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お世継ぎ誕生


 フェリシアの視界を塞ぐように、イザベルが前に進み出て手を差し伸べる。


「フェリシアさま、ひとまずお部屋に戻りましょう。それからゆっくり診察させてくださいませ。」

「……そうね。」


 その声に、アルベルトがはっと振り向いた。


「わたくしは大丈夫ですから、殿下はなすべきことをなさってください。」


 まだ血色の戻ってない顔で健気な言葉を零すフェリシアに、アルベルトは胸が締め付けられた。


 アルベルトはフェリシアをそっと抱き上げて馬車まで運ぶと、右手を握ってキスを落とした。


「イザベル、頼んだ。」



 フェリシアを心配してくれるのはありがたいが、アルベルトには王太子としてやらなければならないことがある。今回の事件についてどう采配を振るうかで、アルベルトの評価は大きく変わるだろう。

 


◇◇◇


 フェリシアはイザベルに支えられて部屋へと戻り、診察を終えると眠りについた。

 ふと目を覚ますと近くに人の気配がした。顔を上げると、アルベルトが間近でフェリシアの顔を覗き込んでいた。


「気分はどうだ?」

「…そんなに悪くないです。」


 アルベルトはその言葉に安堵の表情を顔に浮かべると、フェリシアの傍へと身を寄せて、逞しい腕でふわりと優しく包み込む。

 その温かい体温に言いようのない安心感がフェリシアの心に広がる。硬くてしなやかな感触。すべてがひどく愛しい。さっきまで怯えていた心が嘘みたいに溶けていく。


「…無事でよかった。」


 ゆっくりと頭を撫でられながらそう言われると、瞼の向こうに涙の気配を感じた。何かに縋りたくなったフェリシアは、半ば無意識にアレクシスの身体に手を回してぎゅっと力を込めた。


「…大丈夫か?」


 フェリシアはこくりと頷いた。 


「…リーシャ、本当に無事でよかった。」


 アルベルトの優しいトーンの声が耳に落ちて、フェリシアは我慢できなくなって、瞳をきゅっと閉じた。


 アルベルトはそのまま慈しむようにフェリシアの髪を梳くと、ゆっくりと身体を離して、フェリシアの身体を背もたれに戻した。フェリシアの頬を両手で包むと、覗きこむようにフェリシアの表情を窺う。


「リーシャが攫われていなくなって、無事かどうかもわからなくて、おかしくなるかと思った。2度と絶対に離さない。これからは何があっても絶対君を守る。」


 上から優しい口調でその言葉が降って来たとたん、フェリシアの瞳は潤みはじめた。


「……アルビー」


 フェリシアは掠れた声で、愛しい人の名を呼んだ。


 アルベルトはフェリシアに毒が盛られたときに、そのことに全く気づかなかったことを激しく後悔した。そして、その時に2度とフェリシアを苦しめないことを心に誓ったのだ。

 なのに…なのに…、また辛い目にあわせてしまった。アルベルトは、今後はフェリシアを守りぬいて2度と辛い目にあわせることがないよう、自分の全てを捧げることを固く心に誓った。


「……リーシャ、愛してる。君がいないとだめだ。」


 アルベルトはそのまま、フェリシアの唇に軽くキスをした。

 真剣な顔で囁くアルベルトの言葉が耳に響いて、フェリシアは胸がいっぱいになった。


 あふれた涙が眦に滲んで、フェリシアはアルベルトに両腕を回すと、温かな胸に顔をうずめた。

 アルベルトはすぐに腕をフェリシアの背に回すと、愛おしそうな手つきで背中を撫でた。


ずっとこの腕の中にいたい――

 やがてアルベルトの胸に頭をもたせたまま、フェリシアは眠ってしまった。

 

 その憔悴した寝顔を見て、アルベルトは胸が締め付けられた。

 そっと頬を撫でながら、フェリシアを大切にし幸せにするのだと、新たに決意した。



 一連の事件の首謀者がエリックであったことに皆は驚愕したが、無事に解決したとの知らせに安堵した。王位継承者であるエリックが欲を出し、王太子妃を亡き者にしようとしたとの話は受け入れやすく、誰もが素直に信じた。


 国民に人気の高い王太子妃の命が脅かされたとなれば、エリック憎しの風潮は当然であり、妃を救出した王太子は英雄として讃えられた。



◇◇◇


 ホタルが樹々を優しい明かりで灯し、星たちのように水面に反射する夏の日。

 エーヴェルト王国王太子アルベルトと王太子妃フェリシアの間に、新たな命が誕生した。

 

 蜂蜜色の髪に澄んだ碧色の瞳。エーヴェルト人とモントクレイユ人の特徴を併せ持った王子。第一王子はハロルドと名づけられた。


 それはここのところ続いていた暗い出来事を全て吹き飛ばすほどの吉報であり、国中が喜びに沸いた。



 フェリシアは人生初の寝不足の日々を頑張って過ごしていた。もちろん乳母もいるが、皆の手を借りながらフェリシアが手ずから育てているのだ。


 フェリシアはようやく眠ったハロルドを抱いたまま、腕の中の小さな息子を見下ろした。あと少しすればベッドに寝かせられるだろう。蜂蜜色の柔らかなハロルドの髪を優しく撫でながら、フェリシアは幸せに満ちた吐息を漏らした。


「フェリシアさま……」

「大丈夫よ。また眠ったみたい。」

「交代いたしましょうか?」

「ううん。このまま寝かせるわ。」


 初めはどうなることかと思った育児も、ずいぶん慣れてきた。驚くべきことに、ハロルドが少しでも泣き声を上げると、フェリシアは夜中でも目を覚ますのだ。 



 臨月に入ってから、フェリシアは王太子殿を出て産殿に移っていた。アルベルトは夜遅くなっても、必ず産殿に向かう。愛妻と愛息の顔を見ないと、一日が終わらないのである。


 産殿の一番広い部屋で、薄明かりの中、フェリシアはベッドに横たわって安らかな寝息を立てていた。そのすぐ隣に、小さな息子がころんと転がっている。赤ん坊の独特の匂いが鼻を擽る。

 アルベルトは傍らに座ると、二人の顔を交互にながめる。どれほど見ていても飽きない。朝までずっと見ていられたらどんなに幸せなことか――


「はふぅ〜」


 小さな声がした。

 寝ていたはずのハロルドの顔が、あっという間にくしゃっとなる。


「ふぎゃあ…」


 そして、弱々しく泣き始めた。


「こら。」


 ちょっと力を入れただけで壊れてしまいそうな小さな身体を、アルベルトは腕に抱いた。

 そっと立ち上がると、おくるみを取って急ぎ足で部屋を出る。


「まったく。昼間も散々泣いたのだろう?少しは母上を休ませてくれ。」


 人差し指でつんつんと口をつつくと、ハロルドは口をもごもごさせて呑気にあくびをした。

 どうやら、泣く気は失せたようだ。


「今宵は月が綺麗だぞ。」


 ハロルドの身体が冷えないように、おくるみでくるんで胸にしっかりと抱く。

 アルベルトは、外廊下に出て庭におりた。しんと静まり返った庭に、ざくっと芝草の音が立つ。


「アルビー、ごめんなさい。」


 ふり返ると、フェリシアが慌てて庭におりてきた。

 深く眠っていたように見受けられたが、母親とはすごいものだなとアルベルトは感心した。


「ハルと庭を歩いてくるから、リーシャは休んでいろ。」

「わたくしもご一緒します。」

「それでは意味がないだろう。」 


 フェリシアは少し痩せた顔に、嬉しそうな笑みを浮かべて首を振る。


「わたくしもアルビーとハルと一緒に、綺麗な月を眺めたいのです。」


 さわさわとゆるやかな秋の風が吹いて、どこからかふわりと茉莉花の香りが漂ってくる。

 アルベルトはハロルドのおくるみを整えて、フェリシアの手を握った。


「寒くないか?」

「はい。アルビーはとても温かいですから。」


 アルベルトから握られた手のぬくもりも、不意に視線を向けられる眼差しも、掛けられた言葉も、何もかもが優しくて心地よく、フェリシアは幸せを噛み締めた。


この幸せな時間をずっと守っていきたい―――


 サクサクと心地よい音を奏でながら、アルベルトとフェリシアは庭を歩いた。芝草の上に、夜半の月明かりを浴びた三人の影が伸びる。その影はぴたりと寄り添って、いつまでも離れることはなかった。







 おわり



これにて完結です。

ここまでお付き合いくださりありがとうございました。

ブックマーク、評価等、いいね、大変励みになりました。

本当にありがとうございました!


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