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異世界SHINOBI  作者: 鈴木劫痴
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第一章 第一話 護魔忍ジュウロウ

 夜の帳に包まれた人気の無い路地があった。

 何処にでもあるような、ありふれた場所。

 だがこの薄暗い路地は勝手が違った。

 街を行く人々が立ち入る事の出来ない様に、街から()()()()()()()()


 路地裏は、異界へと変わっていた。

 

 街の喧騒から切り離された静寂の中、時折古びた街灯に飛び込む虫の燃える音がパチパチと響く。

 その街灯から伸びた光が高速で動き回る何かの影を映し出した。

 二つの影が映し出されては消え、再び現れてはまた消える。

 二匹の大きな蛾か何かが飛び回っているのか?

 いや、違う。


 二つの()()が戦っているのだ。


 その証拠に、ガキン、ガキンと硬質な金属同士が打ち合わされる音が、静寂に包まれていた路地に響き渡る。

 だが、争っている筈の()()の姿は見えない。

 戦いの存在を示すものは、地に映し出される影と鳴り響く音だけであった。


 実は今、異界と化したこの路地裏で人の眼では追うことの出来ない超常の戦いが始まったのだ。


 街から切り離された地で始まった死闘は、戦闘者の姿無きまま繰り広げられる。

 硬質な金属同士が打ち付けられ攻めぎ合う音だけが響き続ける。

 外界を覆う夜の帳が色濃く変わってもまだ続く「姿が見えない戦い」は、しかし確かな痕跡を残す。

 路地裏のそこかしこに突き刺さった投擲武器。地面や壁に残る足跡と破損跡。所々に散った赤い染み。

 それらは激闘が拮抗している事を示していた。


 しかし決着の時はやってくる。


 果て無く続くかと思われた人外の戦い。それは突然にして終局を迎えた。


 辺りが静寂へと変わり、張り詰めた空気に支配される。

 姿の見えない戦闘者達が勝敗を決する為の一撃を研ぎ澄ました、その空白の時間であった。


 突然、無形のエネルギーが路地裏の中央で爆発した。

 宙に擊ち出されたかのように飛び出した両雄が衝突したのだ。

 撃ち合い、離れ、また衝突する。

 飛び回る二つの影が最高速に達して交差した瞬間、ズブリと肉を貫く音が鳴った。

 それを機に、張り詰めた空気が霧散する。


 戦いが終わったのだ。


 次に街灯がパチパチと音を立てた時、路地裏には二つの影が残っていた。


「許せとはいわぬ」


 低く響く声と共に、一つの影が地面から実体化する様に立ち上がった。まるでこの世に顕現するかの様に。


 足元に倒れ伏したもう一つの影に向けて声をかけた影は、徐々にその姿を露わにする。


 その正体は、全身を黒い衣裳で包んだ見上げる様な巨体の男だった。


 2mを越える体躯は、路地裏の闇に溶け込むかの様な漆黒の布で頭の先から足元まで覆われている。

 その上に硬質な脛当て、手甲に鉢金。そして首元には真紅の襟巻き。


 (シノビ)


 日本人であれば誰もが思い描く事が出来るであろう、あの「忍者」がそこにいた。


 街の通りから少し外れただけのこの裏路地で行われていたもの――それは忍者同士が命を懸けて行った生存競争であったのだ。


 まさに今、この場所で人外の戦いを繰り広げ、そしてはっきりと明暗別れた二人の忍。

 敗れた忍――地に倒れたまま動かないその胸部には、刃物のような何かが突き立ち、地面に赤黒い染みを拡げていく。

 傍に立つ勝者となった忍が眼前で手刀を切る。それは鎮魂を示す動作であった。

 そして二言程何かを呟いた後、倒れた忍に向けておもむろに掌をかざした。


 次の瞬間、その手から真紅の炎が巻き起こった。

 人の姿を覆い隠すほどの豪炎は、一瞬で倒れた忍を包み込む。数秒後には、僅かに焦げた地面の上から敗者の姿は消えた。


 異様な光景であった。


 法治国家であり、先進国であり、犯罪発生率の低さに定評のあるこの日本において、人が刺され、そして燃やし尽くされる事など、あってはならない事なのだ。


 漫画やアニメといった空想の産物が織りなす物語が文化として根付いているこの国であっても、あまりにも非現実的な光景。


 それは、まさに物語の中に出てくるような「忍術」であった。


「これで邪魔立てする者は……消えたで()()()……」


 呟いた低い声、その語尾ですらも――紛れもない忍の者。


 男の独白と共に、路地裏に唐突な変化が訪れる。

 人気の無い静寂が払われ、周囲を包む雑踏の音が響き始める。

 人を遠ざける様に路地裏を覆っていた結界が解除されたのだ。


 そして、闘争相手を闇に葬った黒装束の大男の周囲を、一陣の風が巻いて吹いた。


 次の瞬間、路地裏から男の姿が掻き消えた。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 生き残った忍――男の名は「ジュウロウ」という。


 現代の日本では、歴史上に残る伝説や物語の中で語られるなどして、未だに著名な二つの忍者の里があるが、そことは()()里の出身だ。


 ジュウロウの里は京都府のとある地方都市の中にあった――いや、里とは呼べないかもしれない。

 何故ならば「古い一軒の屋敷」がそうだったからだ。


 現代建築が立ち並ぶ周囲の街並みから浮いた古めかしい威容を示す広大な武家屋敷。

 建築されたのがいつ頃か、もう誰も知らない。

 一説では、この地で生まれ豪腕で鳴らした歴史上に名高い政治家の近縁筋の者が所有しているのではないかと噂されている。

 数十年前に起こった戦争の際に、この地方一帯を焼いた空襲を経験してなおこの地にあり続けている屋敷である。


 その外観は積み重ねた年月に相応しい有様で、まるで幽霊屋敷のようにボロボロだ。

 地元では「中に足を踏み入れたら、神隠しに遭って帰れなくなる」と噂される有名な心霊スポットとして知られている。そして実際に数多の行方不明者を生み出しているのだが――その事実は決して表に出ることはない、不可思議な屋敷なのだ。


 誰が呼び出したのかは不明だが、「護魔忍屋敷」と昔から呼ばれているこの屋敷。


 その正体は、社会との関係を隔絶する術式結界に覆われた忍の隠れ里。これこそが、忍者ジュウロウが育まれた()であった。


「闇遁・結界渡り(ミラージュウォーク)


 そして今、「護魔忍屋敷」の広い瓦屋根の上へと術を行使して結界をすり抜けたジュウロウが降り立った。


「儂が一番乗り? まさか……いや、そんな筈はあるまい……看破忍法・傍目八目(オウル・アイズ)!」


 姿を潜めた何かを見破るべく術を行使しようとしたジュウロウの背後に、小さな二つの影が動いた。


「相変わらず、オマエは探知系の術はイマイチだなあ」


 ジュウロウに語りかけたのは、影に潜むように結界へ貼り付いていた人型の折り紙のようなモノだった。


『気を抜くんじゃないよ……アンタもしかしてバテてんの?』


 その背中に張り付いていたメカニカルな容姿をした蜘蛛のようなものから別の声が響く。


 虚を突かれたジュウロウが緊張を纏ったのは一瞬の事。現れた二つの影は、ジュウロウの身内と呼べる存在だったからだ。


「シロウ! ロクロウ! 無事であったか!」


 ジュウロウが安堵の色が滲む声を掛けた紙人形とメカ蜘蛛。その正体もまた、ジュウロウと里を同じくする忍びし存在であった。


 ヒラヒラと舞い降りて伸びをするように震えた紙人形は、ムクムクと膨れ上がって人の形を取る。

 得意とする式紙の術で人形に化けていた者は、ジュウロウより年長の忍、シロウという。


「オマエこそ……イチロウ兄と刃を交わしてよくぞ帰ってきたな」


 線の細い声が身長2mを越えるジュウロウを見上げて鳴った。170cm程の引き締まった肢体に長い黒髪と整った顔立ち。まるで女忍者のような風体であるが、(れっき)とした男である。

 

 その身を包む袴装束の壮麗さに反して、所々に存在する切り裂いた様な破れ目と赤い染み。治療はされているが特に右腕の傷が酷い様だ。

 軽妙さを感じる語り口とは異なり、シロウもまた激戦を超えて来たであろう事をジュウロウは感じ取った。

 

「……紙一重の差で、天秤が儂に傾いた。ミョウブがおって尚、薄氷を踏むような勝利でござる」


 ジュウロウは独白しながら首元に巻いた真紅の襟巻きを撫でつけた。するとブルブルと襟巻きが震えた。まるでジュウロウに返事をするかの様に。


 状況を報告し合っている二人の足元へカシャカシャと歩み寄ったメカ蜘蛛の頭部がパカっと開き、上空に向けて霧のようなものを噴き出した。広がった霧の中に現れた影が人の形へと変わる。

 蜘蛛の中から現れた者は、ジュウロウの先輩忍者にあたるロクロウという。


「ふん……やっぱりオマエが最強ってことか。ふざけた言葉を使うくせに」


 美しい金髪がジュウロウの胸の辺りで揺れた。ジュウロウを見上げる様にして青い瞳が睨みつけている。声、身長、体型から見るに、こちらは紛れもなく「女」の忍者であった。

 彼女もまたシロウと同じくして全身に激闘の名残があった。両腿には大きな包帯が巻かれている。


「ジュウロウの『時代錯誤忍者語』は趣味だからなあ。ほっといてやれよ」


「……別にふざけた時代錯誤の趣味だとは思っておらぬ」


 若干むくれた声色でジュウロウが返す。その言葉遣いを揶揄されたことが不満のようであった。


「……ふん……変わり者……ミョウブちゃんを休ませてやりなよ」


 ロクロウはジュウロウを認めながらも手厳しい様子であった。実は彼女にとって、ジュウロウとは弟の様な存在なのだ。


「ふふ、ロクも厳しいね。それよりもジュウロウは相変わらず楽しげに術名を唱えるよなあ……ふふ、中二病罹患者は大変だね」


 兄弟弟子の触れ合いを横目で流しながらシロウが呟く。彼にとっては両名とも年下の可愛い兄弟である。

 だが古風なデザインの袴衣装に似た装備を身につけ、式神を駆使するスタイルのシロウにとって、言葉遣いや見た目に反したジュウロウの英語式術名が可笑しくてしょうがない。


「儂の勝手でござる。これが一番なのだから、これで良いのだ」


 ジュウロウはその術の冴えを生み出すために色々と形式にこだわる忍者であった。

 ただしジュウロウの術式に介在する規則は、それを構築した本人にとっても面と向かって指摘されたならば多少の気恥ずかしさを感じるものらしい。

 そして目の前のシロウとは、兄弟弟子の中でも唯一ジュウロウの感性のポイントを的確についていじってくる面倒な兄であった。

 

「むくれるなって。オマエの構成も難儀だよなあ……まあ、それに見合うだけのモノはあるか」


 シロウの視線を受けた首元の襟巻きがモゾモゾと動く。まるでもたげた頭をジュウロウにすり寄せるかの様に。


 ジュウロウを慰める様に動き出したものは、首元の襟巻きに擬態していた生物であった。


 襟巻きの様に伸ばした真紅の尾をジュウロウの首に巻きつけたそのモノの名はミョウブ。

 実はその正体は、ジュウロウの相棒を務める妖の類「猫又」である。


「あら!……ミョウブちゃんだいぶ弱ってるんじゃないの? 可哀想に……ジュウロウ! これ使いな!」


 灰褐色の愛らしい子猫の姿を現したミョウブを認めるなり、先程まで吊り上げていた目をだらりと下げた女忍者がジュウロウに向けて小さな瓶の様な物を投げ渡す。


「ロクロウ印の活力薬?―― 最高グレード!? ……良いのでござるか? この手のモノはさほど手持ちもあるまいに……」


「あんたじゃ無いよ! ミョウブちゃんに使ってあげな!」


「心得ておる…かたじけない」


『みゃあ』


 弟忍者に手厳しい女忍者は、感謝の声をあげたミョウブのゴロゴロと鳴っている喉の辺りをさらさらと撫でる。


 屋根の上で行うには似合わない、居間で炬燵を囲んで会話しているかの様な平穏な空気が流れていた。

 しかしそれはすぐに終わりを迎えた。


「それより、時間切れだ。ジロウ兄とハチロウタは……来れなかったようだ」


 腕に巻いた時計の様な道具を確認した優男が告げる。

 ミョウブが襟巻きに戻り、ジュウロウと女忍者の空気が変わる。


「…… そうでござるか……」


「……まいったね……」  


「……まあしょーがねえな。手ハズ通りにいく。オレはサブロウを討つ。ロクロウはキュウスケを殺れ」


「……ええ」


「ジュウロウは……必ず()()を止めて――いや、やるべき事をやれ。……お前を信じる」


「……任せるでござる」


 三名はしばし見つめあい行動を起こす。


 言葉少なく頷いた背の低い女忍者は、再びメカ蜘蛛へ乗り込み、闇に溶け込むようにスッと消えた。


 意思の確認を終えた線の細い男忍者は、ふっと宙に舞って一羽の紙烏(カラス)と化して飛び去った。


 そして、()()を終えたジュウロウは屋敷の中へと進む。


 別れ。


 そう、もしかしたら彼ら三名は、もう二度と会えなくなるのかもしれないのだ。

 彼らは皆、命を使うという覚悟を持って戦っているのだから。

 それは彼らが棲む世界の理なのだ。


 平和な光景に覆われた現代社会であるが、実はその裏には深く広がる闇の世界がある。

 そこには平穏を享受している人々には決して知られる事の無い超常の存在達が蠢き、さらに表の世界で行われている戦争が()()()()()に思える程の熾烈な戦いが存在する。


 それぞれの立場が、陣営が、理念が、ぶつかり合い殺し合う超常の世界だ。


 そしてその世界で生きるジュウロウ達は「護魔忍」という勢力に属していた。

 護魔忍とは、不可思議な力を用いた術を用いる忍者の集団だ。銃弾が飛び交う戦場を体一つで駆け抜け、闇に潜み、命を刈り取る日本の(ジャパニーズ)死神(グリムリッパー)


 その存在は闇夜の死闘の最前線で戦い続けてきた強者(トップランナー)として名を知られた勢力であった。

 相対する勢力がどれ程強大な難敵であろうとも、置かれた情況がどれ程劣勢であろうとも、引かず靡かず曲げず、文字通り命をかけて抗う脅威の戦力として。


 だからこそ彼等の人生には離別が付き纏う。


 裏の世界で名を轟かせてきた護魔忍の存在理念は、目的達成を至上としている。

 それは己の命よりも優先される鉄の掟。


 数多くの戦場を渡り歩く傭兵でもある護魔の忍び衆は、目的を果たす為に命を賭けなければならない場面にも遭遇してきた。

 その度に、帰らぬ同胞が、仲間が、数多く存在した。


 護魔忍の歴史を思ってジュウロウは天を仰ぐ。


 今度は彼らの番が――血の繋がらぬ兄弟として切磋琢磨し、信じる忍道を突き進んできた「護魔忍衆・十本刀」の番が来た。それだけの話。 


 ジュウロウは思い返す。


 自分を高みに引っ張りあげようと呼ぶ兄や姉の声を。

 高みに近づいたジュウロウが兄弟の中で最も背が高くなった時を。

 更に高みに近づいたある日、兄弟の中で最も強力な存在となった日を。

 切磋琢磨し愛し愛されたかけがえの無い家族を。

 しかし愛の深さ故に譲れないモノが生まれた事を。

 その為に割れて争う事になった兄弟達の顔を。

 そして、今回起こった「護魔忍戦争」の行方を。


 実際に彼は先程、兄弟であった「十本刀」の内一名と相対し、殺して来たのだ。


 だが、それでいいとジュウロウは思う。


 ジュウロウ達が人生を捧げた護魔忍とは、護るべきものの為に命を使うと決めた誇り高き忍びの一族なのだから。


 ――それが今回は分たれただけの事。


 だからジュウロウは、振り返りもせずに目的地へと進んでいく。その行先に何が立ち塞がろうとも。


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