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王太子の決断

残酷な描写がありますので、ご注意お願いします。


「フェリシア!」


 聞き慣れたひどく懐かしい声がフェリシアの耳に響いた。


――アルベルトが助けにきた!

 その声が魔法を解く呪文のように、周りの景色の色を戻し、耳に正常の音を返し、身体の自由を奪っていた金縛りをふっと解いた。


「アルビー!」

「兄上!!」


 飛び込んできたアルベルトとの感動の再会を、エリックが邪魔をする。

 剣をフェリシアの喉元に突きつけるエリックの声は、今までになく弾んでいる。


 気が付けば耳をつんざくような、たくさんの馬の蹄の音が間近に迫っていた。


「殿下、妃殿下は!?」

「妃殿下――っ!」


 アルベルトに続いてやってきたロバートや近衛騎士たちは、拘束されているフェリシアを見て動きを止めた。 


 エリックはまるで騎士たちを招き入れるように、フェリシアを捕らえたまま後ろへ後退する。見物人が増えて喜んでいるかのようだ。


 「よくここが分かったね、兄上?危うく姉上を取られちゃうところだったよ。」


 エリックはおどけた調子で笑ったが、フェリシアを押さえる腕にはぐっと力が入った。

 フェリシアはなぜだか泣きたくなったが、それでも歯を食いしばって、この状況を抜け出す方法を必死に考えた。


 ただの人質ならばまだ救いはある。しかし、エリックはフェリシアを殺すつもりで、自分も死ぬと決めているのだ。声を出すと刺激するかもしれないと、フェリシアはアルベルトに目で訴えた。

 

 すると、アルベルトは碧い瞳を細めて微笑んだ。途端にフェリシアの緊張が解けた。

 大丈夫。絶対にアルベルトは助けてくれる。


「お前のことはもっと早く決断すべきだったな。そして公表するべきだった。いくら非道と責められようとも。」

「兄上は優しいからねえ。だから僕は大好きなんだ。」

「ならば、フェリシアを解放してくれないか?」


 フェリシアの目に映ったアレクシスは、恐ろしいほどに無表情だ。しかし、目つきだけは鋭く、射抜くような眼差しでエリックを見ている。


「…フェリシアは王太子妃でわたしの妻だ。お前はそれを分かっているのか?」


 地を這うようなアレクシスの低い声は、怒りを抑えているかのようだ。

 エリックの身体が小刻みに震え出し、狼狽した顔で目を落ち着かなく彷徨わせる。 


「…フェリシアを傷つけるようなことがあれば、例え弟であっても許すわけにはいかない。」


 アルベルトは一歩前に踏み出し、左手を伸ばした。

 その手にフェリシアが気を取られた瞬間、急に身体を振り回されて驚く暇もないうちに、甲高い金属音が耳に入る。


 軽くめまいを覚えながらも音のほうへと目を向ければ、アルベルトが剣を落とし、右腕から血を流していた。


「アルビー!」

「姉上ごと僕を切ればよかったのに。」

「……それほど剣を扱えるとは知らなかったな。」

「切り札は最後まで隠しておかないと。」


 アルベルトはフェリシアを盾にされたために怪我を負ったらしい。だが、アルベルトもエリックも平然としており、ロバートたちは剣を構えたまま隙を窺っている。どうやらエリックがここまで剣の腕が立つとは誤算だったようだ。


 フェリシアはアルベルトの右腕からどんどん流れる血を呆然と見ていた。

 

 もしこのままアルベルトが死んでしまったら?ひょっとして剣はもう握れないかもしれない。せっかくロイドに護身術を教えてもらったのに何の役にも立たない。様々な思いが頭の中を巡り、フェリシアはふつふつと怒りが湧いてきた。


 フェリシアはエリックを見ながらごくりと喉を鳴らした。

 そして、ありったけの力でぐっとエリックの手を勢い良く自分の方へ引くと、その反動を利用しながら、ナイフを持つもう一方の手を振り上げた。


「うっ!」


 ナイフがざっと音を立て、硬いなにかにぶつかる確かな手応えを感じる。と、同時にエリックが鋭い声を上げた。


「……っつ!?」

「リーシャ!」

「この――っ!」


 それは一瞬だった。

 

 そのままバランスを崩して倒れそうになったフェリシアを、アルベルトが左腕で引き寄せ、右腕で抱きとめる。

 そこに体勢を立て直したエリックが剣を振りかざす。

 アルベルトは落ちていた剣を左手で器用に拾い上げ、それを受け止めて弾いた。 


 フェリシアは驚愕に目を瞠き、その瞳に全てをゆっくりと映していた。凍りついたかのようにその場に固まって動けない。


 エリックの脇から胸にアルベルトの剣が走る。

 ロバートがエリックの剣を落とし、もう一人の騎士がエリックの足を切りつけた。 



 フェリシアは張り詰めていた神経が緩み、強い緊張状態から急速に解放された。安堵のあまり全身から一気に力が抜けて、その場に崩れ落ちそうになる。一瞬早く、腰に回った手がフェリシアを優しく抱きとめた。

 

 アルベルトに包まれているとその恐怖が少しずつ溶けていくような気がした。嗅ぎ慣れたにおいがフェリシアを包んで鼻腔に入り脳まで侵す。


「…リーシャ、リーシャ、…ああ、よかった…」


 アルベルトのにおいと体温で、驚くほどの安心感に全身が包まれる。先程まで身の危険を感じて凍りついていた心が、アルベルトの体温に溶かされたかのように緩んでいく。耳元に落ちる涙が出るほど焦がれたアルベルトの声が、身体の中に染み渡る。


 フェリシアは掠れた声で、ずっと心の中で呼んでいた大好きな人の名前を声にした。


「…アルビー…」


 今の今までその奇跡をずっと強く望んでいたはずだったのに、実際にそれが起こると、フェリシアはその状況がとても信じられないでいた。


これは死を前に自分が作り出した都合のよい夢ではないのか――

 しかし、その声、その体温、匂い、感触、すべてがフェリシアの記憶と寸分違わず一致している。

 フェリシアを抱きしめている逞しいその腕は、間違いなくアルベルトのものだった。


「リーシャ、大丈夫か?」

「わ、わたくしよりもアルビーの怪我が…」


 あれだけ荒れ狂っていた心がとても穏やかに凪いでいき、思ったよりも早く平静さを取り戻し始めていた。


「これくらいはかすり傷だ。」

「…あの、ロザリーはどうなりましたか?モニカは、近衛兵は……生きているのですか?」


 声を震わせて問いかけるフェリシアを安心させるように、表情を和らげたアルベルトが、こくりと頷いた。


「安心しろ、無事だ。気絶させられただけで大した怪我もしてない。」


 安堵したフェリシアは、アルベルトにぎゅっとしがみついた。



「フェリシアさま!」

「イザベル?」


 待機していた騎士たちがやってくる中に、イザベルがいたことにフェリシアは驚いた。

 

 騎士の一人がアルベルトの傷の手当てを始め、イザベルは持っていたカップの蓋を外し、フェリシアに何か不思議な飲み物を渡す。


「フェリシア様、お疲れを癒す薬湯です。」

「ありがとう、イザベル。」

「どこかお身体が痛む箇所や、強く打ちつけた箇所などございませんか?」

「今のところは大丈夫よ。ちょっと腰が痛いだけで。」


 どうやらすぐにフェリシアを診られるようにと、アルベルトたちに同行したらしい。薬湯はまだ温かくて甘く、フェリシアの心を落ち着かせた。



 そのとき、倒れていたエリックが呻き声を上げた。


「僕は……兄上に、殺されるんだ……」 

「……エリック」


 アルベルトはエリックの傍らにいくと膝をついて、悲しみに滲んだ声で弟の名を呼んだ。


 エリックの傷の具合はわからなかったが、かなり深刻な状態のようだ。


 フェリシアだって、嫉妬や歪んだ独占欲が人を狂わせて、時には我を失わせることがあるのを知っている。自分が自分でなくなれば、世界が暗闇に覆われてしまうだろう。 


「アルビーは優しいから、あなたのことを忘れたりしないわ。」


 フェリシアは悲痛な声で告げた。


「……知ってるよ……ほんと…気に食わない女だな……」


 ふっ…と笑ったような吐息が聞こえた。


「む…か、つく……」


 それきりエリックは声を発することなく、目を閉じたのだった。






明日で完結します!

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