結婚しました
半年間のお妃教育が過ぎ、フェリシアは晴れて結婚式をあげた。
王都から少し外れた小高い丘の上にある大聖堂は、荘厳さをたたえていた。白い石壁に流線形を描くアーチ状の柱と天に向かって伸びる鐘塔があり、大小の尖塔が囲むように聳えている。
フェリシアが礼拝堂へと続く大きな扉の前まで来ると、両脇に控えていた騎士が扉をゆっくりと開けた。ステンドグラスを通して柔らかく優しい光が降り注いできた。入り口から祭壇まで深紅の絨毯が続く。祭壇前には白い長衣を纏った司教と王太子が佇んでいる。
纏ったウエディングドレスは、シルクの生地にレースをふんだんに使ったハートカット。ウエストマークに細いベルベットのアクセントがあり、Aラインに沿って幾重にも重なったチュールが波打っている。後ろに広がる長いトレーンには、銀糸で素晴らしい刺繍が施されている。パールとクリスタルが散りばめられ、花嫁が動くたびに光を反射してキラキラと輝く。
フェリシアは絨毯を踏みしめ祭壇まで進むと、王太子の腕に手を添えた。司教の前で指輪を交換し誓いの言葉を交わす。王太子がフェリシアのヴェールを上げて、唇にそっとキスを落とした。
式が終わると二人は扉に向かって歩みを進めた。寄り添いながら歩く姿は、まるでお伽噺の世界のように神々しい。
「王太子殿下、妃殿下、万歳!!」
「ご結婚おめでとうございます!お幸せに!」
扉の外へ出ると大きな歓声に包まれた。
沿道を埋め尽くす人々に手を振りながら馬車へ乗り込むと、結婚祝賀パレードが始まった。
宮殿に到着すると、王太子と妃となったばかりのフェリシアが、正面のバルコニーに姿を現す。眼下には、おびただしい数の人の波、大勢の民が駆けつけていた。微笑みを湛え手を振っていると、フェリシアの肩をアルベルトがグッと引き寄せ口付けた。
「きゃあ〜〜〜!」
あちこちで黄色い悲鳴が上がった。
◇◇◇
フェリシアはお色直しをしてお披露目の祝宴を終えた。長い一日を過ごし部屋に戻ったが、このままベッドに倒れ込むことは許されない。このあと、夜のお勤めとやらが待っているのだ。
フェリシアはきっちりとした閨教育など受けていない。母には『夜のお勤めは殿下にただ従えばいい』と言われただけである。
「フェリシア様、本日は特別な夜ですので、こちらのメイドもお支度をお手伝いいたします。」
侍女とメイドの表情にはやる気が漲っている。
夜のお勤めの中でも、初夜のお勤めは特別なもののようだ。フェリシアは大きく頷いた。湯浴みの後、これでもかと念入りにマッサージをされ、香油をたっぷり塗り込まれた。着せられた夜着は、乳房の形が透けるほどの薄い夜着だ。
「フェリシア様、殿下がいらっしゃいました。ごゆっくりおやすみなさいませ。」
「えぇ、おやすみなさい。」
侍女と入れ替わりで部屋に入ってきたアルベルトが、フェリシアの元へ歩み寄る。頬に僅かに熱をもち、夜着の上にガウンを羽織っている。
「今日は色々大変だっただろう。」
「たくさんの方々に支えていただき感謝しております。」
フェリシアは透けた夜着が恥ずかしく、さり気なく胸を隠しながら視線だけでアルベルトを見上げた。
「フェリシア、結婚というのは昼間の式だけで終わりではないんだ。初夜を済ませて初めて夫婦として認められる。」
「はい、夜にはお勤めをしなくてはいけないと母から聞いています。侍女達によりますと、今夜は初夜という特別なお勤めだそうです。」
アルベルトは笑いを堪えたような、それでいて困ったような表情を浮かべた。
アルベルトはガウンの前を緩めて、フェリシアを抱きしめた。
「わ、わたくし――初めてでよく分かりません。母からは殿下に従うようにと言われておりますので……」
確かに殿下に従いなさいが正解だろう。何も知らずに嫁いできたフェリシアを自分好みに仕立てるのは、なかなか楽しそうだ。固く閉じられている若い身体は、どんな刺激を与えてくれるのだろう?……アルベルトの心の中に仄暗い喜びが湧いてきた。
「ああ、わかった。……フェリシアの身体が傷つかないようにするから、安心して任せて欲しい。」
アルベルトはそのまま、フェリシアにそっと手を添えるとベッドに運んだ。
「フェリシア、きれいだ。ドレス姿も素敵だったけど……今の姿はまるで神殿の女神像みたいに美しい。手をどけて、よく見せて……」
アルベルトの秀麗な顔が蕩けて色香を放ち、フェリシアは胸がドキドキと高鳴った。
「殿下、灯を消しませんか?」
部屋の中はランプの灯りで少し明るくて、アルベルトに全てが見えてしまいそうだ。
「……灯りは消さないよ。そういうものなんだ。」
何も知らないと言うのは面倒かと思っていたが、こと閨においては案外便利だとアルベルトは思った。フェリシアが疑問に思うことは、大概『そういうものなんだ』で通してしまおう――
初めてのフェリシアには申し訳なかったが、アルベルトは特別な夜のお勤めを、東の空が白み始めるまで幾度となく繰り返した。
◇◇◇
翌朝、フェリシアの目覚めに気付くとアルベルトは呼び鈴を鳴らした。待ち構えていたようにドアがノックされる。フェリシアの侍女とメイドは、赤面することもなく当然のようにベッドに近づいてくる。何も身に付けていないフェリシアは青褪めて俯いた。
メイドの一人が押してきたカートには果実水が用意されていた。確かに喉はカラカラだ。明け方まで声を発していたのだからしょうがない。まさか、そんなに大きな声を出していたのだろうかと、フェリシアは不安になった。
「喉が渇いただろう。」
アルベルトは果実水を取りやすいように、フェリシアの背に手を添えて上体を起こした。枕をクッションにすると、その背を預けさせた。フェリシアの上半身が露わになり、心の中で悲鳴があがる。もし声が出せたならば、口から悲鳴があがっただろう。
せめて侍女達が何か言ってくれればまだ救いがあるのに、無言のままだ。これはもう開き直るしかない。これから湯に入れば胸どころではなく、身体の隅々まで目にさらされるのだ。恥ずかしいという感情を捨てるのは早い方がいい。
フェリシアは意を決して視線をあげた。侍女とメイドと目が合う。蔑むでもなく咎めるでもない、生温かい眼差しをしていた。
「こちら、果実水でございます。」
メイドから差し出されたグラスを手に取って、フェリシアは頬を緩めた。汗をかいたフェリシアには冷たい果実水は有難い。グラスに口を付ければ、檸檬の爽やかな香りが鼻腔を擽る。喉を滑り落ちる冷たさに目を細め、そのままグラスを煽った。
「ありがとう。とっても美味しい。」
フェリシアの言葉にメイドが頷く。空になったグラスにそのままお代わりが注がれる。フェリシアは極力胸が上下しないように、今度はゆっくりと喉を潤した。
「湯の支度は出来ているか?」
「はい。準備は整っております。」
「フェリシア、湯浴みをしてくるといい。」
「フェリシア様、立ち上がれますか?」
フェリシア側にいた侍女が手を差し伸べた。全身が怠く足腰に力が入らない。
「…ガウンをお願いできるかしら。」
フェリシアが侍女からガウンを受け取る前に、アルベルトの手が伸びた。蕩けそうな優しい眼差しを向けながら、ガウン広げをフェリシアの肩にかけてくれた。入室してから今まで顔色を変えなかった侍女達が、何故かこのタイミングで頬を赤らめた。
侍女達の様子に居た堪れなくなりながら、怠い身体に喝を入れフェリシアはベッドから立ち上がった。左右に侍女、後ろにメイドが従う。浴室へ向かうだけなのに大事だと、侍女とメイドに申し訳なくなる。
「ごめんなさいね。まともに歩けないなんて。」
「フェリシア様、それだけ素晴らしい夜をお過ごしになったと言うことです。わたくし共はその為に用意をしたのですから、嬉しゅうございます。」
「さようでございます。フェリシア様も回数を重ねるごとに色々お慣れになります。足取りがおぼつかないということも、徐々になくなっていくかと存じます。」
侍女とメイドは嬉々として楽しそうに話をしている。
浴室へ足を踏み入れると、ラベンダーの香りが鼻腔に広がる。ラベンダーオイルが垂らされた湯に浸かると、ふっと一息ついた。
「少しでもお疲れが取れるといいのですが。」
「殿下に深く愛されたのですね。」
「殿下はフェリシア様のお胸がお好きなんですね。フェリシア様のお胸は張りがあって、形も大きさも素晴らしいですもの!」
侍女とメイドはフェリシアの全身をマッサージしながら楽しそうに話す。
「どうして殿下がわたくしの胸を好きになったと分かるの?」
まさか覗かれていたのかと、思わず言葉が零れた。
「まあ、フェリシア様ったらお可愛いらしいことを!」
「お胸に沢山の鬱血の痕があるじゃないですか!」
「鬱血の痕?」
「初めてですからご存じなかったのですね。殿下が強くお吸いになられると、その痕が出来るんですよ。愛されている証拠ですわ。」
「この後も何日か残ります。痕をつけられるのは殿下だけですから、所有痕と言うんですよ。」
「あら、フェリシア様のお顔が真っ赤に染まってますわ!」
「まあ、なんて初々しい!」
所有痕は身体中に沢山ついていたようで、報告を受ける度にフェリシアの顔は、ますます赤く染まっていった。