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異世界SHINOBI  作者: 鈴木劫痴
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第一章 第二話 結界破り

 静まり返った屋敷。

 物音一つしないその広間に、スッと影が現れた。


 闇から染み出す様に拡がる影は、見る見る間に大柄な忍の姿へと変わっていく。


 ジュウロウだ。


 ここは彼の造られた里。

 勝手知ったる故郷であると共に、鉄の掟を持って行動を制限された要塞である。


 だが彼が知る屋敷はここまでであった。

 ジュウロウが忍の技術を身につけた里ではあるが、彼とて知らない場所は数多い。

 そしてこれより先は、立ち入る事さえ禁じられた里の秘密なのだ。


 「十本刀」最強を謳われる男はその掟を破り「護魔忍屋敷」の奥を目指して進む。明確な目的を持って。


 ジュウロウが足を踏み入れたのは長い廊下である。

 古めかした板張りの床の上を踏みしめる音無く滑る様にジュウロウは進んで行く。


 突然、廊下の左右の壁に(ほの)かな輝きが灯り、(おびただ)しい数の図柄が浮かんだ。


 魔法陣! 看破したジュウロウが身構えた瞬間、壁面に現れた数百に及ぶ魔法陣から矢の嵐が吹き荒れた。


 掟破りを許さぬ里の意思が、侵入者を排しようと動き出したのだ。


 虚空から出現し、また虚空へと消え去る様に吹き荒れた矢の猛攻が過ぎ去った後、ジュウロウの姿は見えなかった。


 ジュウロウはどこへ消えたのか?

 答えは天井にあった。

 光を受けて地に伸びる筈の漆黒の影が、不思議なことに天井に貼り付いている。

 その影が立体的に膨らんだかと思うと人の形を取った。


 ジュウロウは、得意とする遁術を用い、天井の影と同化する事で矢の嵐をやり過ごしていたのだった。


 兄弟子に揶揄された通り、兄弟のうちにおいて索敵や感知を不得手とするジュウロウであるが、彼はそれを補って余りある能力によって危機を克服する。

 「十本刀」最強と呼ばれた忍の実力は伊達では無いのだ。


 撃退の仕掛けが消えた事を確認したジュウロウは音も無く地上に降り立ち、更に奥を目指してまた進み出す。

 彼が目的とする場所は、この屋敷の最も深い場所に隠蔽された一族の秘奥に守られている。

 それはつまり、進むにつれて排斥の意思が強く大きくなるという事であった。


 奥へと進むジュウロウを里への侵略者と看做(みな)して猛り狂った里の防衛機構が、その本領を発揮して牙を剥く。


 突然、酸の雨が降り掛かった。

 ジュウロウは咄嗟に飛び退って態勢を整え――る間が与えられなかった。


 次の瞬間には板張りの廊下から槍の林が乱立するように突き立ったのだ。


「土遁・岩壁(グラヴィティ)!」


 虚空より呼び出した岩の壁を自身の天と地に展開し、降り注ぐ酸と足元を襲う槍衾を防いだジュウロウは、身を翻して先程まで立っていた安全地帯に向けて飛んだ。

 しかしそこは既に安全では無くなっていた。

 足元に真っ暗に広がる奈落の入り口が出現していたからだ。


「雷遁・雷電(ライディーン)!」


 投擲して壁に突き刺した棒手裏剣に向けて電流の道を生み出したジュウロウは、その流れに乗って瞬間的に退避して、すぐさま次の術を発動した。


「火遁・炎渦(ボルテックス)!」


 既にジュウロウの背後から襲いかかっていた熱線で編まれた網の表面を、生み出した炎の車輪と同化して転がり逃げる。


 ジュウロウの行手を遮った仕掛け、それこそが里の奥へと足を進める者を滅殺し排除せんと配備された防衛機構だ。


 ジュウロウは苦難の道を連想した。

 特殊な術式が組み込まれた「護魔忍屋敷」は、異次元を内包した特別な空間となっており、その外観からは想像もつかない広大な内部を誇っている。

 最奥までの長大な道程には、おそらく数多の防衛機構が待ち構えており、絶死を狙う幾多の抵抗が立ち塞がるのだろう。


 それは、言わばジュウロウ達「護魔忍」の源泉を守ってきた堅牢な守護者であった。

 だが今、それはジュウロウにとっての死神に変わったのだ。

 その殺意は尋常ではなく、猛攻は熾烈を極める。


 しかし、この場に立つ忍も只者では無い。


「流石に一筋縄ではいかん――だが!」


 七天のオーラを輝かせたジュウロウが駆ける。


 護魔忍十本刀の十番、沫木十楼。

 彼の目的は最奥へ生きて至る事。


 侵入者が誰一人として辿りついた事の無い里の防衛機構。

 それに挑戦する事を決めたジュウロウは、徹底して遁術に特化した術の構成を磨いてきた。


 その危機回避術は神技と呼べるレベルに到達している。


 だからこそ「護魔忍」同士の争いが決定的になった時に、随一の攻勢術を誇る十本刀一番、渡来異治狼との対決へ臨む事になった。

 そして兄弟子が奮う猛攻を凌ぎ切ってその打倒を果たして来たのである。

 対イチロウを成し遂げ、兄弟子の壁を超えたジュウロウの遁術は更なる高みに至る事になったのだ。


 こうして磨き上げられた至高の遁術が、死神の大鎌を凌駕する。

 

 襲い来る数多の防衛機構、その全てに術を駆使してジュウロウは挑む。

 一歩、また一歩と奥へと向かって。


 そしてジュウロウが乗り越えた防衛機構の数が実に三千を数えた時、彼の眼前に映る景色が変わった。


 数時間に及ぶ孤独な戦いを続けたジュウロウは、遂に目的の場所であった奥座敷への入り口へと辿り着いたのだった。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 そこは、まるで空気までも遮断するかのような冷徹な空気を纏った八枚の襖によって閉ざされていた。

 襖の上部には、竜・虎・鳳・亀等の彫刻が施された豪奢な欄間がある。


 不思議な欄間であった。


 彫刻に彫られた幻獣・神獣の類いの目が、邪悪な力を宿してうっすらと輝いており、まるで侵入者を睨み殺さんとしているかのように瞬いている。

 そして今、その邪眼はジュウロウに向けられていた。


 奥座敷へと通じる廊下は、門番として鎮座したこの「欄間」と「襖」によって隔てられているのだ。


 禍々しい空気が支配したこの場所こそが、ジュウロウが目指す「封印の間」への最終関門。


 護魔忍屋敷の秘中の秘である「妖獣使役型108式多重結界」であった。


「……多重結界……ついに到達したでござる」


 封印の間への侵入者を拒絶する結界を睨み付け、フッと息を吸い込んだジュウロウはおもむろに構える。

 

(オン) 破邪羅(バジャラ) 羅朱伴天(ラシュバンテン) 奏輪禍(ソウワカ)

 (オン) 破邪羅(バジャラ) 軍荼若天(グンダジャテン) 奏輪禍(ソウワカ)

 (オン) 破邪羅(バジャラ) 毘金天(ビキンテン) 奏輪禍(ソウワカ)

 (オン) 破邪羅(バジャラ) 芭流切天(バルキルテン) 奏輪禍(ソウワカ)

 (オン) 破邪羅(バジャラ) 是紺邪天(ゼコンジャテン) 奏輪禍(ソウワカ)

 (オン) 破邪羅(バジャラ) 央陽刃天(オウヒバテン) 奏輪禍(ソウワカ)

 (オン) 破邪羅(バジャラ) 羅忌影天(ラキエイテン) 奏輪禍(ソウワカ)


 抑揚の無い低い声が響いた。

 何かの呪文のようなものをジュウロウが唱えたのだ。

 そして唱え終わった瞬間からジュウロウが淡く輝きだした。

 赤・橙・黄・緑・青・藍・紫の七色の光。

 全身を満たした7色の輝きが、ジュウロウの体内を通り右手へと集まっていく。

 ジュウロウ達護魔忍が使う超常の力、七天魔の発現であった。


 火を司る羅朱伴天の赤。

 地を司る軍荼若天の橙。

 雷を司る毘金天の黄。

 風を司る芭流切天の緑。

 水を司る是紺邪天の青。

 光を司る央陽刃天の藍。

 闇を司る羅忌影天の紫。


 彼の右手で七色の光が混じり合って一際大きく輝いた。


「ミョウブ! 行くでござるよ!」


『みゃあ!!』


 呼びかけに応えた相棒がジュウロウの組み上げた術式へと力を降り注いだ瞬間に、ジュウロウは右腕ごと大きく振りかぶり、手首を翻して「何か」を投擲した。


「秘技……|七天魔式数珠型苦無連弾マルチプルミサイル・セブンス』!!


 宙を切り裂くように放たれた物は、奇妙な形をした黒い金属性の刃物であった。


 それは、漫画や時代劇などで、忍者によって投擲される描写が有名な『苦無(クナイ)』だ。


 しかし、その瞬間にジュウロウによって行われたのは、漫画や時代劇を遥かに凌駕する異常な投擲であった。


 一息でジュウロウが放った苦無は、七天の輝きを受けて分裂しながら宙を切り裂いて飛んだ。


 30本に分かれた苦無の全てがジュウロウを包む六色の光のいずれかを帯び、まるでホーミングミサイルのように、弧を描く。


 美しい軌跡を描いた無数の苦無は、奥座敷を守る欄間の獣へと凄まじい速度で飛び、一瞬後には、全ての目を同時に打ち抜いた。


 七天の力を降ろして放たれたそれは、「十本刀」最強の男の、神技とも呼べる渾身の一投であった。


 奥座敷への侵入を拒むべく睨みを効かせていた「欄間」の妖獣達の魔眼は、ジュウロウの投擲した苦無によって首ごと破壊されたのだ。


 その瞬間、目に見えない何かが奥座敷の周囲へと爆発的に拡散した。

 無形無色の爆発が終わった後、禍々しい空気は打ち払われたように消え去り、清浄な空気に包まれた空間へと変わっていく。

 

 おそらく()()()()()()()行われたのだ。


「……七種五重結界の完全同時破壊……ついに成し遂げたでござる……!」


 がっくりと膝をつき、ジュウロウは息荒く肩を震わせた。

 心なしか首元に巻き付いたミョウブもぐったりとしているように見える。


 先程放たれた一投には、ジュウロウと相棒を消耗させるだけのエネルギーが込められていたのだ。


 だが、黒装束の覆面の奥から漏れた声には、確かな勝利の響きがあった。


 そう、彼は勝ったのだ。


 彼ら「護魔忍」を縛り付けていた呪縛を絶ち切る為の戦い。

 その為に、十本刀を構成する最強の忍達も、半分に割れて争う事となった。

 それぞれがそれぞれの信念の為に、身命を賭して戦ったのだ。


 しかし今、彼は一人きり。


 共に戦った兄弟の内で、この部屋にたどり着けたのは、ジュウロウだけ。

 たった一人きりの戦いに向かい合ったジュウロウは、不可能と言われた勝利を成し遂げた。

 祝福を送る者も、喝采を叫ぶ者も誰もいない、孤独な勝利である。

 しかし、これで終わりでは無い。

 ジュウロウは振り返らずに奥へと進まなければならない。

 最後の目的を達成するために。


 その為には相棒の力が不可欠であったのだが――


(ミョウブ、大丈夫でござるか?)


 ジュウロウは襟巻きに擬態したまま動きを止めた相棒に念話を送る。


(……ジュ……ロウ……残存……は……20%以下……封印の……奥……扉……強い…気を……ニャ……危険……)


 時に途切れて響いてくるミョウブの声に、ジュウロウは警戒度を跳ね上げた。


 ジュウロウの体内には『魔力』と呼ばれる存在が宿っている。彼が厳しい修練の末に手に入れた力だ。


 そしてジュウロウは、その魔力を使用する為の触媒として超常の存在を使役している。

 根源なる力とジュウロウを繋いでくれる『(あやかし)』と名付けられたモノを。


 ジュウロウの首に巻き付いた襟巻きに擬態しているモノこそが、その妖、猫又ミョウブである。


 そしてミョウブはジュウロウが術を行使する際に使用するの魔力を貯蔵するタンクとしての役割も果たしている。


 だが、護魔忍最強の座を分け合った兄との戦い、護魔忍屋敷最奥への侵入、更には「妖獣使役型108式多重結界」の破壊と、ジュウロウの全力をかけて尚余る試練を戦ってきた為に、ミョウブがストックしていた魔力の大半が失われていた。


 封印の間へと至る道は開いたが、その代償に消費した()()が想像以上だったのだ。


 その為に、魂レベルで構築したはずの妖との繋がり(リンク)が弱まっている。


 相棒であるミョウブとの繋がり(リンク)を失うということは、ジュウロウの持つ戦闘手段の大幅な喪失と弱体を意味している。


 ロクロウから貰った特別な癒し薬でミョウブの魔力を回復しているが、それでも溜め込んだミョウブの魔力は殆ど回復せず、残存魔力も心許ない。


 万全の状態で術が放てるのはあと何回か……この先に進む為には何もかもが足りない。


 だが、ジュウロウに撤退する選択肢は無い。


 彼には、兄弟忍達と固く交わした約束がある。

 その約束を果たす為には、まだ道の半ばである。

 必ず「封印の間」まで辿り着かなければならないのだ。


 決意を噛み締めたジュウロウの眼前には、結界の襖を抜けた先へ広がる空間がある。


 結界破壊の余波を受け、一面に漂っていた残留魔素が生む靄が晴れて来たことにより、その姿がジュウロウの目にはっきりと映る。


 そこにあったのは、深淵の宇宙の様に光が存在しない空間。

 その中央に、術式が刻まれた円陣がポツンと一つ。


 ――転移陣! ……「封印の間」は亜空間に隠されていたのか――


 それは別の空間へと繋がる転移の間であった。


 決意を新たにしたジュウロウは、妖獣結界を超えて足を踏み入れる。

 床に刻まれた西洋魔術式の転移陣へと。


 そしてジュウロウは、一族の最大の秘密が眠る「封印の間」へと転移した。


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