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命懸けの大脱出


 ベンチの上に座ったまま、フェリシアは大きく息を吐いた。

 アルベルトもミランダもロザリーも他の皆もフェリシアを心配し、ずっと捜してくれているはずだ。きっと皆は限界にきているだろう。


 どうにか無事であることを伝えたいが、鍵のかかった扉以外に外との接点がない。

 となれば、後は動く接点――世話係の女性だ。



「ねえ、あなたはなぜエリックに協力しているの?」

「金儲けのためさ。あんたを攫えば、ある筋から懸賞金がでるからね。あの男からしばらくの間、あんたの世話をするだけで、金は山分けだって乗せられたのさ。」


 女性は不満気な顔をして話を続けた。


「それがさ、あの男そっちの筋じゃなかったんだ。思ったより実入りは少ないみたいなんだ。まったく貧乏くじを引いちまったよ。欲なんて出さずに洗濯女として真面目に働いとけばよかったんだ。足を洗ったつもりが、洗えてなかったなんてね。」


 そうぼやきながら徐々に近づいてくる女性を見て、フェリシアは立ち上がった。


 昨日までは薬の影響か体を動かすのも苦労したが、今朝は比較的動ける。相手は妊婦だと油断しているだろう。今なら扉の鍵もかかっていない。


 隙を突いて部屋から飛び出し、逆に女性を閉じ込めてしまおうかと考えたとき、女性がひょいと屈んで声を落とした。


「人目を忍んでここまで毎日来るのも、もう限界なんだよ。部屋の鍵は開けておくよ。あたいがこの部屋を出たら逃げておくれ。念の為にこれを渡しておくから。」


 指先に女性の手と思われる、ほの温かい感覚が触れたかと思うと、フェリシアの手の平に何かがぎゅっと握らせれた。


「これはナイフだよ。」


 女性の予想外の言葉に、フェリシアは呆気に取られた。


「…助ける?あなたはなぜわたくしを逃がしてくれるの?」

「……あんたはここにいたら殺されるよ。あの男はあんたが邪魔で殺すつもりだ。あたいはちょっと小遣いが欲しかっただけで、人殺しの肩など持ちたくはないからね。」


 フェリシアは殺すという言葉に無意識に顔を強張らせた。


「…本当にここからわたくしを逃がしてくれるの?」


 女性は真剣な表情をして頷いた。


「部屋を出たら左へ、そのまま突き当りを右に行くと作業小屋へ通じる扉がある。そこから外へ出られるよ。そこまで行けば何とかなるだろう。」


 女性は早口で説明した後、持ってきた籠の中から黒い布を取り出した。


「これはローブだ。…あたいが助けられるのはここまでだ。」 


 なるべく感情の籠らない表情で、フェリシアは女性に向けてただ黙って頷いた。


「色々とありがとう。あなたはもう行った方がいいわね。」

「…幸運を祈ってるよ。」


 そう言い残すと、女性は足早に扉の外へと出て行った。


 フェリシアはその後ろ姿を見送ると、俯いて長い溜息をついた。

 女性はフェリシアが邪魔になり、てっきり殺すつもりなんだと思っていたのだ。


「もうすぐここから脱出できるからね。そうしたらお父さまと一緒に、美味しいものをいっぱい食べましょうね。」


 フェリシアはお腹を撫でながら、声をかけた。


 逸る心を抑えつつ、フェリシアはベンチから立ち上がった。一刻も早くここから出ないといけない。


 急がないと――

 フェリシアはまだ少しふらつく足を叱咤して、女性が置いたローブを手にした。それを肩から纏って首元を紐で結ぶ。


 髪に手をやると、邪魔にならないようにまとめて結い上げてあった髪が、かなりほつれてボサボサになっている。フェリシアは手早くそれを解いて髪を下ろすと、ローブのフードを頭に被った。


 扉の目の前までいくと急に不安が襲ってきた。ごくりとフェリシアの喉が鳴る。


 フェリシアは覚悟を決めて扉を開けた。


 真っ暗な地下通路をランタンの灯りを頼りに、慎重に左に向かって歩いた。通路はシンとしていて、ひとつの物音も聞こえない。その静寂とエリックが現れるかもしれない恐怖で、フェリシアはたまらなく恐ろしくなる。己を叱責しながら、足を進める。


 フェリシアが立っている目の前の通路は思いのほか長かった。やっと突き当りが見えた。右へ曲がって早足で前へと進むと、目の前に扉が見えてきた。


 扉を開けて階段を昇ると、窓から陽の光が差し込んできた。

 フェリシアはホッとひとつ、大きなため息をついた。


 作業小屋を出ると久しぶりの日差しに目が眩んだ。瞬きを繰り返し視界を捉える。こんもりとした茂みが長く続いている光景が、目に飛び込んでくる。目を凝らすと僅かに人ひとりが通れる小道が見えた。急いで小道へ向かい小走りで進む。


 過度の緊張と走ったために息が乱れる。胸が苦しい。早い呼吸を繰り返しながら、フェリシアは懸命に足を動かした。


――もっと早く!もっと先へ!


 ここで捕まったらもう命はない。殺される……

 いや殺されるだけでは済まない。惨憺たる最期が待っているだろう。悍ましい妄想が浮かび、その度に胸がひゅっと軋む。


 それでも足だけは動かし続ける。毛穴から滲み出た汗が全身をしっとりと濡らすころ、ようやく門のような物が見えてきた。


――あともう少し!


 逸る心を抑えながら、横から迫ってくる茂みを手で掻き分ける。一層強く地面を蹴ると、パッと視界が開けなだらかな場所に出た。


 ここまで来れたことに僅かな安堵を覚え、フェリシアの顔が少し緩む。諦めるなと己を鼓舞するように手のひらを握り込む。すると、今まで必死すぎて忘れかけていたナイフの存在を、手の中にはっきりと感じる。 


 その直後、背後に嫌な気配を感じフェリシアはハッとした。足音が近くに迫って来て、慌てて後ろを振り返る。


 そこには、ギラギラとした目をした男が荒い息をつきながら、フェリシアを見つめていた。


「エ、エリッ…」


 驚きのあまり上手く言葉を発することもできずに、戦慄く口が半開きになる。

 フェリシアは息を止め、目を瞠いてエリックを見た。


 不機嫌そうに歪めた顔の中にある目が、獲物を追い詰めた獣のように残忍に光る。エリックの表情にフェリシアの背筋に悪寒が走り、肌が恐怖に粟立つ。


「まさか逃げ出すとはな。…どうやって逃げた?」


 フェリシアを満足気に見下ろしたエリックは、口元に歪な笑いを浮かべ目を細める。フェリシアは何も言えずに、ただ呆然とエリックを見上げる。


「まあ、それは後で聞くとしよう。……来い!今度こそお前は終わりだ!!」


 フェリシアは気圧されてその場に立ちすくんでしまった。

 

 そして、我に返ったときには遅かった。

 フェリシアにずいっと近付いたエリックは、身を屈めてフェリシアの腕を掴んでいた。


「放して!」

「ダメだよ。これからが楽しい時間なんだから。」


 腕をぐっと引き寄せられたフェリシアは、抵抗したもののすぐに従った。

 不自然な体勢のまま、反射的に首を捻ったフェリシアの瞳の中に、抜き身の剣が目に入ったのだ。


 今すぐにでもエリックがフェリシアを殺そうとしているのだと、直感的に感じ取った。その瞬間に体が金縛りにあったように、硬直して動けなくなってしまった。何もできないまま呆然と目を瞠き、ひゅっと息を呑む。


 それとほとんど同時に、遠くの方から何か地響きのような音が聞こえてきた。それはかなりのスピードで近付いてくるようで、フェリシアは思わず目を瞑って、耳を澄ませた。


――これは馬の蹄の音…



 アルベルトは馬に跨がり、見事な手綱さばきで馬を御していた。

 身体を前かがみに倒して、前だけにまっすぐ視線を向け、突き刺さるような速さで駆け抜けていく。

 

 案内役で前を走っていたはずのレオンとは半ば並走状態になりつつあった。アルベルトは、手綱にかけている手にぎゅっと力を込めた。そのとき、視線の先に人影を捉えた。


「!?」


 かなり早いスピードで駆けているため、遥か彼方にあった人影との距離はグングンと近付いていく。やがてその人物を確認できたアルベルトは、前に倒していた身体を起こすと、片手で手綱を操りながら、腰に帯刀していた鞘から剣を巧みに抜くと、ぎゅっと力を込めて握りしめた。


 アルベルトはスピードを緩め、すぐ後ろにいるはずのレオンに指示を出した。

 すぐさま馬から飛び降りると、フェリシアの名前を呼びながら一目散に駆け寄った。






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