3,男子大学生の僕、女子高校生と食事をする
今日は講義を受けるため大学に来た。いつものお気に入りの席に座っていると急に背中をたたかれる。
「よ」
「お、久しぶり」
軽く挨拶をして僕の横に座ったのは友達の玉木健太だ。あのとき一緒にゲームをしていたやつだ。大学でできた初めての友達だ。固定の席である語学の講義で席が隣同士だったことと、同じ趣味であるゲームを通して仲良くなった。
「これ昨日の講義のプリント」
「まじでありがとう。助かる」
大学で休んだ時にプリントをもらっておいてくれる友達がいるって幸せだ。高校から一緒だったり、入学式前からSNSで繋がっていたりしており、最初の授業からある程度グループが確立してしまっていた。そのため上京してきた+同じ大学を受験した同級生がいなかった僕は、四年間ボッチ確定かもしれないと絶望だった。
しかし、誰にでも隔てなく話しかける健太のおかげでいろんな人と馴染めるようになった。僕の救世主と言っても過言ではない。
「そういえば昨日なんで講義来なかったんだよ。あとゲームしてた時急にいなくなるし。お前が裏回ってくれなかったから集中砲火食らったぞ」
「ごめんごめん。昨日はえっと…」
警察署に行ってたなんて言ったら驚かれるよな。なんなら男と取っ組み合いしてたなんて言ったらもっと驚くよな。事件はニュースとかになってないし黙っておいた方がいいよな。広まったらよくないし。
「ちょっと熱が出て」
「じゃあ鼻のガーゼなんだよ」
「これは熱のせいで頭が回ってなくて壁に顔ぶつけた」
「そんなにやばかったなら電話しろよ。適当に飲み物とか持って行ってやったのに」
相変わらずいいやつだ。上京するときは散々周りの人たちに「都会の人は怖いから騙されるなよ」とか言われたが健太は優しい。
「そういえば今度泊まりに行ってもいい?」
「え、なんで?」
「一人暮らしの部屋行ってみたい。それに大学生と言えば一人暮らしの友達の部屋に泊まりに行くだろ?」
「分からんこともないね。じゃあ準備しとくわ」
「よし、徹夜でゲームだな」
「夜中になると寝落ちしそうになる奴がよく言うわ」
「講義を始めるぞー」
講義が始まり一旦話を中断する。そのあと軽く談笑しながら講義を受けた。
その日は僕は午前中で終わりなため、午後からも講義がある健太と別れて部屋に帰った。
◇
ピンポーン
夜になりインターホンが鳴った音がする。昨日ネットショッピングで頼んだのが届いたのだろう。僕は特にカメラなどで誰が来たのかを確認せずに扉を開いた。
「香西さん、こんにちは!」
予想外の人物に唖然としてしまう。宅配の人ではなくまさかの井上さんだった。
昨日会った時と随分と雰囲気が違う。ニコニコしていて元気がある。これがいつも通りの井上さんなのだろう。元気そうでよかった。
「井上さんどうしたの?」
「肉じゃが作り過ぎちゃったのでおすそ分けと思って。中に入ってもいいですか?」
「え、別にいいけど…」
女子高校生を家に連れ込む男子大学生という構図が頭をよぎって心配になったが、僕の心配をよそに井上さんは「お邪魔します!」と部屋に入ってしまった。
「お部屋綺麗にしているんですね。失礼ですけど男性の一人暮らしって部屋が散らかっている印象があったのですが」
「友達が泊まりに来る予定があったから掃除したばかりなだけだよ」
「でも掃除するだけ素晴らしいですよ。一応聞いておきますがそのお友達というのは女友達ではないですよね?」
「もちろん、残念だけど僕に女友達はいないよ」
「それは良かったです」
「よくないよ」
井上さんは「ごめんなさい(笑)」と舌を出す。完全に会話の主導権を握られている。
井上さんの服装は料理をしていたような室内着には全然見えなかった。都会の女子高生は室内着もお洒落なのか。なんだか自分のパジャマ姿が恥ずかしくなる。
「香西さんはもう食事をしましたか?」
「いやまだだよ。今からカップヌードルでも作ろうかなと思ってた」
「丁度良かった。なら一緒に食べませんか?実はたまたま他の料理も作り過ぎちゃったんですよね。一人じゃ食べきれないので一緒に食べていただけると助かるんですが」
正直に言うと何か企んでいる気がする。ニヤニヤしながらこっちを見てくるし、言い方もわざとらしかった。
しかし井上さんが持っている肉じゃがはとても美味しそうで良い香りがする。井上さんの料理の腕が良いことは匂いだけでも分かる。
「じゃ、じゃあせっかくだし頂こうかな」
「やった!すぐに準備するので座っていてください!」
そう言って井上さんは僕の部屋を飛び出した。
三大欲求の一つである食欲には勝てなかった。
それから手際よく机の上には二人前の料理が並べられていった。途中自分は座っているだけなのが申し訳なくなって手伝おうとすると「座っていてください」と怒られた。理不尽だ。
「お待たせしました。食べましょ」
「うん、いただきます」
「はい、召し上がってください」
机の上にはご飯、みそ汁、ほうれん草のおひたし、肉じゃがが並んでいる。まずはみそ汁からいただくことにした。
「おいしい!」
「お口に合って良かったです」
そこからは楽しく世間話をしながら食事を楽しんだ。手作りの料理、そして誰かと一緒に食事をすることはどこか実家のような雰囲気があって友達と外食するのとは違った楽しさがあった。
◇
「改めて先日はありがとうございました」
食事をして後片付けが終わった後、井上さんはぺこりと頭を下げてきた。
先日というのは井上さんがストーカー被害にあっていたことだろう。
もしかしてと思っていたが井上さんは高校三年生なのだが一人暮らしをしている。
「そういえば一人暮らしは続けるの?親でもない僕が言うのもなんだけど今回の件もあるし実家で暮らす方がいいんじゃない?」
「確かに怖かったし、両親にも実家に戻ってこないか言われました。だけど説得して一人暮らしを続けることにしました」
「どうして?」
「早く自立したいというのもありますが何より…せっかく香西さんと隣の部屋だし離れたくなかったから…」
何よりと言った後から声が小さくうつむいてしまったためよく聞こえなかった。まあとりあえず早く自立して少しでも成長したいということだろう。立派だな~。
「あと何かお礼をしたいのですが…」
「全然気にしないで。それに美味しいご飯食べさせてもらったし大丈夫だよ」
「それでは私の気が収まりません」
困ったな。あくまで井上さんはストーカーをされた被害者なだけで本来は僕がお礼される立場ではないんだけどな…。昨日も思ったが井上さんは義理堅い人なんだな。たぶん井上さんなりにケジメをつけたいんだろうし何か考えないと…あ、そうだ。
「なら今日みたいに作り過ぎちゃったときだけで良いからおすそ分けしてもらってもいい?」
「え?」
「今日の肉じゃがすごくおいしかった。恥ずかしながら料理が苦手なので」
「わかりました。それではまた美味しい料理を作ってくるので待っていてください!」
井上さんも納得してくれたみたいで良かった。
しかし僕は知らなかった。これをきっかけに井上琴美さんに付きまとわれるようになるなんて。
よろしければ執筆の励みになりますので感想・ポイント評価・ブックマークをよろしくお願いいたします!