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エリックの狂気


――フェリシアが攫われて四日目


 フェリシアはお腹の痛みで目が覚めた。このところお腹の子がよく動いている。


 カチャリと小さな音がして、フェリシアは身構えた。


「よく眠れましたか、姉上?」

「……まあまあよ。」

 

 どこか歪んだ笑みを浮かべるエリックに、フェリシアは警戒しながら答えた。

 エリックは手に剣を持っていたのだ。 

 

 今一番に優先すべきことは、お腹の子を守ることだ。

 だが、エリックの目的が分からないことには交渉もできない。


「ねえ、あなたは国王になりたいの?」


 そんなフェリシアの問いに、エリックはかすかに首を傾げてふっと笑う。


「まっさかぁ。そんなガラじゃないでしょう。」

「そう。……あなたはわたしくしのどこがお気に召さないの?」


 フェリシアはエリックを刺激しないように問いかけた。

 どう見てもエリックの様子は異常で、何をきっかけに敵意を向けられるか分からない。


「ふっ…。姉上の色は僕の色に似ているでしょう?」


 エリックの笑顔には、底知れぬ恐ろしさが宿っていた。


「僕はね、自分の容姿が大嫌いなんだ。父上の色とは全く違うからね。だから、小さい頃から父上は勿論、母親もまったく僕には関心がないんだ。」

「でも、兄上は僕の容姿をちっとも気にしないんだ。いつも優しかったよ。それで兄上が王宮にいる間は、ずっと後ろをついて回ってたんだ。」


 エリックはアルベルトに劣等感があるようにも思えない。


「兄上は美しい。陽の光に当たって輝く漆黒の髪も、碧色の宝石のような瞳も、全てが繊細な作り物のようで、触れてはいけない存在なんだ。それなのにその碧い瞳に僕を映して、優しい顔で笑いかけるんだよ。それはもう美しくてこの世のものとは思えないくらい、うっとりするんだ。」


 エリックは恍惚の表情を浮かべた。


「あなたも充分に美しいわ。だから、あなたに懸想している女性もたくさんいるでしょう。」

「美しい?僕が…ふっ、姉上は僕が嫌いなのに?」

「それは……でも、あなたの色は関係ないわ。殿下もきっと同じだわ。」

「そうだね。兄上は僕の色と似ているあなたと結婚したからね。」


 エリックの顔が歪み、瞳が一瞬鋭く光った。


「あなたは兄上のことを、よく知ってるんだね。本当にむかつく!でも、僕の方が兄上のことは一番分かっているんだよ。」

「兄上は本当に優しいんだ。妾女がたくさんいるけど、いつも辛そうだったんだ。その辛そうな姿も、うっとりするんだけどね。」

「それがさ、姉上といると兄上は楽しそうなんだ。吐き気がする!あの美しい瞳に僕以外の人間を映し、優しい顔を向けるなど許せないだろ!」


 エリックは憎悪に溢れた瞳でフェリシアを見つめた。


「あなたもさっさと逃げ出していればよかったのに。せっかく何度も警告してあげたのにね?」


 フェリシアを無視して一人話すエリックは異様でしかなかった。

 これは嫉妬だ。アルベルトが愛情を向ける相手への嫉妬なのだ。


「今からでも遅くないわ。モントクレイユまで送ってくださらない?」

「残念ながらそれは無理だよ。あなたが生きている限り、兄上は幸せなんだから。」


 本来なら嬉しい言葉なのに喜ぶことができない。

 フェリシアは突如として胸が軋むのを感じた。


「…そう上手くことが運ぶとでも?殿下が何も気付いてないとでも思っているの?殿下はあなたのことを疑っているわ。」

「そうなんだ。酷いよね? 国境地帯から僕が抜け出したことが知らされたみたいで、さらに厳しく警戒しているよ。僕も簡単には出歩けなくなったんだ。今まで兄上はずっと僕に優しかったのに、僕よりも大切なものが現れた途端にこれだよ。」 


 エリックはひょいと肩をすくめた。


 ―――エリックは狂っている―――

 でも、ここで殺されるわけにはいかない―――


 フェリシアはほっと息を吐いて、少しでも時間を稼ごうと口を開く。


「わたくしを殺したとすれば、殿下はあなたを許さないわ。」

「うん。楽しみだよね?」


 エリックはまったく気にしないどころか、褒められたように嬉しそうだ。


「楽しみ?」

「あなたを兄上の目の前で殺せば、兄上は僕を殺すだろう。きっと兄上の、最高にうっとりする姿を見ることができるからね。」


 エリックはフェリシアの目を覗き込みながら、クツクツと面白そうに笑った。


「心配しなくても、もう少しだけ生かしていてあげるよ。それまで怯えていればいい。」


 エリックは満面の笑みを浮かべてそう告げると、あっさりと背を向けて出ていった。


 途端にフェリシアの身体から力が抜ける。

 ベンチの上に横になったフェリシアを、お腹の子が励ますようにポコンと蹴った。


「ありがとう、お母さまは負けないわ。お父さまが絶対に助けてくれるから、大丈夫よ。」

 

 フェリシアはお腹を優しく撫でながら、力強く宣言した。



 

 部屋を後にしたエリックの胸は高鳴っていた。


『やっぱり殺そう』


 さっき本人に告げたように、あの女をアルベルトの目の前で殺して、自分も死ねば最高に気持ちいいだろう。上手くいけば自分はアレクシスに殺される。

 

 エリックは蕩けるように微笑んだ。



◇◇◇


 執務室の椅子に座っているアルベルトの顔は疲労の色が濃い。周囲にはロイドやロバートなど捜査の指揮を執る者たちもいるが、誰もが沈痛な面持ちだ。

 丸三日経っても手掛かり一つ見つからないことで、最悪の事態を想定しているのかもしれない。


 そのとき、執務室の扉が勢いよく開いた。


「レオン!!」

「殿下、捜索の状況はいかがですか?」

「王宮内は使用人部屋や倉庫、物置にいたるまで全て、何度も捜索した。抜け道もロイドが捜索したが、使われた形跡はない。しかし、妃が攫われてからわたしが門を閉鎖するまでの間に抜け出すのは不可能に近い。王宮内のどこかにいるはずだ。」


 難しい顔をしたアルベルトが苦しげに告げた。


「外廷にある隠し通路はお調べになりましたか?」

「いや……あちら側は無意味な通路ばかりで抜け道もない。」

「抜け道はあります。」

「どこだ!?」


 アルベルトは目を瞠いてレオンに向き直った。


「隠し通路への入口は使用人棟の地下倉庫にあります。奥へ進むと別の地下倉庫があって、さらに進むと堀の外の作業小屋に繋がっています。ただ問題は、分岐路が多く迷路のようになっていることです。作業小屋から入った方が楽でしょう。」


 レオンがちらりと視線をアルベルトに向けると、バッチリと目が合った。

 アルベルトは軽く頷くと、表情を厳しいものに変えて静かに告げた。


「そうか……すぐに作業小屋へ向かう。ロイドは使用人棟へ行って、出入りがないか見張っていろ。」





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