外国人? え こんな村に?

 え 盗賊? 違うよね 盗賊の王子様?

 精霊で盗賊で王子様? 


「あの……精霊で王子様な盗賊の人ですか?」


 支離滅裂な言葉が口から漏れ出てしまいフラウの顔は秋口のサイヒ花畑の様に真っ赤に染まった。


 意味不明な発言をした後にパニックに陥る目の前の少女を見て、ジュウロウもまた軽くパニックに陥った。

 

 この後、ジュウロウとフラウ達は探り探りで意思の疎通を測り、ある一定の相互理解を得るまでに更なる時間を必要としたのであった。

 

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