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王太子妃の日常


 フェリシアの日常は意外と忙しい。国王夫妻の名代として謁見や式典への参加、夜会や舞踏会、令夫人や令嬢とのお茶会など、こなさなくてはならない公的な行事やお務めが多い。


 その日少し遅めに目覚めたフェリシアは、朝の身支度を終えて、気分良く朝食を食べていた。そこにミランダが一枚のリストと封筒の束をトレイに載せてやって来て、そっとテーブルの端に置いた。


 王太子妃ともなると、面会の申し込み者や茶会の招待状が半端な数ではない。チラッと目をやり、フッとため息を零した。今までずっと避けてきたが、そろそろそういう訳にもいかない。お行儀は良くないが、食事をしながらリストに目を通していった。


『やっぱりお会いするなら高位の方からじゃないと失礼よね。でも、全員にお会いするのは面倒だわ。ちょっとハードルが高いけど、高位の方が催すお茶会に参加するのが一番手っ取り早いかな。そこで人間関係を把握しよう。』


 リストを眺め考えながら食事を終えた。それから、ロザリーがお茶の用意をしてくれている間に、招待状の差出人の確認を始めた。デキるミランダが爵位順に並べてくれているので、あとは開催日時の確認だけ。


「――ミランダ、このお茶会には出席するわ。……これとこれとあとこれは欠席で。その他は日程を考慮してからお返事したいと返すことにするわ。今日の面会については、こちらのお茶会に出席するのでと、後は全て断ってちょうだい。そちらで皆様にご挨拶したいからと。時間はかぶっていなけれど、分かってくれるはずだわ。」


 フェリシアはテキパキとミランダに指示をした。


「かしこまりました。ところで、なぜこちらのお茶会を選ばれたのですか?」

「それはもちろん、フォーサイス公爵夫人が主催されるからよ。国王陛下の妹君でいらっしゃるので、この王国で権勢を誇っていらっしゃる貴婦人のお一人に間違いないわ。上手くお付き合いしないとね。貴婦人方を敵に回しては、この国で生きていけないわ。」


 よくできました!と言うようなミランダの笑顔に、どうだ!とばかりの笑顔を返す。これまで半年の間、血の滲むような王太子教育を受けてきたのだ。


「さようでございましたか。 これまでは形式ばったことをなるべく避けていらっしゃいましたのに、どういったご心境の変化ですか?」

「失礼ね。わたくしだって、やるときにはやるわよ。面倒なことはさっさと済ませるに限るんだから。」

「……では、本日はどうかお気をつけて、さっさとお済ませくださいませ。」


 わざとらしく深々と頭を下げたミランダは、リストと招待状を持って下がっていった。 



 立派な淑女として――王太子妃として、エーヴェルトの人々に認めてもらわないといけないのだから、頑張らなければ!!


 そう意気込んで臨んだ公爵夫人主催のお茶会は、予想外に和やかに進んだ。

 公爵夫人は結婚前に一度対面した時と同じように柔和な笑みを浮かべ、常にフェリシアに気を配ってくれる。もちろん、一癖、二癖はありそうだが。


 そんな夫人につられて、他の夫人たちも同じように接してくれた。フェリシアは緊張が解けて、自然に王太子妃として振る舞うことができた。

 会場をそっと見回しながら、人間関係を観察する。そして、他国から嫁いだ王太子妃の最も重要な役目――王太子との夫婦仲の良さをアピールする。


「殿下はとってもお優しくて、いつも気遣かってくださいますの。本当にもったいない位ですわ。」

「羨ましいですわ。妃殿下は愛されていらしゃるのですね。」

「ここだけの話…、ちょっとした仕草がお可愛らしいんですのよ。」

「まあ、素敵!わたくしも一度でいいから拝見したいですわ。」


 モントクレイユの王女だったフェリシアが、アルベルトとの夫婦仲の良さをアピールすることは、両国の友好関係が順調であるとアピールすることに繋がる。王太子を愛し、愛される妃を演じるフェリシアの振る舞いは完璧に近かった。お茶会に参加している貴婦人方は王太子夫婦の仲は非常に良好だと信じたようだ。


「フォーサイス公爵夫人、本日はこのような素敵なお茶会にご招待してくださり、ありがとうございました。わたくしも落ち着きましたらお茶会を開きますので、是非ご参加ください。」

「まあ、妃殿下。そのようにもったいないお言葉を頂き、光栄でございます。もちろんでございますわ。」


 フォーサイス公爵夫人とは上手く付き合っていけそうだ。他のご夫人方も良い感触だった。フェリシアはホッと胸を撫で下ろした。



◇◇◇


 今日は外国からの使節団の訪問の日だ。初めてで勝手がわからないので、フォーサイス公爵夫人にお手伝いをお願いした。


 最初に行われる国王への謁見は、アルベルトが名代となり執り行う。フェリシアも王太子妃として臨席する。王太子妃として外国の要人への接待は、結婚式後に行われた祝宴以来である。珍しくフェリシアは緊張していた。


「フェリシア様、ご心配には及びませんわ。フォーサイス公爵夫人をはじめとした夫人方を味方につけていらっしゃるのですもの。いつものように猫をかぶってくだされば、上手くやり過ごせますわ。」

「さようでございますとも。フェリシア様は文官の方はもちろん、下働きの者たちにまで人気がありますからね。」


 侍女達が微妙に宥めてくれる。


 そこへ王太子の従者がやってきた。フェリシアは表情を繕うと、しずしずとミランダの後に続き、控え室へ向かった。


「殿下、お待たせして申し訳ございません。」

「いや、わたしも今来たところだ。それに使節団はまだなのだから、心配はいらない。」


 侍従たちはフェリシアとアルベルトの和やかな会話に目を細めていた。


 アルベルトの後に続いて謁見の間に入ったフェリシアは、あまりの煌びやかさに一瞬目が眩んだ。アルベルトが支えてくれなければ、足が止まっていたはず。

 感謝の気持ちを伝えるようにアルベルトを見上げて微笑んだ。ちらりと見返した碧い瞳で、アルベルトは大丈夫だと言うように目配せした。


 フェリシアは壇上の玉座の前に立つアルベルトの横に並んだ。その間、謁見の間にいる者たちは、皆深く頭を下げてアルベルトからの指示を待っている。


「面を上げよ!」


 玉座に座ったアルベルトが、威厳のある低い声で顔を上げるよう促した。


 誰も声を発することはなかったが、厳かな空間にさらさらと衣擦れの音だけが響いた。フェリシアは気持ちを引き締め、妃殿下らしい穏やかな笑みをたたえた。

 エーヴェルト王国側の長口上の後、使節団の挨拶が続く。こうして、使節団の訪問の挨拶と謁見はどうにか無事に終わった。



 翌日は使節団の歓迎晩餐会が催された。

 乾杯が終わり、フェリシアは使節団の代表の隣の席に付き接待した。


「遠いところよくお越しくださいました。」

「このように盛大なお饗しを開いていただきありがとうございます。」

「お疲れでございましょう?どうか気兼ねなくお楽しみください。」

「ありがとうございます、妃殿下。わたくしはこの使節団の代表として、しっかりと役目を果たし両国の発展に繋げて参ります。」

「それは、心強いですわ。」


 フェリシアはにっこりと微笑んだ。


 ふと視線を感じて顔を向けると、アルベルトとばっちり目が合ってしまった。その碧い瞳は優しげに細められていた。


 それからフェリシアは、フォーサイス公爵夫人を上手く立てながらも女主人として振る舞い、無事に晩餐会を終わらせることに成功した。

 フェリシアはエーヴェルト王国の王太子妃として、立派に役目を果たすことができたのだった。



◇◇◇


 今日はフェリシアが待ちに待っていた薬学研究所の見学。オリビアが案内してくれる。

 薬草園にはたくさんの薬草やハーブが栽培されていた。初めて目にするものが一杯でわくわくし、気分が高まっていく。


 研究所内には白衣を着た研究員や薬師が大勢いたが、清潔で静謐な空間だった。明らかに寝不足な顔をした研究員もちらほらいた。

 粉末状にした原料が所狭しと並べてあって、たくさんの秤や乳鉢などが机の上に置いてある。薬匙を持ち真剣な表情をした薬師、火にかけた大釜で薬草を煎じている薬師がいた。奥のエリアは、関係者以外は立入禁止になっていた。


 フェリシアは、茶葉のエリアでハーブの調合をさせてもらうことになった。透明のガラス瓶に入った茶葉が部屋を囲むように並んでいる。見ているだけでも飽きない。すごく楽しい!!


 いつも飲んでいるカモミールも変種だと味も香りも違った。オリビアの説明を聞きながら、一緒に調合した。甘みのある種のカモミールにローズ・レモングラス・リンデンフラワーのブレンドティーが出来た。リラックス効果があるという。ハイビスカスやコーンフラワーなどをブレンドした、美容効果の高いお茶も何点か調合した。



◇◇◇


 フェリシアがエーヴェルトに嫁いで初夜を迎えた日から、アルベルトは定期的にフェリシアと閨を共にしていた。嫁いだ当初は週に二度ほどであったが、最近は月に数回の頻度だ。そして、その時は決まって前触れがある。フェリシアにとっては、準備ができるのでありがたい。


 その日も予定をこなしたフェリシアは、自室に戻ってきた。お気に入りの菫色のソファに腰を落ち着け、本を読みながらお茶を飲んでいた。

 そこへ胸元が開いた紅色のドレスを纏った、いつもより一段と色っぽいミランダがやってきた。


「今夜、殿下がお見えになるそうです。」

「……そう、わかりました。準備しておくわ。」


 ミランダの言葉にフェリシアは狼狽えたが、表情を崩さないように澄ました顔で頷いた。そして最後に、にっこりと微笑んだ。


 侍女に手伝ってもらいながら湯浴みをして、薄桃色の夜着を纏う。その上にシルクのガウンを羽織った。そろそろ時間だ。アルベルトはいつも大概、決まった時間に訪れる。


「殿下が来るまで一人にしてちょうだい。」


 侍女に声をかけ下がらせた。

 フェリシアはアルベルトが来る前にやるべきことがある。


 壁際にある細かな彫刻の入った豪華な鏡台へ向かい、引き出しを開ける。中には香水や化粧品、小さな箱が入っている。一番奥から、美しい薔薇の彫刻の入った大きめの箱を取り出して鍵をさした。


 蓋を開けると、薄いオレンジ色の液体の入った小瓶を取り出した。栓を抜いて口に含む。とろりとした舌触り、甘さの中にほんの少しだけ苦味がある薬。行為の前に女性が飲めば丸一日効果が持続する。


 飲み終わった小瓶を箱に戻し、鍵を掛けて引き出しにしまう。その鍵を持って対面の壁側にある飾り棚に向かう。クマのぬいぐるみの背中のジッパーを開けて、その中に鍵を戻すと静かに閉じた。


 これで準備は終わった。ソファに座り直しふっと一息ついた。



 フェリシアにとって、初夜での経験は大きな衝撃だった。閨での睦ぎ合いを重ねるたびに、アルベルトの心の中が垣間見える気がする。


 アルベルトの触れる肌、仕草や体温が、優しさや愛しさを伝えてくる。そして、そこにはフェリシアへの欲情がはっきりと見える。


 朝になると隣にアルベルトがいる。触れるだけの優しい口付けに、身体への気遣い。フェリシアは、心の中に初めて宿った感情や変な快感に戸惑った。


 そんな気持ちになる度に、どうしたら良いのか分からなくなる。アルベルトへの気持ちもよく分からなくなっていく。フェリシアの心は揺れ動いていた。





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